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転生皇子は名探偵に憧れている  作者: 秋月 忍


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課題代行

 この学院では様々な『課題』が出る。召喚陣のような魔術に関するものだったり、前世のような問題集みたいなものまで多岐に渡る。一応は、一般教科以外の専門教科は『選択』だったりもするけれど。

「魔術とか、論文課題のようなものが対象だとか」

「なるほどね」

 魔術は……わからなくもない。一応、必須科目ではあるけれど、魔力が少ない人間だと陣を描くだけでもかなり大変なのだ。ただ、授業のガイドライン的には、本人の魔力量に関係なく、魔術系の『基本』の『理解』ができればそれでいいので、座学であるペーパーテストと課題を提出さえすれば単位はもらえたはず。

「しかし、他人が描いたものを提出したら、さすがにバレるんじゃないか? 魔素が違うし。それに論文なら考え方とか違うだろう?」

「本人の実力との差がなければ、教師もあまり気になさらないかもしれません」

 レイラは召喚カードを見ながら呟く。

「この陣、お世辞にも優秀とは言い難いです。かといって、著しくダメというわけでもありません」

「まあ、そうだなあ。不可とはならないけれど、良でもない」

 ようするに『普通』ってやつだ。

 少し成績の良い生徒がこれを出したら、『手抜き』。落第寸前の生徒が出せば『努力の賜物』くらいに思ってもらえるかもしれない。

「もちろん『魔素』をみれば、すぐにバレますが、一人一人の課題にそこまで時間をかけて採点をなさっているとは思えないので」

「確かに、そこまで暇ではないか」

 明らかに本人ではないとわかるレベルのものであれば、教師も疑問に思うだろうが、そうでなければスルーしてしまうかもしれない。

「私があの時、違和感を覚えたのは、ブーリコさんの『杖』が隣にあったからです。そうでなければ、きっと気にしなかったと思います」

 ふうっとレイラはため息をついた。

「まあ、それはともかくとして。これは職員室に持っていくのが最良だな」

 昼休み時間はもうすぐ終わる。誰も取りに来る様子がないし高価なものだから放置しておくのも不用心だ。

「ブーリコ嬢を問いただしてもいいが、またトーマスみたいなのが難癖付けてくる可能性が高い。面倒なことにしかならないだろう」

「そうですね」

 レイラは頷く。

「ただ、その課題代行、すごく気になる。君さえよければ、少し探るのを手伝ってくれないか?」

「え?」

 レイラは驚いたようだった。

「君だって、気になっているのだろう?」

「それはそうですが。でも、どうやって探すのですか? さすがに『魔素』で術者を特定はできませんし……」

 魔素から個人を特定するには特殊な器具がいる。

 しかも魔術省で管理している魔素登録は、一定の魔力以上の人間と犯罪歴のある人間だけだ。どちらにせよ、この召喚カードを描いた人間が登録しているとは思えない。

「これさ」

 俺は斑紋愛好会の本をみせる。

「マダライモリの召喚の陣について描かれたような書物は、基本、どれも図書館から貸し出しが禁止されているとみて間違いない。手軽に借りられる資料は希少だ」

「それは、そうかもしれませんが」

 貸出記録はブックカードを使用している状況なら、情報はだだ漏れ状態。探ろうと思えばいくらでも調べられる。あまり褒められた行動ではないが、本を借りた生徒名をリストアップしたところで、大きな罪を問われることはないだろう。ここは前世ではないから、個人情報保護法もない。だからいいという問題ではないけれど。

「これの持ち主は斑紋愛好会の本を愛用していた可能性は高いと思う。ただ、課題代行とは関係ない可能性もあるけれどね」

 課題代行と関係ないのであれば、職員室に預けておけば持ち主は見つかって終わるだろうけれど。

「ただ、召喚カードをこんなにも持ち歩くのは、ちょっと不自然だとは思うから、念のため調べたい。ブーリコ嬢周辺の人間に探りを入れる」

「つまり……ブーリコさんと交友がある方の中に、本を借りた生徒がいるかどうかをまず確認するというわけですか?」

 レイラは顎に手を当てて、考え込む。

「わかりました。ちょうど今日の午後は図書委員の仕事に入る予定でしたので、貸出記録をみてみます」

「ああ、頼んだ。俺はブーリコ嬢について調べてみるよ。さてと。とりあえずこれは、俺が職員室に届けておく」

 もし持ち主が現れた時、教えてもらえるように俺なら()()()()()()()()ことが可能だ。

 嫌だねえ。身分を傘に着ているようで。でも使えるものは全部使う、それが捜査の基本である。

「ありがとうございます」

 レイラは静かに頭を下げた。



 教室に戻ると、俺はアリア・ブーリコの観察を始めた。

 彼女の周りにはいつも男子生徒が何人かいて、たわいのない話をしている。どの男子とも距離感が近い。よく男同士で喧嘩にならないものだと感心してしまう。気の持たせ方が絶妙にうまいのだろうか。

 トーマスのように婚約者のいる男子もいるため、女生徒の中には白眼視するものもいるようだが、彼女は全く意に介してないようだ。

 持っている文房具やハンカチーフ、それから例の杖だって高級品だ。婚外子だからと伯爵家で冷遇されているような様子は見受けられない。

 午後の授業は『歴史』。

 教師のマーセン・セイコーは若くて整った顔立ちをしているため、女生徒に人気がある。そのせいなのか、他の授業ではあまり真面目な印象のないアリアも真剣な面持ちをしていた。ただ、時折、セイコーが席の傍を通るときは、必ず上目遣いで見つめている。

