第一話
「アクセルギア・セカンド!」
そう叫ぶと、風音は身体に風を纏った。風音はこのまま一直線に相手へと向かうつもりだ。
(私は魔法を使って魔法を壊す。そう、マジカルブレイカーになるんだ!)
体中の血が逆流するのを抑えつけ、風音は音を置き去りにする風になった。
よく晴れた春の暖かさを薄っすらと感じられる朝、田舎道のバス停に二人の親子が並んでいた。
「身体には気をつけて、元気でいるんだよ風音」
父親から鞄を受け取り、風音は父親の顔を見上げた。風音の目には涙が滲んでいる。
「お父さん、わたしがいなくても大丈夫? ご飯ちゃんと食べてね」
「ああ、大丈夫だよ。風音のご飯が食べられないのは寂しいけれど、ちゃんと元気でやっていくよ」
「うん……」
風音は口をギュッと引き結んで顔を伏せた。父親は優しく微笑んで風音の頭に優しく手を置いた。
「風音、ティンクル魔法学園はこの国で一番大きな魔法学園だ。そこでは色々な、たくさんの人と出会うことになると思う。その人たちと触れ合って、たくさんのことを知ってきなさい。風音はお父さんとお母さんの自慢の娘だから、きっと大丈夫だと信じているよ」
父親は優しく、しかし今にも泣いてしまいそうな顔で風音を見つめていた。大きな手が風音の頭を優しく撫でて、そして離れていった。すると、遠くからバスがやってくる音がした。
「それじゃあ行っておいで」
「……うん」
風音は涙を拭うと迷いを振り切るように勢いよく顔を上げた。肩で切り揃えられた栗色の髪と右側に翼の形をした髪留めで結えられたサイドテールがぴょこんと跳ねた。
バスへと乗り込んだ風音は、窓際の席へ座ると窓を開けて顔を出して父親の方へ大きく手を振った。
「ばいばいお父さん! わたし、お父さんとお母さんのためにがんばるね!」
父親が柔らかく微笑んで小さく手を振り返してくれた。パアンと一つクラクションを鳴らしてバスが出発した。柔らかな陽の光に照らされた父親の姿が、だんだんと小さくなっていく。風音はその姿が見えなくなるまで、ずっと窓の外を見つめていた。
「あ、あわわわ……」
ティンクル魔法学園に到着した風音はいきなり試練を迎えていた。どうすればいいのか分からず、学園の門の下で立ちすくんでいた。風音の背よりも高い門は必要以上に立派で何だか威圧感を覚えた。
遠くをみると、校舎らしき大きな建物が見えた。ティンクル魔法学園とはこんなにも大きな施設だったのかと風音は愕然とした。
「お父さんにはがんばってくるって言ったのに、どうしよう……」
鞄の中から学園から送られてきた書類を出して確かめてみるが、寮に来いと書いてあるだけで、どこにその寮があるのかは書いていなかった。
周りには大きな建物が幾つも建っている。どれが寮なのか分からず困った風音は、とりあえず少し小さい建物がある方へと歩いて行くことにした。
横には木々が立ち並び、木漏れ日が照らす道をしばらく歩いてみた。周りには鮮やかな緑が広がっていて、爽やかで、雄大で。魔法学園はもっと怖いところだと思っていた風音には、ここが魔法を学ぶところだとは思えなかった。
そして疲れるまで歩き回ったものの、結局寮らしき建物を見つけることができず、風音は途方に暮れていた。
「ど、どうしよう〜」
風音が涙ぐんでいると、道の端に何かが動いているのが見えた。なんだろうと近寄ってみると、それは茶色い羽毛で覆われたかわいらしい小鳥だった。木から落ちてきたのだろうか? どうやら羽に怪我をしているようで小鳥はぐったりと目を閉じていた。
「かわいそう……これだともう飛べないのかな……」
風音はその場に屈んで小鳥を両手で優しく抱え上げ、胸の前でギュッと抱きしめた。
「助けてあげるね」
少しずつその手に力が入る。その時だった。
「どうしたの?」
突然頭上から声がした。風音が顔を上げると、そこには長いビロードのような銀髪に黒い大きなリボンを頭の後に付けた美しい少女が立っていた。その少女のあまりの美貌に風音は思わず息を呑んだ。
「何かあったの? 大丈夫?」
「え? あ、えっと」
少女の声に風音は我に返り、抱いていた小鳥を差し出した。
「怪我したみたいで、ここに落ちてたんだ。可哀想だから助けてあげようかなって」
「そうなんだ……ちょっと見せて」
少女が風音の横に屈んで小鳥を覗き込んだ。
「うーん、これくらいなら治ると思う。ちょっと待ってね」
少女は鞄を地面に置くと、両手を小鳥にかざして呟いた。
