第二話
——翌日
ざわざわと騒がしい教室の外で、学園の制服に身を包んだ風音は緊張した面持ちで立っていた。今日から学園の一員として授業を受けることになるが、クラスに馴染めるかどうか、授業についていけるかどうか、とにかく不安でいっぱいだった。
(うう、緊張する〜! 自己紹介なんて言おう〜)
「それでは風音さん、入ってきてください」
きた! 風音は恐る恐る教室のドアを開いて中に入った。教室にいた生徒の目が一斉に風音の方を向く。刺すような視線を振り切るように大股で歩き、風音は先生の隣に立った。
「あ、阿佐美風音と言います。あ、だ、ど、どうぞよろしくお願いしみゃす!」
そう言って風音はぺこりと大きくお辞儀をした。噛んでしまったので恥ずかしかったが、教室中から沸き起こった拍手で気持ちが楽になった。
風音が教室の中を見回すと、窓際の席に一際目立つ綺麗な銀髪が見えた。
(あ! アイリスだ!)
アイリスが風音に向かって微笑みながら軽く手を振った。風音は嬉しくなってアイリスに向かって小さく手を振り返した。
「じゃあ風音さんは窓際の空いてる席に座ってね」
先生から促されて風音は席へと向かった。そこはアイリスの後ろの席だった。アイリスの席を通り過ぎる時に二人は目を合わせて微笑み合った。
「それでは授業を始めます。教科書の5ページを開いてください」
朝のホームルームが終わり、早速授業が始まった。最初は魔法基礎理論という授業だった。魔法の授業自体が初めてだった風音は、教科書に書いてある内容に目を丸くした。
(魔法に理論なんてあるんだ……うう、難しいなあ)
風音は先生の説明する声を聞きながら、教科書に書かれてある内容を必死に頭に詰め込んでいった。
「魔法には適性というものがあります。魔法とは、簡単に言うと自分の魔力を各属性へと変化させる方法なのです。しかし、魔力を変化させられる属性には個人差があります。では、その個人差を調べてみましょうか。折角なので風音さん、お願いできますか?」
「は、はいぃ!? わたしですか?!」
「はいそうですよ。こちらに来てください」
先生に呼ばれた風音はガチガチに緊張して教壇へと向かい、先生の横へと立った。
「それでは、この魔法陣に向かって魔力を込めてください」
言われるがままに、先生が差し示す魔法陣が描かれた板のような物に手をかざして、魔力を込めてみた。すると、魔法陣が輝き出し、緑色の光の玉が魔法陣の上に浮かび上がった。
「ふむ、なるほど。風音さんは風属性の適性があるようです」
「あ、か、風ですか。確かにわたしは風魔法しか使えないです」
「はい、ありがとうございました。と、こんな風に個人の魔法適性を知ることは、これから魔法を習得していく上で重要です。それではみなさん、一人ずつ調べてみましょう」
先生がそう言うと、前の席の生徒から順に風音と同じように魔法適性を確認していった。その間に風音は席に戻るとひと仕事終えたかのように、はあと一息ついた。
「風音は風魔法が得意なんだね」
アイリスが後を向いて話しかけてきた。
「うん。得意っていうか、風魔法しか知らないんだよね。お母さんからはそれしか教えてもらってないから」
「そうなんだ。でも、これから学園で色々な魔法を覚えることになると思うから楽しみだね!」
「んー、うん、そうだね」
風音は少し困ったような顔をして頷いた。
しばらくすると、魔法適性の確認がアイリスの番になった。アイリスは先生のところに行くと、同じように魔法陣に向かって手をかざした。すると、魔法陣が強く輝き出し、魔法陣の上に五つの光の玉が現れた。
「これは……アイリスリーナさんは五大属性全てに適性があるようですね。非常に珍しいことですよ!」
先生が驚いた顔で説明すると、教室がざわざわとし始めた。しかし、アイリスはそんな生徒たちを横目に魔法陣を冷たい目で見つめていた。
アイリスが席に戻ると、風音がアイリスに話しかけた。
「すごいねアイリス! 全部の属性に適性があるなんて天才だよ!」
「あはは。そんなことないよ」
アイリスは何だか浮かない顔で席についた。風音はそんなアイリスを不思議そうに見つめていた。
キーンコーンカーンコーン——
スピーカーから午前の授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響いた。昼休みになったのだが、風音は授業の終わりに先生に呼び出され、職員室で簡単な手続きを行ってから食堂へと向かった。
食堂に入ると、昼食を取っている生徒で賑わっていた。自分の好きなものをお盆に取るビュッフェスタイルだったので、風音はご飯とゆで卵とサラダ、そして鶏の唐揚げをお盆に乗せてテーブルへと向かった。すると、端のテーブルにアイリスが一人で座っているのを見かけた。
「隣いい?」
風音はアイリスの元へと歩いて行って話しかけた。すると、アイリスがどうぞと笑顔で促してくれたので、風音はアイリスの隣の席に腰掛けた。
「風音、そんなに食べるの? いっぱい取ったね」
「え? そうかな? いっぱい食べないと強くなれないよ!」
風音はいただきまーすと手を合わせてから、唐揚げにかぶりついた。
「アイリスはいつも一人で食べてるの?」
「え? う、うん。私は一人が好きだから……」
