魔素吸着機 1
レーナンからリストを手に入れると、ジェイムズ以外の『描き手』の魔素を特定した俺たちは、さらに『売人』を二人ほど見つけた。同時に『不正提出者』の聞き取りを行っていき、愛好会活動を始めてひと月ほどで、事態は急速に終息しつつあった。
「そろそろこの通気口の『謎』の決着をつける時が来たと思う」
俺は実験室に集まった、ロベル、レイラ、ジェイムズとイリスを前にコホンと咳払いをした。
「魔素吸着機のメンテナンス方法は一応調べたし、たぶん、ボクと殿下で出来るのは間違いないけど、単純にメンテナンスをしました! だと七不思議解明でも何でもなくない?」
ロベルは首を傾げる。
「あの、でも、まだ入り口が見つかっていないのでは?」
ジェイムズが遠慮がちに口を開く。
「入り口は建物の外にあるみたいだよ。メンテナンスをした魔術師に聞いてきた」
「ふうん。じゃあ、あそこかな」
この一か月、俺もただ魔術鑑識をしていたわけじゃなく、実験室周辺を観察して歩いていた。
「見つけるのは難しくないはずだ。できれば派手に捜索しようか。どうせ、メンテナンス作業自体は超地味で、誰も興味ないだろうから」
観客が多すぎても困るけれど、全くいなくてもつまらない。
「それでしたら、『塔』から派遣された『ジェーン』さまが、ロベル先輩と一緒に入り口を捜索するという筋書きはどうでしょう?」
ポン、とレイラが手を打った。
「え? なぜにジェーン?」
「ジェーンさまは、殿下が呼び寄せた『塔』の魔術師ですもの」
ふふふと、レイラが微笑む。
「そうですね! ジェーンさまが魔術師のローブをまとって旧校舎に現れたら、きっと目を引きます!」
イリアが手を叩いて喜ぶ──何がそんなに嬉しいのだろう?
「あ、いいんじゃない? 親父の秘蔵っ子ってしとけば、変に追及してこなくなるかもよ」
「いや、でもさ、俺、魔術師のローブとか持ってないし、まだ着れないよ?」
魔術師のローブは、塔に登録している魔術師の証だ。皇族は塔に所属できないという決まりがある。だから当然、ローブは持っていない。皇族を抜ければ、塔に入ることは可能なのだけれど。
「細かいなあ。殿下が規則に厳しいのは知っているけど、たかがローブだよ? 魔術師の登録しろって言っているわけじゃないし、着るのは殿下じゃなくて、『ジェーン』だから」
ロベルは呆れたというように肩をすくめる。
「ローブの一つや二つ、いくらでも持ってくるって」
「次期魔塔主がそんなに軽く……」
「ジェーンの実力なら、問題ない。魔術鑑識ができる魔術師なんだから、逆にローブをもらってない方が不自然だよ」
ロベルはにやりと口の端をあげる。
「ボクはね、殿下。殿下がまだこの『探偵愛好会』を続けるのであれば、ジェーンは『存在』し続けたほうがいいと思うんだ」
「えええ?」
「私もそう思います」
レイラも頷く。
「ジェーンさまがいたほうが、殿下ご自身が楽に動けるのではないでしょうか? もちろんジェーンさまも目立ちますが、殿下はもともといろんな意味で注目を浴びがちですので」
「俺、そんなに目立つかなー。まあ、皇子だから顔は知られているけど」
知名度の高さは、探偵としては致命的だ。ある程度のことは魔術でカバーできるけれど。
「皇族である以前に、成績もトップで容姿も端麗、婚約者もいないのに、目立たないと思う方がどうかしているよ」
ロベルは呆れた、というように首を振る。
「少なくともジェーンなら、ガツガツした令嬢の視線はなくなるよ」
「ガツガツした令嬢の視線かあ。まあ、ないわけじゃあないけれど」
それはどちらかといえば、兄に向けられている視線だ。まれに、皇子なら俺でもいいか、みたいなのはいる。玉の輿志願ってやつだ。
「殿下は、危機管理能力には長けておいでですが、恋愛方面には超絶鈍いお方ですからね。あまり気にならないのかもしれません」
レイラがポツリと呟く。
「そんなことはないと思うけれど……」
人の心の機微に敏感かと問われれば、ちょっと自信はないけれど、これでも前世は興信所で不倫捜査なんかもやっていたのだ。人の色恋に対する『勘』はある方だと思う。
「殿下にもわからないことがあるのですねえ」
ジェイムズが、なぜか感心している。何なんだ。
「まあいいや。とりあえず、今度の土曜日がいいか。登校してくるのは、部活動のある一部の人間だけになるし、メンテナンスは時間もかかる。あ、ロベル。ジェーンが『塔』の人間というなら、一つ頼みがあるのだけれど」
俺はかつてからの願望を口にする。
「え? いーけど。警備の担当者が頭抱えそうだねえ」
ロベルはおもしろそうに笑った。
学院の新聞部を通じて、旧校舎の七不思議のひとつ、『謎の通気口』の原因が魔素吸着機であること、が、設置場所への入り口が不明であること、塔の協力でメンテナンスを行うことなどをひっそりと知らしめた。
そして週末のいわゆる任意出校日。
俺は朝からランバード伯爵家を訪れた。
そしてランバード家のメイドたちによって、女装を施される。
正直言って、魔塔主であるランバード伯爵は絶対反対すると思ったのに、むしろノリノリでローブを用意してくれた。
ちなみに塔所属を表す、このローブ、男女兼用である。だから女装といっても、女生徒の制服を着るよりは抵抗がない。足も出ないし。
前回とあまりに雰囲気が違うといけないので、レイラが化粧に関して念入りな覚書を作って、ロベルに渡したとか。
そんなにこだわったところで、そこまで誰も覚えてないと思うのだが。
「おおっ、美しいですなあ。息子から聞いて想像していた以上です」
化粧が終わると、伯爵がわざわざ覗きに来た。魔塔主って、滅多に屋敷の戻れないくらい忙しいって聞いていたのに暇らしい。
たぶんだけれど。ロベルと一緒で、日常が退屈すぎて飽き飽きしているタイプなんだろうな。
「よく見ると、皇后陛下のお若い頃によく似ていらっしゃる」
「……はあ」
たぶん褒められているのだろうけれど、素直に喜べない。
そもそも女装を褒められること自体、どう対応すべきか悩んでしまう。
「親父、そろそろ行くから、想い出語りとかして邪魔しないでくれる?」
「わかっている。おもてに魔道駆動車は用意してあります。どうかお気をつけて」
「ありがとう」
俺は扇を開いて、口元を隠す。
「それでは参りましょうか、ロベルさま」
「スイッチはいるの早いよ。怖いなあ」
ロベルが肩をすくめる。
「この格好で、素を出すと余計に恥ずかしくて消えたくなりますの」
ほほほ、と、俺は笑い、念願の魔道駆動車に乗り込んだ。




