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転生皇子は名探偵に憧れている  作者: 秋月 忍


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斑紋愛好会

「図書室にそんな本があるの?」

「はい。図書館の記録コーナーに置かれております。魔術研究部などの研究記録と一緒に並んでおりますよ。貸し出しも可能です」

 レイラは図書委員としての仕事中に知ったらしい。

「白と黒のまだら模様、ちょうど牛の模様のような表紙でして、非常に印象深い活動記録です。ただ、半年ほどしか活動はしていなかったようですが」

 会員が少なくて、継続できなかったのだろうか。

 部として認められないと、活動費が下りないから、継続はなかなか難しかったのかもしれない。

 階段をおりて、角を曲がろうとした俺は、殺気を感じた。

「モブー嬢、下がって」

「セカンドチャンスぅぅぅ」

 俺たちが慌てて一歩下がると目の前をイリス・ウンメーが廊下を猛ダッシュで駆け抜けていった。

「懲りないなあ」

 朝に引き続き、彼女は、また壁にめり込んでいる。

「あれだけのスピードで廊下という狭い空間を全速力で走っているのに、誰にもぶつからないというのは、ある種の才能だよねえ」

 イリスの運命の相手というのは、よほど回避能力に長けているらしい。

「彼女、殿()()()()()()()走ってきているように見えましたが?」

 レイラがポツリと呟く。

「違うよ。彼女はいつか()()()()()とぶつかると信じて、走っているらしいから」

「はあ、そうなのでしょうか?」

 レイラは半信半疑のようだ。

「少なくとも私が知る限り、殿下のいない時に彼女が廊下を走っているところを見たことないのですが」

「偶然だろ?」

 そもそもレイラだって、いつも廊下を監視しているわけでもないだろうし。

「本当にそう思っていらっしゃるのでしたら、彼女は永遠に運命の相手に出会えないことになりますね」

 ふうっとレイラはため息をつく。

「え? それは困るなあ。いつか誰かが怪我をするよ?」

「……そうですね」

 レイラは残念なものを見るような眼で俺を見た。

 どうもレイラは俺がイリスの運命の相手だと思っているらしい。いや、もしそうなら、とうにぶつかっていると思うし、そもそも、今更ぶつかったところで、運命とか感じない。

「それより、『斑紋愛好会』の活動記録、見てみたいのだけれど?」

「図書館に行けば、いつでも読めますよ」

 レイラの言葉はそっけない。

 俺とあまり関わりあいたくないという気持ちが透けて見える。特に嫌われているというわけではなさそうだけれど、皇子と一緒にいることでおこる面倒ごとを避けたいのかもしれない。

「わかった。お昼休みにでも行ってみるよ。奥の記録コーナーだね?」

「はい。すぐにわかると思います」

 ちょうどチャイムが鳴り、俺たちは教室へと急いで戻った。



 昼食をとると、俺は特殊教室棟へと足を運んだ。

 学院には、旧校舎、新校舎の他に、図書館や特殊教室のある特殊教室棟と、売店と食堂、職員寮のある、職員棟、それから寮を併設した別棟がある。帝都の比較的中心に、これだけの敷地面積の学院を作ったのは、かなりクレイジーだと、元日本人の俺は思う。

 ちなみに図書館のある特殊教室棟は生徒に解放されている部分は一階だけ。残りの部分は書庫と職員の研究室になっている。

 この世界ではすでに活版印刷が始まっているけれど、魔術書などは手書きの写本が多い。ゆえに学生用の図書館でも『貸出禁止』の書籍が非常に多く、学術関係の本は図書館で読むというのが一般的だ。

 だから逆に言えば、召喚陣の解説のある書物が『貸出可能』となれば、需要はあるとは思ったのだが、記録コーナーは図書館の奥にあるため、あまり人気がないようだった。

 くだんの『斑紋愛好会』のものは棚の下段の見えにくい位置にひっそりと置かれていた。

「へぇ、こいつはすごい」

 活動記録のほとんどは、それほど凝った装丁のものはないのだけれど、斑紋愛好会の表紙は白黒のぶち模様の布が張られ、刺繍で『斑紋愛好会』と記載されていた。年数がたっているせいかやや黄ばんでいるが、部活の活動記録にしては随分と凝っている。

 冊数は全部で一冊。活動していたのは、三十年前で、活動期間はほぼ半年間だった。

 愛好会のメンバーは五名で、発起人はエゼキア・ロイゼンバーグとある。

「あれ?」

 伯父だ。父とはひとつ違いの腹違いの兄弟で現在は公爵位を得て、アドラー公爵となっている。

 側室の子である伯父のほうが一つ年上ということで、父が正式な皇太子に決まるまでは、それなりに継承権をめぐって不穏な話があったという話だ。

 ただ、伯父はかなり奇行が多く、伯父を推す声は次第に小さくなったという。

 もっとも、現在の警察機構を整えたのは、伯父の功績であるところをみても、継承権争いを起こさないために『計算』しての行動だったのだろう。ひょっとして、この斑紋愛好会も『奇行』のひとつだろうか。

 冊子は全て手書きで、非常に丁寧に製本されている。

「なるほど。マダライモリの召喚陣もあるな」

 ページを繰っていくと、『斑紋』にまつわる愛好会の人間たちの熱意が伝わってきた。

「マダライモリ、マダライモ、シロマダラ……すげぇな。イモリだけでなくて、貝や蛇まで載っている」

 他にもヒョウや牛、猫にいたるまで、召喚陣や、それにまつわる研究記事が書き込まれていた。中には『真鱈』の料理のレシピまで載っていた。珍しい物からそうでないものまで、共通しているのは『斑紋』があるということだけ。

