魔素吸着機 2
本日2話更新 1/2
魔道駆動車は速い。
「乗馬の早掛け並みのスピードですわね」
ただ、あくまで周囲に馬車がいなければの話だが、かなりのスピードで走れる。
「ただし、舌を噛みそうですけれど」
馬車も揺れるが、それ以上だ。
居住空間が悪いというよりは、道路の舗装の問題と、タイヤの問題だろう。
前世のアスファルトやコンクリートの舗装と違い、石畳は凹凸があって、どうしても跳ねる。それにタイヤも俺の前世と比べればまだまだ発展途上であって、衝撃の吸収がいまいちである。
「なあ、殿下。頼むからその話し方、やめてくれない? 真面目な話、誰といるのかわからなくなってくるから。殿下に敬語を使われるとか、正直、居心地が悪すぎる」
「こういうのは、徹底しませんと。すぐにボロがでてしまうものですわ」
一番は俺が恥ずかしいというのがあるけど。
「ジェーンでいるときは、ロベルさまはあくまで上司。私はもちろん、ロベルさまもそのように接していただかなければ」
「殿下って、完璧主義者だねえ」
ロベルは呆れたらしい。
「まあいいか。ジェーンは親父の秘蔵っ子だから、ボクは呼び捨てにするよ? モブー嬢のいとこという設定はまだ続けるの?」
「そちらはどちらでも。むしろ、家名はない方がいいかもしれませんわね」
平民出身で、ランバード伯爵が拾い上げたとかの設定の方が追及されたときにごまかしがきく。
「男性が苦手……なのは、継続した方がいいかな。あまり近いと変声しているのがバレそうだから」
ロベルは肩をすくめる。
「変声の魔道具、改良の必要はあるよね。常に扇を意識しないといけないから」
「そうですわね。いっそ口元を覆う仮面とかの方が楽かもしれないですわね」
そういえば、前世でみた明智小五郎のテレビドラマの変装って、仮面みたいなものをかぶって、声とか全部赤の他人になりすますって魔法みたいな変装だったなと思う。マスクをはがすと声や顔だけじゃなくて、体格まで元に戻るやつ。
「仮面ねえ。仮面舞踏会とかならいけると思うけど、仮面をつけて不自然じゃない状態って特殊だよ」
「それこそ、顔に傷があるとか何とか理由がいりますわね」
顔を隠す理由のあるキャラが出てくるミステリーもたくさんあったなあ。
「そもそも仮面をするなら、女装も不要だよね。要するに殿下だってわからなければいいのだから」
ロベルの言う通りだ。
女装をしているのは別に俺の趣味ではない。
「それにしても、全然風は感じませんのね」
オープンカー状態で屋根がないのに、無風である。普通、これだけのスピードで走っていれば、風を感じるはずだ。遮る『壁』はないのだから。
「あ、それは物理結界がしっかり張ってあるから。今日は殿下が乗るってことで、いつもより念入りにしてあるから、石を投げられても弓矢が飛んできても大丈夫だよ」
ロベルはにやりと口の端を挙げる。
「残念ながら、その体験はできそうもありませんわね」
魔道駆動車は減速しながら学院のロータリーへと到着した。
ロベルに案内をされる体で、俺たちは旧校舎へと向かう。
今日は授業はないから、登校している生徒が少ないこともあり、観客は思ったより集まらないかもしれない。
まあ、それならそれでいいのだけれど。
「ロベルさま、ジェーンさま。殿下は中で通気口の様子を観察中でございます」
「実験室は殿下に任せて、ボクたちは入り口を捜すよ」
出迎えたジェイムズとイリスにロベルはそういって、旧校舎の周囲の庭を通り、実験室の周囲まで歩く。
遠巻きに見ている生徒のうち何人かがついてくるのを視界の隅にとらえながら、裏庭を進んでいく。
木が育ちすぎていて昼間でも少し薄暗い場所に出ると、ようやく実験室が見えてきた。実験室は後者の端にある教室だ。外から見ると、いわゆる『壁』の部分が不自然に大きい。これは、魔素吸着機の置かれた扉も窓もない『部屋』があるから。
外から実験室の様子をみると、じっと通気口をみつめる俺とレイラがみえる。
実験室にいる俺は、魔術の『幻影』。近づいてしまえば、幻影とバレてしまうため、レイラが教室に人が入らないようにチェックしているのだ。
ここまでするのは、俺がジェーンではないかと疑われる可能性を考えてのことだけれど、そこまで工作する必要があるのかは謎である。
「それで、入り口の見当はつきそう?」
ロベルが周囲に聞かせるように大きめの声で俺に訊ねる。
「そうですわね……」
何もない『壁』の空間に建物と地面の境目、いわば床下部分に小さな通気口がある。俺は魔術用の杖をコンコンとその周辺を叩いた。
ちなみにこの『杖』、借りものだ。俺本人の杖だと、そこから身バレすると困るから。
「ここ、音が違いますわ」
鈍い金属音がする個所を示す。
「ああ、ここか」
ロベルが呪文を唱えると、地面が消えて、金属の板のようなものが現れた。
「こ、これは?! 扉がこんなところに?」
「まさか地下室があるということですか?」
大げさにイリスとジェイムズが叫ぶ。若干棒読みだ。まあ、仕方がない。
「開けるにはまず、ロックを外さないといけませんね」
俺は杖を使って陣を描く。変声機を口に押し当てながら呪文を唱えるので、いつもより数倍時間がかかった。
『解錠』
呪文が完成すると同時に板が光を放つ。
大した呪文ではないが、意味なく派手である。
「では開けるよ」
ロベルがゆっくりと板をスライドさせると、そこに階段が現れた。
「ではここから先は、ボクとジェーンで行くから。魔素吸着機のメンテナンスはデリケートだから、誰もついて来ないでね」
ロベルは念を押し、俺とロベルは階段を下りメンテナンス作業に入った。
後日、イリス・ウンメーによる『学校の七不思議』の『謎の通気口』記事は校内でかなり話題になり、俺たちはまだしばらく『七不思議』を解明するために『探偵愛好会』を継続することになった。
なお、ランバード伯爵の秘蔵っ子『ジェーン』の正体について、やたらと詮索してくる輩もいるらしい。
中にはロベルの婚約者ではないかという憶測まで飛んでいるとか。
そんな話を聞いたロベルは、面白がって否定も肯定もしていない。
それが、また厄介な話になるとは、この時は誰も思ってもいなかった。




