第三話
——翌朝
太陽が昇ると同時に、風音は日課だったランニングをしようと、ジャージに着替えて外へと出た。
寮の外は学園の敷地内だが、緑がたくさん植えられているためか、いつも走っていた公園を走っているような気持ちになった。お父さんは元気だろうか……まだ家を出て二日なのにそんな心配をしてしまって風音は少し恥ずかしくなった。
三十分ほど走って寮へと戻って来ると、寮の入り口に誰かが立っているのが見えた。誰だろうと思って近づくと、それはアイリスだった。アイリスはいつもとは違い、綺麗な銀髪を二つ結びにして前に垂らしている。格好もいつもの制服ではなく、大きめの白いTシャツに黒のスキニーといったラフな格好で何だか可愛らしかった。
「あれ風音? おはよう、起きるの早いんだね」
「おはようアイリス! わたし、毎日走ってるんだ〜。アイリスも走るの?」
「いいえ、私はお散歩よ。たまに早く起きた時に外を歩いてるの」
「そうなんだ。朝の学校は人がいなくて何だか変な感じだよね〜」
そうだねと言って、アイリスが風音の隣へと歩いて来た。風音の額から汗が流れ落ち、そのしずくが朝日を受けて光り輝いていた。
「魔法使いが体を鍛えるなんて珍しいね」
「そうかな? 何かあった時のために体は強くないとね!」
風音が両腕を曲げて力コブを作るポーズをとった。その姿が何だか可愛らしくて、アイリスは笑ってしまった。
「あはは変なの!」
「えへへ」
風音が照れたように頭の後ろを掻きながら笑った。二人を笑っているかのように、涼しい風が二人の間を吹き抜けた。
「アイリス、今日一緒に学校行こうよ」
「え? うん、いいよ」
「じゃあ七時半に玄関で集合ね!」
「わかった!」
そう言って二人は一緒に玄関から寮の中へと入って行った。
「皆さん集まりましたか? それでは本日は実技の授業を行います」
風音たちはいつもの教室ではなく、実技棟と呼ばれる建物の中にある演習室に集められていた。真っ白な壁で囲まれた簡素で無機質なその部屋は、何だか病院を思い出させた。魔法を使った演習をすることを想定されて作られているため、壁やガラスが頑丈な作りになっているらしい。今日はこの部屋で実際に魔法を使う授業をするとのことだった。
演習をするとのことで、風音たちは魔導服に着替えていた。女子の魔導服は水色のワンピース型で、胸に小さな白いリボンがついていてとても可愛らしい。風音は初めて魔導服を身につけてみて、その可愛らしさになんだか照れ臭くなった。
「それでは、今日は六年生になって初めての演習なので、簡単なゲームをしてもらいます。各人が一対一で勝負する試合形式で、相手側の陣地に魔法を使って相手を押し込むことができれば勝ちになります。今回はトーナメント形式でやっていきましょう。ちなみに優勝しても何もないので、気楽にやってくださいね」
先生の説明が終わると、生徒全員でくじを引いてトーナメント表を作った。表を見ると風音とアイリスは決勝まで当たらないようなので、風音は少しホッとした。
「よーいスタート!」
先生の合図でゲームが始まった。各生徒が自分の得意な魔法を使って相手を陣地へと押しやろうと一生懸命に戦っていた。魔法が当たっても、魔導服のおかげで衝撃はあるものの怪我をすることはないようだった。
演習室に飛び交う生徒たちの魔力の奔流を、風音はまっすぐに見つめていた。
風音はというと、風魔法を巧みに使って試合を勝ち進み、そしてついに決勝まで辿り着いた。決勝の相手はやはりアイリスだった。
「それでは、決勝戦は風音さんとアイリスリーナさんです。準備はいいですか?」
先生の呼びかけを合図に、アイリスと風音が中央のラインを挟んで対峙する。
「アイリスあのね、わたし、まだあまり色々とコントロールすることができなくて……もしかしたらやりすぎちゃうかもしれない。だから先に謝っとくね」
「え? うん、大丈夫だよ! 全力でやろう!」
アイリスと風音はお互いの拳を突き合わせ、共にそれぞれのエリアの中央に陣取った。
「それでは始めますね。よーい、スタート!」
先生の合図とともに、アイリスが手を前にかざして魔法を放った。属性魔法ではなく、魔力を凝縮させた魔力弾を風音に向かって連射する。弾丸のような勢いで魔力弾が唸りを上げて風音に襲いかかる。しかし、風音は浮遊魔法で軽々と魔力弾の嵐を躱していった。
「風音さん、めちゃくちゃ速くない?」
風音は言葉の通り風のような速さで疾り回り、アイリスの魔力弾を躱していった。
(速い……このままだと当たりそうにないな……)
魔力弾を一気に撃ち切り、息切れをするようにアイリスの攻撃が止まると、風音が待っていたかのように魔法を撃ち出した。空気を圧縮させて風の勢いで打ち出す空気弾だ。空気が破裂するような大きな音を立てて空気弾がアイリスに襲いかかる。
アイリスの魔力弾のように連射はできないが、一発一発の威力は風音の空気弾の方が上。風音はアイリスの動きを見て正確に狙撃していった。