 他のメンバーはともかく、伯父の記事は、まだら模様の蛇や蛇のような魔獣の記載が多い。あと妙な小さな記号のようなものが描かれている。最後のページには斑紋愛好会の活動趣旨と謝意がのべられていて、下部には謎の記号がびっしりと書き込まれていた。

「そもそも伯父上って、こんなにまだら模様にこだわりがあったっけ?」

 そんな記憶は全くない。現在のアドラー公爵は、正義感の強い紳士で、無類の愛妻家というイメージだ。


 なんにせよ、図書館から持ち出し可能でここまで召喚陣が詳しく書かれているものは少ないだろう。

 俺は冊子の裏に差し込まれた貸出票に目をやる。

 ちなみに、学院の図書館は、昔懐かしいニューアーク方式。

 正直、前世の俺は、フィクションでしかお目にかかったことのない個人情報駄々洩れ時代の貸し出しシステムだ。

 自分の読書カードと本の裏表紙についているポケットに入っているブックカードに記入をして、係に渡すと、本が借りられる。図書館側はそのブックカードで『貸し出した本』を管理するというわけだ。本を返却すると、図書館担当者は、ブックカードを本の裏表紙のポケットにしまう。

 つまり、ブックカードにはその本を借りた人物の名前が誰でも分かる形で残る。

 ついでにいうと、読書カードそのものも、図書館の棚に学年クラス別で収納するところがあったりする。

 生徒の読書カードが紛失する可能性は少ないけれど、個人情報とは? とは思うけれど、まだバーコード管理とかはできないから仕方がない。というか、そもそも、この国、身分制度がバシバシにあって、プライバシーとか以前の問題が山積している。専制君主のいる国では個人の尊厳を語るのは難しいのだ。

 まあ、個人情報の問題は置くとして、ブックカードを見ると、この本は頻繁に貸し出されていた。

 最新の名はレイラ・モブーで、その前はジェイムズ・ウイルソンになっていた。

「まあ、あまり今回の件とは関係ないかもしれないけれど、一応、借りてみるか」

 俺は貸出手続きを踏んで『斑紋同好会』の本を手に図書館を出た。

 まだ午後の授業には時間があるということで、校庭のベンチに腰掛けたり、体を動かしている生徒も多い。

「やあ、モブー嬢、どうしたの?」

 レイラが、花壇のそばでスカートについた土を払っていた。手にしているのは玉ひも付き封筒である。この世界では書類ケースとしてよく使われているものだ。

「これが花壇の中に落ちていたので拾っていたところです」

「名前とかはないの?」

「……ないようですね」

 レイラは封筒の表裏を確認してから、俺に手渡す。

 少し厚めの紙で作られた封筒には何も記入されていない。紙はよれていて、使用感がある。花壇に落ちていたこともあってか、かなり薄汚れていた。

「開けてみよう」

「……大丈夫でしょうか?」

「恋文ってことはないだろうし」

 もちろん機密性の高い文書が入っている可能性はあるけれど、持ち主を特定できるかもしれない。

 中に入っていたのは、二十枚ほどの魔術用のカードだった。

 魔術用のは特殊な用紙なので、これだけの量があるとかなりのお値段になる。いくらお貴族の子息子女とはいえ、こんなにたくさんのカードを持ち歩くのは普通ではない。

「カードの半分は召喚陣が記入済みの召喚カードですね。線の描き方からみるに同じ人が描いたもののようにみえます」

「へぇ。ということは、教師の研究資料だろうか。うーん。でも教師にしては稚拙な描き方だから、魔術研究部の人間かな?」

 学院には魔術研究部が存在する。そのメンバーなら、これだけのカードを持っていても不思議ではない。それにしても、どの召喚カードもあまりみたことがない両生類や爬虫類に特化している。

「マダライモにシロマダラ……あとマダライモリですか。まるで斑紋愛好会の方のようです」

 カードを凝視したレイラは眉間に皺を寄せた。

「それにしてもブーリコさんがお持ちになっていたカードと酷似しているような気がします」

 しっかり鑑定したわけではないから確証があるわけではないとレイラは念を押すものの、そもそもマダライモリの召喚カードをこんなに用意してどうするのだろう。

「今朝のご様子から見て、ブーリコさんはカードについて追及をされたくなさそうでしたから、たぶん伺っても、教えてはいただけないでしょうね。やはり職員室に持っていくのが最良なのでしょう」

「何か迷う理由があるの?」

 記名がしてあれば別だが、どこにも記名がない。このままここに置いておくか、職員室に落とし物として届けておくしか方法はなさそうな気がする。

「殿下はお聞きになられたことはありませんか? 課題代行をする組織について」

「課題の代行?」

「あくまで噂ですけれども」

 レイラは軽く肩をすくめた。

 

ニューアーク方式は、主に学校図書館で採用されていた貸出方式。

ジブリ映画『耳をすませば』に出てきたあれです。

遠い過去である筆者の学生時代、高校はこれであったと記憶しております。

ちなみに、一般的な図書館ではブラウン方式を採用するほうが多かったらしいです(ウイキペディア調べ)

今や小学校でもバーコードでの貸出方式なので、若い人は全く知らないだろうなあと思いつつ……

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