そう言うと、アイリスは俯いて持っていた食器をトレイの上に置いた。
「そうなの? お邪魔だったかな?」
「う、ううん! 全然いいよ!」
「そう? なら、明日からも一緒に食べようよ!」
「え、で、でも……」
アイリスは周りに視線を向けながら歯切れ悪く口ごもった。
「ダメかな?」
「い、いや、ダメじゃないよ! うん! 一緒に食べよう!」
「ほんと? やったあ!」
そう言って風音が笑顔でゆで卵を頬張った。そんな風音の笑顔を見たアイリスは、戸惑いながらもどことなく嬉しそうに目の前のパンにかじり付いた。
昼食を済ませて二人が食堂を出ると、門へと続く道の先に人だかりができていた。なんだろうと思ってそこへ向かうと、一匹の犬がぐるぐると円を描くように歩き回っていた。野良犬なのだろうか、その犬は周りを警戒するように低く唸り声を上げていた。
「野良犬が迷い込んじゃったのかな。先生を呼んできた方がいいかも」
「そうだね。もう誰か呼びに行ったのかな?」
そんな会話をしている時だった。低学年と思われる小さな女の子が、人混みに押されて犬の前に転び出てしまった。それに驚いた野良犬が唸り声を上げて女の子の方へ飛びかかった。
「危ない!」
アイリスが魔法を使おうと手をかざしたその時だった。隣にいた風音がもの凄い勢いで女の子の方へ跳んだ。気がつくと、風音は庇うように女の子の前に座り、犬に向かって腕を出していた。するとその腕に犬が噛みつき、血が飛び散った。
「風音!」
アイリスが駆け寄ろうとした時、風音が噛まれた腕と逆の手を野良犬の方へと向けた。すると、腕を噛んでいた犬がビクリと反応して風音の腕から口を離し、怯えるように伏せた。
「いい子だね」
そう言って風音は震える野良犬の頭をよしよしと撫でた。
「風音! 大丈夫!? 血が……」
「えー? あー、大丈夫だよこれくらい。慣れてるから」
「慣れてるって……待って、回復魔法をかけるから……」
「やめて!」
突然、風音がアイリスに向かって大きい声を出した。アイリスはその声にビクリとして風音の顔を見た。風音は鈍く冷たい目でアイリスの顔を見ていた。しかし、それは一瞬のことで、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「保健室で消毒するから大丈夫だよ」
そう言って風音は野良犬を抱えて門へと向かい、野良犬を門の外へと放った。野良犬はこちらを振り向くことなく走り去っていった。
「風音……どうして魔法を使わなかったの?」
アイリスは心配そうな顔をして風音へ尋ねた。
「え? うーん、魔法を使ったら、女の子に当たるかもしれないでしょ? 危ないよ」
「でも、風音が怪我しちゃったじゃない!」
「へーきへーき! これくらいかすり傷みたいなもんだよ! 保健室行ってくるから、アイリスは先に教室へ戻ってていいよ」
「いや、私も一緒に保健室に行くよ!」
「そう? じゃあ一緒に行こう」
そう言って風音は校舎へと歩き始めた。アイリスはそんな風音の噛まれた腕に目をやって、ざわつく胸を両手で抑えた。
全ての授業が終わっても、アイリスの胸のざわめきは治らなかった。風音が気になったアイリスは、寮へと戻って風音の部屋の前へとやってきた。
アイリスは扉の前で少し逡巡した後、意を決してノックした。
コンコン
「はーい」
中から風音の声がした。ガチャリと音を立てて扉が開き、ひょこりと風音が顔を出した。
「あ、アイリス! どうしたの?」
「えっと、風音の腕、大丈夫かなって思って……」
「えー? 大丈夫だって。一緒に保健室で治療してもらったでしょ?」
「そうだけど、でも」
「心配性だなあ〜。あ、中に入りなよ!」
そう言って風音は扉を大きく開いてアイリスを招き入れた。
「あ、お邪魔します」
アイリスは緊張した面持ちで部屋の中へと足を踏み入れた。部屋の中には何も無かった。正確には、備え付けのベッドと机以外は何も。まるで、空き部屋のような生活感の無さに、アイリスは何だか寒気を覚えた。
「どうしたの?」
「あ、いや、何にもないんだなって思って。引っ越してきたばかりだもんね」
「ん〜? わたし、部屋には何も置かないんだ〜。そっちの方が楽だし」
「そ、そうなんだ。でも寂しくない?」
「んー、寂しいのはいつものことだから、大丈夫だよ?」
「……?」
一瞬アイリスは風音が何を言っているのか分からなかったが、すぐに別の何かを思いついた。
「あ、ちょっと待ってて!」
そう言ってアイリスは部屋から飛び出して行った。突然のことに、風音は不思議そうに首を傾げていた。
少しして、アイリスが風音の部屋へと戻ってきた。
「はい! これあげるよ!」
戻ってきたアイリスの腕の中に丸々としたぬいぐるみが収まっていた。
「わあ何これ? かわいい! たぬき?」
「猫だよ」
「ね、猫なんだ……それにしてはまんまるだね」
ぬいぐるみを受け取った風音は両手で持ち上げて眺めた後、嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめた。
「ありがとうアイリス!」
風音の屈託のない笑顔を見て、アイリスの胸のざわつきは治っていった。不思議な女の子だ……アイリスはそう思いながら風音の笑顔を見つめた。