アイリスが避けた方向に風音が先読みして撃った空気弾が飛ぶ。当たった——と風音が思った瞬間、アイリスは機械的な音を立てて魔力障壁を張り、空気弾を弾いた。
そんなこともできるのか——風音はアイリスの動きの多彩さに驚いた。流石、全属性に適性がある天才だ。これは考えないと勝てないなと風音は思考を深めた。
「これなら!」
風音の動きが止まった瞬間、アイリスが魔法を解き放った。
「ファイアウォール!」
アイリスが右手を横薙ぎに切り裂くように払った。その動きをなぞるかのように、ゴオゥッという音を立てて炎の壁が現れる。それを見た風音は上へと回避しようとした。
「うわ! あつっ!」
しかし、炎の熱さは上に行く程強くなる。たまらず風音は後退した。
「今だ!」
その動きを見たアイリスは、風魔法で突風を起こし、炎の壁を煽った。すると、突風によって炎の壁が風音を押しつぶすように動き出した。
風音は後ろに逃げようとするが、そこはすでに陣地の手前。後ろに逃げ場は無かった。
「もう逃げ場がない!? どうしよう……うーん、それなら!」
追い込まれた風音は右手を勢いよく天井へと振り上げた。
「シルフトルネード!」
風音が力の言葉を発すると共に、まるで舞い上がる龍のような、天井まで届かんばかりの竜巻が現れた。竜巻は炎の壁を巻き込み、火柱となって荒れ狂った。
その火柱を隠れ蓑にして、風音は前へと飛んでエリアの中央まで体勢を戻すことができた。
「な、なんかとんでもなくハイレベルな魔法戦じゃないこれ?」
「う、うん……あの子たちって、私たちと同じ六年生よね……?」
「でも、アイリスリーナさんの方が押してるね。やっぱり使える魔法の種類が多いと有利なのかな」
「風音さんは風魔法だけだとキツそう」
風音とアイリスの魔法合戦に観戦していた生徒たちがざわつき始めた。先生もあまりの出来事にどうしたものかと困った顔をしていた。
(あっぶなー。遠距離戦だとこっちが不利だ。このままだとジリ貧で負けちゃう! なんとかして近づかないと……よし、あれを使おう!)
風音は呼吸を整えると、自分の体に魔法をかけて風を纏った。
(きっと風音はどうにかして近づいてくるはず。そこを叩く!)
アイリスが風音の動きを見逃すまいと目を凝らす。そして魔力弾を風音に向かって数発撃った。風音が横に滑って魔力弾を避けている隙に、アイリスは魔力を凝縮した塊を頭上高くへと設置した。
(あとは呼び込むだけ!)
風音が空気弾をアイリスへ撃ち込む。撃ち込みながら、風音は少しずつ前進していった。そして中央のラインに到達した時、風音が動いた。
(来た!)
風音の動きに合わせて、アイリスは頭上の塊を勢いよく落とした。魔力弾が当たる——その瞬間だった。
「アクセルギア・セカンド!」
風音が力の言葉を発すると同時に風音の姿が掻き消えた。
「え!?」
アイリスが驚くと同時に、風音の姿がアイリスの目の前に現れた。その一瞬、風音と目が合った気がした。その目は冷たく、まるで深い闇が眠っているようだった。アイリスが咄嗟に避けようとした時、とてつもない衝撃がアイリスを襲った。
「ぐあっ!?」
一瞬何が起こったのか分からなかった。風音が消えたと思ったら目の前に現れた。転移魔法かと思ったがそうではなかった。風音の使うアクセルギアは、その名の通り加速の魔法。風を圧縮して爆発させ、その衝撃を体に受けることで物理的に加速する魔法。それはもはや魔法とは言えない、体術スキルのようなものだった。
音速に届こうかという速度まで加速し、今度は逆方向に空気の圧縮を発生させ急停止する。その衝撃で生まれるソニックブームでアイリスを攻撃したのだった。
(なんて魔法なの! でも、こんな魔法使ったら体が……)
風音を見ると、鼻から血を流していた。急激な加速と停止を行うことで、風音は体にとてつもないダメージを受けていた。体に風を纏わせているとはいえ、全ての衝撃を受け流すことはできない。体がギシリと軋み、風音は歯を食い縛った。
衝撃をまともに受けたアイリスは、後方に風魔法を撃つことで陣地ギリギリのところで踏みとどまることができた。そして風音の方を向いた瞬間だった。
「アクセルギア・セカンド!」
もう一度、風音が力の言葉を唱えた。風音の姿が風になり、アイリスの目の前に現れる!
「そんな! 連続で!?」
再度放たれた衝撃波に巻き込まれ、アイリスの体が耐えきれずに吹き飛んだ。陣地を大きく越え、演習室の壁に叩きつけられる寸前でその体を魔力障壁が包み込んだ。先生が咄嗟に魔法を使ったのだった。
「なんて子なの……」
先生はそう呟いて風音を見つめた。
「ゴホッゴホッ」
風音が咳き込んだ。すると、口から血を飛び散らせていた。二度の急加速と急停止によって、内臓が傷ついてしまったのだろう。風音は口から垂れた血を拭い、笑顔でアイリスに向かってVサインを作った。
「いえーい、わたしの勝ち!」




