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転生皇子は名探偵に憧れている  作者: 秋月 忍


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8/9

遭遇運

「ありがとうございました」

 マークたちがいなくなると、レイラは深々と俺に頭を下げた。

 明らかにほっとしている表情をしている。彼女の実力であれば、男三人を相手にしても十分対処できたとは思うが、内心怖かったのではないだろうか。

 それに相手は一応、格上の侯爵家の人間だ。札付きの問題児ではあるけれど。

「殿下のおかげで事なきを得ました。私はどうにも喧嘩っ早いところがございまして、申し訳ございません」

「うん。そうみたいだね」

 もちろん彼女がしたことは何一つ間違ってはいないのだけれど、普通の令嬢ならば目の前に人間が降ってきた時点で逃げるだろうし、関わり合いを恐れ、歯向かうようなまねもしないだろう。

「報復とかされると面倒だから、しばらく気を付けたほうがいいよ」

「それは……たぶん、大丈夫だと思います」

 レイラは首を振る。

「私は良くも悪くも印象が薄いらしく、他人の記憶に残りづらいようですので。申し訳ないですが、彼らは殿下のことしか覚えていないでしょう」

 なぜか妙に確信を持っているらしく、レイラは苦笑した。

「でも、あいつらに歯向かう令嬢が記憶に残らないなんてことがあるわけないと思うけれど」

 少なくとも俺の目にはカッコよく見えた。何ものにも屈することのないまっすぐな瞳は、今まで見たことがないほど美しいものだった。

「うちの家系の人間はそういう星の下に産まれているのです」

「そんな馬鹿な……」

 君の思い込みじゃないかと言いかけ、ふと思う。

 優秀だというモブー伯爵について俺はどうしても思い出すことができなかった。父である陛下の友人だというのなら、絶対に会ったことがあるはずなのに。それに、レイラのことだって、昨日まで全く意にも留めてなかった。

 明らかに他の生徒より目立ってもおかしくないのに。

「とにかくお気になさらず。私は雑草のようなものです。埋もれてしまえば『私』を特定をするのは困難なことですから」

 冗談とも本気ともよめない口調でレイラは淡々と話す。

「君の話はなんとなくわかったけれど、それでも何かあったら俺に相談してくれるか? 力になれると思うから」

 少なくともロイロット家から圧力をかけられるようなことがないように手を貸すことはできる。

「ありがとうございます。でも──殿下に守っていただくとクセになりそうですので」

 レイラは首を振る。

「私は油断するとすぐ死ぬと教えられて育ちましたから、多少のトラブルは慣れております」

「随分とワイルドな教育方針だね」

 少なくとも普通の伯爵家とは違う気がする。

 もちろん社交界では一度の失敗で社会的に抹殺されることはあるけれど、どうも彼女の口調ではそのようなことではなさそうだ。

「そうでしょうか?」

 レイラは不思議そうだ。

「伯爵令嬢の日常がそんなに危険に満ちているとなると、この帝国の治安はそんなによくないってことになるし」

 ドノバン事務官によれば、モブー伯爵は優秀で、領地経営も上手くいっているという話だ。爵位の継承権争いも特にあるとは聞いていない。きな臭い話ではなく、貴族としての心構えということだろうか。

