探偵愛好会
エリー・スポールディング侯爵令嬢は、兄の婚約者候補の一人だった。
魔力が少し低いローズと違い、エリーはかなり上級者クラスの魔力持ちだったこともあり、皇太子妃に彼女を推す勢力もかなりあったと聞く。
もっとも、うちの両親は基本的に恋愛脳だから、魔力を基準に息子の婚約者を決める気はなかった。それに兄もローズ以外見えていない状態だから、あくまで外野の話だ。
年齢は兄より一つ下、つまり今は二年生である。
栗毛色のふわりとした髪で、童顔の癒し系の美女だ。ローズより物静かでおしとやか系だが、正直に言えば『何を考えているかわからない』タイプ。
今はまだ婚約者がいなかったはず。
一応は、俺の婚約者候補でもある。
ただ、俺は少し苦手なタイプだ。一つ年上なのは全然かまわないのだけれど、とにかく話が全然合わない。当たり前と言えば当たり前だけれど、彼女は兄の廉価版で満足する気は毛頭ないというのが透けて見える。
まあ、そうだよね。もし俺と婚約したら皇族なら誰でもいいのかとか言われるだろうし。
ちなみに、レイラの『斑紋愛好会』の貸出リストの中に彼女の名前はあった。
昨年度の早い段階だ。
ジェイムズは斑紋愛好会の本を彼女から紹介されたと言っていたが、これを見る限り、本の貸し出しが頻繁になったのは、その前の年。
よく見れば、きっかけになったと思わるころに彼女の兄であるダンカン・スポールディングの名があった。
ダンカンは兄と同い年。
兄に聞いた方がよくわかるかもしれない。
ただ、爵位的には兄の側近候補でもおかしくないのだけれど、その名を聞いた覚えはほとんどないところからみて、兄とあまり相性が良くないのだろう。
マーク・ロイロットに関しては、悪い噂しか聞いたことがない。
ロイロット家の長男ルパート・ロイロットは可もなく不可もなしというタイプでもうすぐ爵位を継ぐという話は聞いているが、弟の方は婿養子に出そうにも素行の悪さのせいで、なかなか話がまとまらないと聞く。腕自慢だからいずれは軍にという話もないわけではないらしいが、本人にその気はないらしい。
ちなみに、エリー・スポールディングとは同学年だ。
ただ、ジェイムズ・ウイルソンの話を聞く限り、召喚カードの話とは全く関係なさそうだ。どちらかといえば、ジェイムズとエリーとの関係を勘違いして嫌がらせをしていると考えるのが自然である。そうでなければ、奪った書類袋を花壇に捨てるなどという真似はしないだろう。そもそも中身にも興味がなかったようだ。金目当てで強奪したのであれば、少なくともまっさらなカードは抜かれていたはず。
まあ、腐ってもロイロット家の次男坊だから遊ぶ金に困ったりはしていないということか。
とりあえず、皇族の『影』に頼んで、ジェイムズの護衛をしばらくさせよう。
なんにせよ、あの不良はどこかで制裁を加える必要がありそうだ。
放課後、俺はレイラが剣術部に異動するのを確認してから、生徒会室へと向かった。
現在の生徒会長は、皇太子である兄だ。この学院の生徒会長は最高学年の爵位の高い子息子女がつとめることになっている。
そのほかの人材については、生徒会長が独断で選出することになっているのだ。今年に関しては、言ってみれば兄の側近候補が選ばれており、実は俺もサポーターとして補欠要員になっている。
俺とローズを秤にかけ、俺を選んだらしい。
別にローズを選べばよかったのに、とは思う。生徒会なんて面倒だしね。
ちなみに来年の生徒会長はエリー・スポールディングかマーク・ロイロットのどちらかということになる。
さすがにエリーが選ばれるとは思うのだけれど、女性の生徒会長はあまり例がないので多少はもめるかもしれない。
「お、レグルス、今日は真面目に来たな」
「……いつもさぼっているみたいな言い方、やめてください」
生徒会室に顔を出すと、兄がにやりと口の端を上げ出迎えた。
「悪い。夏季の合宿イベントの資料を作ったから、問題点がないか確認してくれ」