「ヒーリング」
力の言葉を発すると同時に、少女の手が黄色く輝き、その光が小鳥を優しく包み込む。すると、小鳥の傷がみるみる治っていった。
「これで大丈夫」
「…………」
風音は小鳥を見つめたまま固まっていた。まるでありえないものを見るような驚きの表情をして、手を震わせていた。
傷が消えた小鳥は起き上がり、少女と風音の顔を交互に見た後、バサバサと飛び立って行った。
「よかった、元気になったみたい」
「…………」
風音は少女の手のひらを見つめたまま動けずにいた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「え? あ! うん! 大丈夫だよ。ありがとう!」
我に返った風音は飛び上がるように立ち上がった。
「今の、魔法……だよね?」
「え? うん、そうだよ。回復魔法」
少女はそう言って、綺麗な銀髪をかき上げながら立ち上がり、風音へと向き直った。少女は風音よりも背が高く、少し見下ろす形になっている。その美しさも相まって、風音は少したじろいでしまった。
「えっと、あなたはこの学校の生徒なのかな? 制服を着てないみたいだけど……」
「あ、うん。わたしは阿佐美風音って言います。今日からこの学園に編入することになったの」
そういって風音は少女に向かってお辞儀をした。
「そうなんだ! 私はアイリスリーナ=ヴィルシュタイン。編入なんて珍しいね。何年生なの?」
「えっと、六年生です」
「わあ! 私と同じだ! じゃあクラスも一緒かもしれないね、よろしくね!」
「う、うんよろしく!」
風音は差し出された手を握り返した。柔らかくて小さな手だなあと風音は思った。でもこの手で魔法を……。
「私のことは気軽にアイリスって呼んでね。それで、今は何をしていたの?」
「あ、わたしのことも風音って呼んで! あの、寮に来てくださいって書類に書かれてたんだけど、どこにあるのか分かんなくて……」
「なるほど、寮は学園の奥の方にあるから見つけづらいんだよね。じゃあ私が案内してあげるよ! ついてきて!」
「本当? ありがとう!」
風音は助かった〜とホッと胸を撫で下ろしてアイリスの後をついて行った。
「風音はさっきここに来たの?」
「うん、バスに乗って来たんだ。ここってすっごく広いんだね! びっくりしちゃった」
「そうだよね、でも私はずっとここにいるから慣れちゃった」
アイリスは風音に優しく微笑みかけた。
「そうなんだ。アイリスも寮に住んでるの?」
「うん、そうだよ。部屋が近いといいね!」
「そうだね!」
アイリスが近くに居れば心強いなと思いながら、風音はアイリスの隣へと並んだ。
「アイリスは魔法が使えるんだよね?」
「え? うん、そうだね。一応魔法学園の生徒だからね」
「そうだよね。でもわたし、回復魔法って初めて見たよ」
風音はすこし固い顔で先程のアイリスの魔法を思い返した。
「そうなの? そんなに珍しい魔法ではないんだけどね。風音も魔法使えるんだよね?」
「うん、お母さんから教えてもらった魔法を使えるよ」
「へえ〜そうなんだ。お母さんも魔法使いなんだね」
「うん、魔法使いだったよ」
そう言うと風音は空を見上げた。さっきの小鳥はどこに飛んで行ったのだろうか? そんなことをぼんやり思い浮かべた。
「はい着いたよ。ここが学園寮だよ!」
風音が言われた方を向くと、そこには大きな建物がそびえ立っていた。何だか昔の貴族が住んでいそうな洋館を思い浮かべる真っ白な建物がそこにあった。
「す、すごい建物だね……ここに住むなんて、何だかお姫様になったみたい」
「え〜? 大袈裟だよ! すぐに慣れると思うよ」
そう言ってアイリスは寮の中へと入っていった。ぼーっと寮を見上げていた風音も、我に返って慌ててアイリスの後を追いかけた。中に入ると、外観と同じように豪奢な内装が寮の中を彩っていた。
「うわあ、お城みたいだ……」
風音は天井のシャンデリアを見ながらこれからの学園生活に胸を弾ませた。
「じゃあ寮母さんを呼んでくるね」
そう言うとアイリスは寮の奥の部屋へと入って寮母さんらしき大人の女性を呼んできた。
それから、風音は寮母さんと一緒に自分の部屋へと行くことになった。
「じゃあ私は授業があるからこれで戻るね! またね、風音!」
「うん、ありがとう、アイリス! またね!」
そう言って二人は別れた。風音はアイリスの背中を見ながら、また会いたいなとそう思った。




