休み時間
ホームルームがはじまったが、特に誰も先程の騒ぎに触れることはなかった。
アリアは一部の男子生徒以外には、『面倒なやつ』と認識されている。本人が言わないのであれば、教師にも報告することで巻き込まれたくないと誰もが思っているのだろう。下手にかかわれば、先程のように泣き叫ばれたりするかもしれないし、必要以上にもたれかかってくるかもしれない。
だが、報告する必要があるかもしれないなと、俺は内心ため息をつく。
密告のような真似はしたくはないが、不正が行われている可能性があるのに、放置するわけにはいかないから。
レイラ・モブーは、アリアの杖について『自分の描いたものに対しては安全装置が設計されている』と指摘した。
課題は自分が召喚するものを自由に設定できる自由課題。
両生類は初期召喚の中でも難易度が低めだから選ぶ可能性はゼロではないのだが、マダライモリの召喚陣は教科書や副教材の資料集にも凡例にはないのだ。
単純に難易度で選ぶなら、教科書にのっているアマガエルを選ぶ。アマガエルなら、陣を描き移すだけで終わるのだ。こだわりがなければそうする生徒の方が多い。
いずれは、実際に召喚する実技もあるのだ。先程のパニックに陥った様子からは、自分でマダライモリを選んだとは思えない。
彼女はあの召喚カードが何を召喚するものか知らなかったのだろう。
召喚陣から魔力が複雑なかおりがしていたのは、陣を描いた人間と、杖の持ち主が違ったからだと思われる。
アリアが他人の描いた陣を『自分が描いた』として課題を提出するとすれば、それは不正行為に他ならない。
たかが課題、されど課題である。
まあ、教師も気づくとは思うし、魔術師の技量は実技の方が大事なので、陣を誰が描こうが関係ないという説もあったりするけれど。ただ、学院の成績はどちらかといえば座学よりにつけられているはずだ。
入学前の審査によれば、アリアの魔力は中級よりやや上程度だが、得意な属性が『光』。
これは非常に珍しい。
光の属性が得意なのは、皇族に多い特徴だから。ちなみに俺は『闇』。これも皇族に多い。光と闇は表裏一体だから、不思議でも何でもない。
とはいえ、彼女の成績は下位の上。授業態度はあまりよい方ではない。幼い言動も多く、学業に興味はなさそうだ。
「初期召喚陣のカードの提出は来週までだ。今日忘れたものは、次の授業には必ず提出するように」
初老の召喚術の教師、デスラバートはそういって今日の授業をおしまいにした。アリアは課題を提出しなかったようだ。
ということは、『他人の描いたカードを自分が描いたと偽って提出』はしておらず、不正は成立しない。
うーん。疑いすぎだったのか。
それとも、レイラに他人の描いたものと見抜かれたために、躊躇したのか。いずれにしても、提出しないのであれば、あれこれ詮索する必要もない。
その時、トーマスがレイラに声をかけ、廊下へと連れだすのに気が付いた。
嫌な予感がして、さりげなくあとをつける。
前世と違って俺は皇子。だからどうしても目立つ。が、一応は高貴な立場なので、相手から話しかけられることは少ないから、その点では助かるが、相手が警戒していたら、どんなに気を付けても尾行は絶対にバレる。当たり前だけれど、周囲に面が割れているというのは探偵には向かない。
もっとも、トーマスは自分があとを付けられているなんて夢にも思っていないのだろう。
俺は姿勢を正して、真っすぐに歩く。相手を尾行するときに大切なのは、できるだけ自然体で歩くことだ。
二人は階段を上ると旧校舎の二階、僅かに特殊教室が残っているだけで人通りの少ない廊下で止まった。
人がいないので、不用意に近寄ることはできない。
『潜伏』
ほんの少しの『影』の中に潜むことができる術だ。ただ、周囲に人がいると、ぶつかったりする可能性が高くなり、人の多いところでは向かない術でもある。
俺は会話が聞こえる位置まで移動して、階段の踊り場で潜んだ。
こういう時、魔術のある世界って便利。
相手が警戒していたら、魔術を使っただけでバレてしまうリスクはあるのだけれど、探偵業は魔術が使える分、前世よりやりやすい。
「衆目の中、アリア嬢を泣かせるなんて、酷いじゃないか!」
トーマスは、レイラに対して怒鳴り声をあげた。
自分に正義があると疑っていない表情だ。
「……お言葉ですが、私が何をしたと仰るのですか?」
レイラは理解に苦しむというように首を傾げている。
比較的大男のトーマスの怒号にもひるむ様子はない。普通の令嬢よりも、肝が据わっているようだ。
「アリア嬢に恥をかかせたじゃないか!」
「……私は単純に事実を述べたに過ぎないのですけれど」
「君の指摘のせいで、彼女はひどく傷ついた」
トーマスはレイラをなじる。
「彼女が元平民ということで、バカにしたいのだろうが、杖が安物の不良品などと指摘する必要はなかっただろう?」
「私は一言もそんなことは申し上げていないのですけれど」
レイラは困惑しているようだ。
「可哀そうに。彼女は泣いていたじゃないか。君は彼女に謝罪すべきだ」
「マダライモリを返還したことについてでしょうか?」
「とぼけるな!」
トーマスが叫んだ。
身の危険を感じたのか、レイラはひらりと一歩下がる。
「トーマス」
黙って聞いていようと思ったが、あまりにも理不尽な物言いに俺は口をはさむことにした。
「で、殿下?」
トーマスは俺が突然現れたことに驚いたようだった。