「治安は良くても、不慮の事故とか防げないものはございますので」

「まあ、それはそうだろうけれど」

 確かに絶対の安全なんてない。

 本人がどんなに気をつけていたって、天災だってある。

 気にしだしたら家から出られないし、そもそも家にいたって、何か起こる可能性があるのだ。

「とにかくそこまで気にしていただくことではございません。この程度のことは、()()()()()()ですから」

「……よくあることなんだ」

 レイラが言うには、先程のような喧嘩に巻き込まれるのも日常茶飯事だし、なんなら道を歩けば何かが落下したり、飛んできたりすることも珍しいことではないそうだ。

 マダライモリが次々に湧いてくるくらい、可愛いものらしい。

「……ハードな人生だね」

 同じ世界に住んでいるのに、聞いていると彼女の人生はまるでサバイバルゲームのようだ。

 トラブルが次から次へと舞い込んでくるのが『当たり前』。彼女はそれを淡々と受け止め、生きてきたようだ。

「君は随分と遭遇運が強い人なんだね」

「……そんな風に考えたことはないですけれど。なんにしても、昨日の落とし物の持ち主がわかってよかったです」

 教室の前にたどり着くと、彼女はにこりと笑んで先に教室へ足早に入っていった。

 胸がドキドキした。ときめいたと言っていい。

 彼女の話が本当であれば、それはまさに俺が探していた『名探偵』の『素質』があるということだ。

 道を歩けば強盗に、旅行に行けば殺人事件にぶちあたる、天才にして天災の素質。

「ひょっとしたら、俺、ワトソンになれるかも?」

 思わず呟く。

 退屈に満ちた日常が、冒険に満ちたものに変わる予感。

 探さなくても彼女がいれば、事件が寄ってくるし、彼女はそれを解決して乗り越えていくだけの能力もある。ただ、なぜか目立たないせいで誰にも知られることがなかっただけ。

 前世からの長年の夢が叶う時がくるかもしれない。

 少なくとも彼女から目を離さないようにしょう──俺はひそかに決意した。



「レグルス殿下」

 昼休み、食事を終えて食堂を出ようとしたら、目の覚めるような赤い髪をしたジェイムズが俺をみつけて走り寄ってきた。

「あの……今日はありがとうございました」

 立ち止まった俺の前で、彼は深々と頭を下げる。

「気にするな。それに礼を言うなら、俺ではなくて、モブー嬢に言うべきだ」

「それはもちろん……ただ、あの方のお名前を存じませんし……お顔もあまり拝見していなかったもので。それに僕が謝意をお伝えに行けばかえってご迷惑をかけるかもしれません」

 ジェイムズは恐縮した。

 なるほど。レイラの言う通り、あの場にいた人間でも、レイラより俺の印象の方が強いのだろうか。

 まあ、そのほうがレイラに危険が及ばないし、彼奴らも皇子の俺をどうこうしようとは思わないだろう。

「まあ、いいさ。ところで、失礼ながら封筒の中身を見たのだが、君は召喚術が好きなのかい?」

「好きというか、その……仕事なのです」

 ジェイムズは俯いた。

「仕事?」

 話が込み入りそうなので、俺は購買で飲み物を二人分買って、ジェイムズにすすめながら屋外に置かれたテーブル席を陣取った。

 初夏の日差しは結構強いけれど、日よけのパラソルがあるので、そこまで暑くはない。前世の日本なら梅雨の季節だけれど、この世界は欧州風なせいか、ジメジメしていなくてありがたいと思う。

「実は、スポールディング侯爵家のお嬢さまに言われて、週に何枚かをお納めしているのです」

 ジェイムズはためらいがちに口を開く。

「自分の描いたカードが売り物になると思えないのですが、侯爵家は実家の重要な取引先ですので、お断りすることもできず……」

 材料費に若干上乗せされる程度の報酬をもらい、ジェイムズは描いていたと話す。

「斑紋愛好会の本を参考にしたのかい?」

「はい。お嬢さまに教科書に載っていないレアでかつ簡単な陣だと薦められました」

 ジェイムズは俯く。

「あまりよくないことに使われているのではないかと思ってはいたのですが、お断りする勇気もありませんでした。それに、僕も多少は小遣いが欲しいと思っていたところがあります」

 ジェイムズは大きく息を吐いた。

「実家のウイルソン商会の商売は順調ではありますが、質素倹約につとめてきた我が家と貴族のご令息やご令嬢とは生活のレベルが違います。隣に並ぼうと思うと自分が自由にしてよいお金だけではとても足りなくて……」

「なるほどね」

 ちょっとした友達同士の交流をしようと思うだけで生活レベルの違いを感じるらしい。

「昨日、君がアリア・ブーリコ嬢とデートをしていたのを見たが、つきあっているのかい?」

「いいえ。彼女は僕のいとこですよ」

 ジェイムズは首を振った。

「彼女の母親が僕の父の姉なのです」

「へえ」

 意外といえば意外だ。

「ブーリコ伯爵家は、ウイルソン商会が困窮に陥った時、伯母を差し出すことを条件に援助をしてくれたそうです。だから祖父母も両親、そして僕も伯母や彼女に頭が上がらないのです」

「ふうん。なるほどね」

 ようするに実家の危機を救援してくれた恩義があるからという理由で強く出れないというわけか。

「ちなみに、ロイロットの次男坊に狙われた理由に心当たりは?」

「おそらくですけれど、スポールディングのお嬢さまに書類をお渡ししていたところを見られたからだと思います。僕、この赤い髪の毛のせいで、自分が思っているより目立つらしくて」

 ジェイムズは苦笑いをする。

 確かに彼の目の覚めるような赤い髪は非常に印象的だ。

 何をしても記憶に残りにくいレイラとは対照的である。

「それにしてもよく話してくれる気になったな」

「あのご令嬢の勇気に比べればたいしたことではございません」

 ジェイムズは首を振る。

「あの封筒の中身をご覧になっておられたのであれば、きっと殿下も不審に思われているであろうと思いましたので」

 ジェイムズはうすうす自分が何かの片棒を担がされていることを感じ取っていた。断る勇気もなかったし、僅かな甘い蜜も捨てがたかったのだろう。ただ、俺から問い詰められれば言い逃れは出来ないし、このままでは搾取されるだけだと気づいたのかもしれない。

「わかった。俺で出来ることなら、君の力になろう」

 まずはロイロットの次男坊とスポールディング嬢について調べてみることにした。

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