廊下にて
翌日、登校し教室に入ると、レイラがそっと俺に頭を下げ、席に近づいてきた。
「おはようございます。殿下。ご依頼の件です」
いたって事務的に、手渡して来たのは、真新しい玉ひも付き封筒だ。
「わぁっ。モブーさん、殿下に何のプレゼントぉ?」
「すごい。仕事が早いね」
頼んでないのにアリアが間に挟まってくるのを無視して、レイラから封筒を受け取る。
「ねえ、ねえ、中身は一体なんですのぉ?」
アリアは俺に絡むのを諦め、レイラに質問をする。
玉ひも付き封筒で色っぽいプレゼントなどありえないのに、アリアは興味津々だ。まあ、召喚カードをせがむような人間だ。俺が彼女に課題の代行でも頼んだと思っているのだろうか。
結構、失敬だな。
「最近の図書の貸し出し状況についての調査を頼まれました。ブーリコさんも、ご興味がおありでしたら、ご覧になります?」
「図書の貸し出し?」
アリアは首を傾げた。
「はい。希少なシロマダラの召喚陣の描かれている魔術書について、調べるようにとのご依頼でしたので」
「シロマダラ? なに、それ」
「希少な淡褐灰色の蛇です。黒い斑紋がありまして──」
あえて話を一段ずらしている。でも嘘は言っていない。
レイラは、絶妙にアリアの興味を削ぐような答えを選んでいる。
「ええ?ヘビ……怖いよぉ」
どさくさに紛れて腕をとろうとしてくるアリアを俺はかわし、封筒を丁寧に机の中にしまった。
「モブー嬢。助かった。ありがとう」
レイラに礼を述べ笑いかける。
「いえ──殿下のお役に立てれば幸いです」
一瞬、レイラの頬が朱色に染まったようにみえた。照れたのかもしれない。
慌てたように顔を背けた仕草が、とても可愛らしく、胸がドキリと音を立てた。
レイラからの報告は思った以上に詳細だった。
斑紋愛好会の本が頻繁に読まれるようになったのは、ここ数年のことのようだ。それまでは、数年に一度貸し出されるくらいのものだったらしい。
それが、今やひと月に一度。人気急上昇である。
ひょっとすると召喚の課題の参考になると評判にでもなったのかもしれない。実際、かなり個性的な生物や魔物の召喚陣が掲載されている。
同じ丸写しでも、教科書を写すより『勉強している』感を教師にアピールできるからというのもあるだろう。
リストは貸し出された人物の名と貸し出された期間が記されていた。
一部は、学年、クラスまで調べてある。読書カードは毎年クラスごとに仕分けなおされるので、前年度にさかのぼるのはかなり大変で全部は無理だったようだ。
うん。優秀だ。
個人情報保護法的にはアウトだけれど。
ちなみに、レイラの前に借りたジェイムズ・ウイルソンは一年生でローズと同じクラスのようだ。
昨日、アリアと一緒にいたジェイムズと同一人物か確認してみよう。
休み時間になり、俺はジェイムズ・ウイルソンのいる教室へ向かった。
一年生は全部で五クラス。二年からは各専門クラスに分かれるけれど、一年は基礎教育という方式だ。成績順でもない。あくまで、一年生はどのクラスも平均的にという側面でクラスを編成しているとか。
「あの。さすがに廊下で暴力行為はやめていただきたいのですが」
レイラの声に気づいて、前を見ると、廊下に人だかりができている。
三人の体格の良い男に囲まれたレイラが、倒れた目の覚めるような赤い髪の男をかばうようにたっていた。倒れているのは、昨日のジェイムズだ。
「ご令嬢は口出し無用」
「そうです。こ奴は我らを盗人呼ばわりしたのですから」
「侮辱されたのはオレだ」
次々に口を開く三人。うち一人は顔に見覚えがある。確かロイロット侯爵家の次男坊マーク・ロイロットだ。手の付けられない乱暴者だという話である。
「僕は……ただ、僕のものを返して欲しいと言っただけです」
「へえ。だったら持ち物検査でもしてみるか? ちんけな封筒なんかどこにもないぜ。全く女にかばわれるとはいい身分だなあ、おい」
にやにやとマークは笑う。
「私は別にどちらに非があるか判定するつもりはございません。ただ、あなたがその方を不用意に投げ飛ばしたことで、私もケガをするところでしたから、ご抗議申し上げているだけです」
レイラは一歩も引かない。
札付きの不良学生相手でも、恐怖を感じている様子はない。レイラは女生徒の中では剣士としても優秀だった。マークのような粗暴なだけの相手は敵ではないのかもしれない。