彼には宙から突然俺が現れたかのように見えたのだろう。レイラもさすがに予想していなかったらしく、目を瞬かせた。
「モブー嬢が謝罪することなどひとつもない。お前はあの場にいて、一体何を見ていた?」
レイラの行動は賞賛されるべきことであって、なじられるようなことはひとつもない。それは、トーマスも見ていたはずだ。
「しかし、殿下! 殿下もご覧になられたでしょう? アリア嬢があんなに泣いて──」
なるほど。トーマスは『アリアが泣いた』というところだけしか見えていないのか。恋は盲目というが、あまりにもひどい。
「謝罪すべきはお前の方だ。モブー嬢は、召喚陣を返還し、原因を指摘したにすぎない。そもそも杖が『安物』とか『不良品』などとの評価は一言も口にしていない」
安物だと言ったのは、アリア本人だし、不良品は、見ていた生徒たちの『感想』だ。
「彼女が指摘したのは、杖には本来なら安全装置があって、召喚カードに触れたところで誤作動しないだろうということだ」
「だからそれは──」
トーマスは反論しようと口を開く。
「わからないのか? あの召喚カードを描いたのは、ブーリコ嬢ではないと言っているのだ」
「え?」
俺の言葉に、トーマスはぽかんと口を開いた。
「なぜ、他人の描いた召喚カードを持っていたのかは知らないが、モブー嬢は、ブーリコ嬢が誤解されぬよう極力配慮して発言をしていた。ブーリコ嬢が泣いた理由は、おそらく指摘されたことをそれ以上追及されたくなかったからだ」
「それは、いったい……」
ここまで言っても、トーマスにはピンとこないらしい。
「ブーリコ嬢はなぜ、他人の描いた召喚カードを持っていたのか。持っていただけなら罪ではない。だが、自分が描いたと偽って、課題を提出するつもりだったとしたら、それは不正行為に他ならない」
「そんなはずはありません。彼女はそんな子ではないです」
トーマスはキッパリと言い放つ。
「お前が彼女を信じるのは、お前の自由だ」
ふうっと俺は息を吐いた。
「だが、疑われる行動をしているのは事実。そのことを無視して、何の咎もないモブー嬢に謝罪を要求するなど、的外れもいいところだ」
レイラは伯爵令嬢で、侯爵家の令息であるトーマスに命じられれば、自分に非がなくても謝罪をしなければいけない立場にある。いくら表向きでは学院内では平等ということになってはいても、そんなのは建前に過ぎない。
「トーマス、俺から一つ忠告だ。お前はハティ・ドーラン侯爵令嬢と婚約していたはずだろう? 騎士としての義侠心からブーリコ嬢を守りたいのはわかるが、世間というものは口さがない。婚約者ではない女性との距離は、もう少し考えるべきだ」
「私とアリア嬢はそのような仲ではありません! 殿下と言えども失礼でありましょう!」
トーマスは顔を真っ赤に染め上げ、唇をわなわなと震わせた。
不義を疑われて、怒るくらいの感覚は残っていたようだ。
「なるほど。それは失礼した。謝罪しておこう。さて。用が済んだなら、モブー嬢を借りていく。先程の件で彼女と話があるのでね」
トーマスの返事がないのを同意ととらえて、俺はレイラをともない、そのまま階段を降り始めた。
「お話とは何でしょうか」
話があると言われて、レイラは緊張しているようだ。
トーマスのように不条理になじられることを警戒しているのだろうかもしれない。
「先ほどの術の解析だけれど、他にわかったことはなかったかい?」
術解析は極めると、残った『魔素』から、術の使用者を限定することも可能だ。もっとも、魔素の回収には特殊な道具が必要だし、さすがにそれは無理だろう。
「既に申し上げた以上のことはわかりませんでした。ただ、それなりに召喚の陣を描きなれている方だとは思います。なんにせよ、あれは事故で、事件性はありません。あえていうなら、たまたま召喚カードの提出日に他人の描いたカードを所持していただけです」
「まあね」
彼女が自作の召喚カードを別に所持し、提出していれば、そこで終わる話だったのだけれど。
「ブーリコさんは非常に交友関係が広いかたです。彼女の意志に関係なく善意でプレゼントされた可能性もあります」
「交友関係が広い、か」
ものはいいようだ。
だが、レイラの指摘するようにアリアに貢ごうとする男子生徒は多そうである。
そして、アリアはそうしたプレゼントを拒絶しないどころか、ねだりそうでもある。
「しかし好きな女へのプレゼントにしては、ちょっとセンスがない気がするけどなあ」
求愛の意味を込めてマダライモリの召喚カードを贈るのは、かなり独特だ。人それぞれ感性が違うから、それが嬉しいと感じる人間もいるかもだけれど。ただ、少なくともアリアは喜んでいるようには見えなかったから、プレゼントだとしたら失敗だったかもしれない。
「召喚するものがあまり一般的ではないのは事実ですね。マダライモリの召喚陣は、教科書や副教材の資料にありませんから。ただ、斑紋愛好会の活動記録の最初に掲載されておりましたが」
「なに、それ?」
聞き覚えのない言葉に、俺は首を傾げる。
「文字通り斑紋を愛でる会らしいです。何十年か前に学院にあったようです。活動記録を図書館で読みました」
「活動記録?」
「はい。まだら、ぶち、ヒョウ柄をもつ生物召喚の召喚陣の研究や、そういった模様を持つ魔獣についての研究もしていたようで、非常に興味深かったです」
随分と偏った趣味を持つ集まりがあったものだと、俺はむくむくと好奇心が沸き立つのを感じた。