「いいですけれど」
合宿イベントは、あくまで授業の一環なのだが、グループ対抗で行われるレクリエーションなどもあったりして、そちらは生徒会の管理下である。
警備とか大変だから、全校生徒いっぺんに課外学習なんてしなくてもいいのにとは思うが、恒例行事だからしかたがない。
「そういえば、兄上。ダンカン・スポールディング侯爵令息って、どんな人?」
「ダンカン?」
兄の眉間に皺がよる。
ちょうど隣にいた副会長のフレデリック・ヴァーン伯爵令息の表情が険しくなった。どうやら、超絶仲が悪いのかもしれない。
「あいつがどうかしたのか?」
声音が不機嫌の色がにじむ。
「どうかしたというわけでは。ただ、スポールディング家の兄妹について少し気になることがありまして」
俺はジェイムズの話をした。
「実は課題代行なる組織があるという噂を聞いて、まさかとは思っていた矢先にスポールディング嬢が召喚カードの買い上げを行っていると聞きましたので」
召喚カードを買い上げたところで、それが即、課題代行をしていたということにはならない。ただジェイムズとは比べ物にならないほど高い魔力をもつエリーがなぜ、ジェイムズの召喚カードを買い上げているのか。
「課題代行ねえ。商売としてそんなものが成り立つかどうかは知らないが、その程度で稼げるはした金など、スポールディング家にとってはどうでもよさそうだが……」
兄は首を傾げた。
スポールディング家は侯爵家としても裕福な方で、帝国でも指折りの金持ちだ。
「金銭面については、俺もそう思います」
平民のジェイムズが金欲しさに納品していたのは、わかる。だが、スポールディング家がしょぼい召喚カードを集めている理由は、それが商売として美味しいからではない気がするのだ。
「ひょっとしたら、人脈を作っているという可能性があるのではないかと」
「人脈?」
「はい。兄上も側近候補を生徒会役員に任命したりして、将来に備えていらっしゃるではありませんか」
将来、この国を動かすであろう人材の人となりを知り、友好を深めておく。言ってしまえば、将来の派閥づくりは既に始まっているのだ。
「仮に何らかの組織を作ろうとしているとして、それで何をする気だと思う?」
「さあ? ただ、将来的には犯罪組織になるかもしれませんね」
買い上げた召喚カードを誰かに売りつけたとなれば、それを『購入した』生徒は『課題の不正』を 行った確率が高い。それは将来において、スポールディング家に対しての『弱み』になる。学生のうちの課題の不正は大した罪にはならないだろうが、スキャンダルの種ではあるのだ。
そして一度不正を行ったということは、誘惑に弱いという証明でもある。
「もちろん、今は彼らから召喚カードを買ったという人物はみつけておりませんから、ただの憶測ですけれどね」
「それは……簡単には見つからないだろうな。教師側と魔術鑑識の協力があれば別だが」
「ですよね……」
提出された召喚カードの魔素をチェックすることで、不正が行われているかどうかは把握できる。教師側の協力は兄や俺がお願いすればなんとか得られるだろうが、魔術鑑識の協力を仰ぐとなると、それこそ政府を動かさなければならない。
「ですが兄上。道具さえあれば、俺たちでも魔素チェックは可能ですよね?」
鑑識の技術を学ぶための道具は学院にもある。旧式だけれど。
「論文については証拠は残りませんが、召喚カードなら証拠は残ります」
「それはそうだが……ダンカンに感づかれたら、証拠をすべて消されてしまうぞ。奴は周到で用心深い男だから」
「俺がやります。そのために、旧校舎の一室を『探偵愛好会』として使わせてください」
俺はふっと笑みを浮かべる。
「お前ひとりで?」
「まあ、同好会ですからね。一緒にやりたい人はいます。まだ、引き受けてもらえるかはわかりませんけれど、頑張ってみますよ」
俺はどうやってレイラを口説き落とすかを必死で考え始めた。