ジェイムズのほうは、服装が乱れ額から血が出ている。
「あんた、確か伯爵家の人間だろう? オレに逆らうってか?」
「私はただ、廊下で暴力行為をしないで下さいとお願いしているだけです」
レイラは正義を振りかざしているわけではない。どちらかといえば、いろんなことにかかわりあいになりたくはないのだろう。
それにしても、レイラは次から次へといろんなことに巻き込まれるタイプのようだ。
俺にない『遭遇運』を持っているのかもしれない。
「可愛い顔して、融通の利かねえ女だな」
マークは苛つきを隠せないようにレイラの腕をとろうとした。
「まあ、待て」
俺は二人の間に割って入り、マークの腕をおさえる。
「殿下?」
レイラは俺の姿を認めて、驚いたようだった。まあ、俺としても今回は別にレイラの後をつけていたわけではないから、本当に『偶然』なのだけれど。
「まず何があったのか教えてくれ、そこの赤毛の君」
「えっと。はい」
突然ふられた赤毛のジェイムズは一瞬困惑の表情を浮かべた。
「ロイロット令息が盗んだものを返して欲しいとお願いしました。そうしたら、激高した彼が僕の胸倉をつかんで、僕を放り投げました。ご令嬢は、僕とぶつかりそうになり、とっさに僕を風の呪文でつつんでくれました」
「なるほど」
ただ普通によけただけだと、ジェイムズは床に体を打ちつけて大けがをする可能性があるから、魔術を使って彼を助けたということか。
「ちなみに、彼が君のものを盗んだのは間違いないのかね?」
「間違いありません。昨日のお昼、机をひっくり返され荷物をぐちゃぐちゃにされました」
「オレはただ、邪魔な机にぶつかっただけだ」
マークはにやにやとした笑いをまだ張り付けている。
「なるほど。ロイロット君は侯爵家の名を傘に着て、好き勝手しているというわけだ」
俺は顎に手を当て、ふうんと頷いた。
「殿下、誤解です。オレの話も聞いてください!」
マークは首を振る。
「この男は実家が裕福なことをいいことに、上級生や伯爵令嬢にとりいろうと媚を売っているようなやつです」
上級生はよくわからないけれど、伯爵令嬢というのは、アリアのことだろうなとピンときた。ただ、アリアとジェイムズの話を聞いた限りでは、取り入っているというよりは、搾取されている感じだったけれど。
「それは、まあ、お互いさまだろう? 君は周囲にマウントをとって、好き勝手をしているわけだし。立場の弱い人間が、強い人間に媚を売るっていうのは、ある意味では生きる手段でもあるのだから」
俺は肩をすくめる。
「しかしですねえ、殿下、お言葉を返しますが、盗んでもないものを返せというのは言いがかりですよ。それなのにこいつは、『返せ』というばかり。あんな古臭い書類袋、どうせたいしたものでもないくせに」
マークは言い捨てる。
「君は随分とその書類袋とやらに詳しいのだね」
俺は苦笑した。
「赤毛の君、君の探しているものは、召喚カードの入った玉ひも付き封筒かな?」
「はい。どうしてそれを?」
ジェイムズは目を丸くした。
「実は昨日、花壇で拾ってね。職員室に届けたよ」
「本当ですか!?」
ジェイムズの顔がパッと輝いた。
「ありがとうございます!」
彼は頭を下げると、そのまま職員室へと走っていった。
「ブツが見つかったのなら、オレはもういいですよね?」
マークはムッとしたように俺に背を向けようとする。
「実は生徒がわざと花壇に投げ入れていったという話もあってね。ちょっと調べているところさ」
はったりである。
ただレイラの話を聞いた限り、拾ったのは花壇の中ほど。落ちた時に強風でも吹いているのでなければ、普通にものをおとす場所ではない。
「ちなみに他人のものを『盗む』行為というのは、その品物を所持しているということではなく、他人の物を勝手に持ち去ることをさすということだということは、ロイロット君も知っているよな?」
「──何がおっしゃりたいので?」
マークはじろりと俺を睨む。
「今回は学生同士の喧嘩ということで、おさめるつもりだが、これ以上ロイロット家の名で迷惑行為を続けるというのであれば、帝国法で裁くことも視野に入れる。そのつもりで」
俺は口の端を僅かに上げ、マークの腕を離した。
「くっ」
捨て台詞を吐きたくても俺が皇子だと思いだしたのだろう。
マークとその取り巻きは、慌てて走って逃げて行った。