 うーん。完全に、オトシにいっているようにみえるけど。

 セイコーは独身で、子爵家の次男坊。婚約者はいなかった記憶がある。

 もっとも、婿養子の()()はいくらでもあるだろう。なにも好き好んで、教え子との禁断の恋を選ぶ必要はないとは思うけれど、いつの時代も『許されない』ってやつは、かえって盛り上がっちゃうものらしいからなあ。

 放課後になると彼女は、トーマスと何か話していたが、身支度を終えると一人で教室を出た。

 俺も荷物を持ち、そっと彼女の後を追う。

 廊下には帰路に向かう生徒が何人もいて、特に気づかれる心配はなさそうだ。

 旧校舎を出たアリアは、そのまま学院の寮のある裏手へと歩いていく。

「あれ? 彼女って寮生ではないよな?」

 毎日確認をした訳ではないけれど、ブーリコ家の家紋の馬車を見た記憶がある。

 寮生は領地が遠く、帝都内に屋敷を持っていない貴族や、特待生で入ってくるような平民が多い。ブーリコ家は、学院からそれほど遠くない位置にタウンハウスがあったはずだ。

 寮の敷地まで入ると、さすがに人通りが少ないし、俺は顔を知られているので目立つ。

 寮生に知人はいなくもないけれど。

 寮に向かう道は長いケヤキの並木道になっていて、ところどころベンチなども置かれている。脇には授業で使用する雑木林などもあり、非常に緑が豊かだ。

 よくみると、カップルが多い。

「ふうん。ここってデートコースなのか」

 用事がないからあまり来たことがなかったが、なるほど。そういう用途で使われることもあるのか。

 並木道のちょうど真ん中あたりには、学院の創設に尽力したマクセーブ大公の像が置かれていて、そこだけ少し広くなっている。

 功労者を称えるには辺鄙な場所に設置していると思っていたが、どうやらカップルの待ち合わせ場所になっているようだ。

 アリアは像の前に立っていた目の覚めるような赤い髪の男子生徒と待ち合わせだったようだ。制服のネクタイの色からみて、俺たちと同じ一年生だろう。上級貴族の令息ならそれなりに覚えているつもりだが、顔にあまり記憶がない。

 二人は像に近いベンチに座り話し始める。

 潜伏できる位置まで接近できそうもないので、俺は少し離れた場所のベンチに座り、本を広げて読むふりをしながら、自分に聴覚強化の魔術を使った。

 こういう時に便利な術ではあるけれど、それなりに人がいて、他に話声もするから、聞き取るのは簡単ではない。

 すべての聞こえる『音』が等しく増えるため、かなり集中しないと結局のところ聞き取るのが困難には違いない。

 かなりうるさい人ごみの中で、盗み聞きしているような感覚に近い。

「ジェイムズったらひどい。あんな気持ち悪いものだと思わなかった」

「そんな……可愛いものがいいといったのは君なのに……」

 ジェイムズと呼ばれた男子は肩を落としたようだった。

「可愛いと言ったら、うさぎとか、ひよこじゃない!」

 アリアはムッとしたような口調だ。

「哺乳類や鳥類は陣が複雑で、呼び出すのも魔力がたくさんいるし……」

 ジェイムズは困ったように呟く。

「それに僕、しばらくは描いてあげられない……」

「どうして?」

「……いろいろ事情があって」

「ひどい。ジェイムズったら、もう私のことなんてどうでもいいのね」

「そんな……」

 ぐすんぐすんと泣き始めるアリアに、ジェイムズは困惑しているようだ。

「召喚カードの手持ちがないんだ」

 どうやらマダライモリの召喚カードを描いたのはジェイムズらしい。

「新しいカードを買うための資金もなくて……」

 召喚カードは魔道具の一種。学院の購買部でも買える代物だが、それなりのお値段がする。学院に通う子息子女は裕福だとは思うけれど、他人におねだりするものとしては、かなり高価だ。普通の文房具をねだっているのとはわけが違う。ちょっとした貴金属をおねだりしているようなものだ。

「レグルスじゃないか。こんなところで会うとは珍しい」

「うわっ」

 突然の声にびっくりして、耳がキンとなった。俺は慌てて聴覚強化の術を解除する。

「兄上……と、ローズ嬢」

 二人は手をつないでいる。指をしっかりはさむ恋人つなぎだ。

「デート中ですか?」

「ああ。今日はお互い部活が休みだからな」

 兄は優し気に微笑み、ローズに甘い目を向ける。ローズは兄と目が合うとほおを紅潮させ、うつむいた。付き合いたてのカップルみたいな初々しさだけれど、この二人、もう五年も前から婚約していて、ずっとこんな感じだ。

 うん。ブラックコーヒーが飲みたい。

「誰かと待ち合わせか?」

「アレックスさま、野暮はいけません」

 にやにやと兄が笑みを浮かべるのを、ローズがたしなめる。

「ええと、まあ、そんなものかな」

 曖昧にこたえて、アリアたちのいた方角を見ると、いつの間にかいなくなっていた。

 探せば見つかるかもしれないけれど、下手に動けば、相手に感づかれる危険が高くなる。

「そういえば、ローズ嬢、昨日の放課後、俺の教室に来たって聞いたけれど、何か用だった?」

「いいえ。行ってませんけれど?」

 ローズは目をぱちくりさせて、首を傾げる。

 嘘を言っているようには見えない。ということは、ニック・ゲキシャーが嘘をついたか、もしくは他の誰かと見間違えたのか。

 ゲキシャーの勘違いや見間違いでないとしたら、かなり悪質な嘘である。

「どうかいたしましたか?」

「いや、なんでもない」

 俺は首を振る。なんにせよ、退き時だ。

「当てが外れたみたいなので、今日は帰りますよ。兄上たちはごゆっくり」

 俺は座っていたベンチを兄たちに明け渡すと、そのまま帰ることにした。


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