供述2
「始めたのは昨年末ということは──」
俺はじろりとレーナンの顔をみる。
「昨年末にスポールディング嬢から譲り受けたカードで商売をしていたということか?」
「はい」
レーナンは頷いた。
「もらったのはその一度だけか?」
「──はい」
レーナンは少し迷ったような表情をしたが、そのまま頷いた。
「それはおかしいな。ジェイムズ」
俺はパーティションの向こうにいる、ジェイムズを呼んだ。
「なんでしょう、殿下」
出てこようとするジェイムズを押しとどめ、その場で答えるように告げる。必要以上に顔を見せる必要はない。そうでなくてもジェイムズの赤い髪は、人の印象に残りやすい。
「君がスポールディング嬢に召喚カードを渡したのは、入学してからだったよな」
「はい。そうです」
ジェイムズは大きな声で答えた。
「フィーゴ・ノックウエルが君から購入したカードは、ジェイムズが描いたものだということがわかっている。つまり、昨年末に譲渡されたカードの中にはジェイムズのカードはないはずなんだ」
これはどういうことかな? と、俺はにやりと口の端をあげる。
「あの……実は新学期になった時に、またいただいておりまして──」
レーナンの答えは、もそもそとして歯切れが悪い。
「わ、私がおねだりをいたしました。もっといただけないかと」
「へえ。またもらったの? 気前がいいね。何枚くらい?」
レーナンは少し迷いを見せた。
「三枚……だったと思います」
ジェイムズのものと認定されたカードは全部で六枚。
レーナンが嘘をついているか、それとも『売人』が他にもいるのか。
「ちなみに、今学期に入って、何人に売ったの?」
「五人です」
レーナンは答える。
演劇部のメンバー三人と、委員会で一緒になった二人に売ったらしい。
「つまり、五枚のうち、二枚は昨年の残りというわけか」
「はい」
レーナンは役者として才能があるという話だから、神妙な表情も演技の可能性があるけれど、信じてもよさそうな気がする。
そうなると、『売人』は他にもいるということになる。が、おそらくスポールディング家の関与を問うことは難しそうだ。
「殿下、私は退学になりますか?」
レーナンはぽつりと呟く。
彼は将来、劇団員になることを夢見てきた。貴族の子息であるのに、学院を退学になったなどという肩書は、未来のスターの大きな傷になる。
もちろん、実力社会だから、社交界で生きていくよりはずっと息はしやすいだろう。が、それでも傷は傷だ。
「今回の件を裁くのは俺じゃないから、わからない」
俺は首を振った。
「不正をした本人は課題の再提出と反省文という話だったが、君の場合はかえって重い処分になる可能性はあるだろうな」
それこそ再発防止のために、重たい処分にすることも考えられる。彼の後ろにスポールディング家がいないとなれば、教師も強気になるかもしれない。
まあ、見せしめの度が過ぎるようなら、文句を言うつもりだけれど。
「が、君が苦学生なのは事実だろう。それに金で時間を買いたい気持ちもわからなくもない。そもそも魔術関連の一般教養に召喚術が必要かどうかは疑問もある」
一年次に学ぶ「一般教養」としての魔術ではオールジャンルの魔術を教養として学ぶ。だが、魔術師でない一般人が必要な魔術はもっと生活に密着したものだ。アマガエルが召喚できても、一生のうちで何回使うだろうか。
それに召喚するものが『自由』であるために教師は労力をかけて陣があっているかどうかを確認するという作業がいる。
「これを機会に学習要項の見直しを塔から提案してもらうつもりだ。もっとも、君がしたことを正当化するつもりはない。そこは誤解をしてもらっては困る」
学習要項に問題があったのは事実だけれど、不正は不正。
レーナンはなんら法を犯しているわけではないけれど、軽犯罪を誘導したのは間違いない。
そして、この手の不正は、一度目こそ罪の意識を持つが、二度目、三度目になれば何の罪も感じなくなる。そしてより大きな罪を犯す引き金にもなりがちだ。
「君が本当にスポールディング嬢からカードをもらい受け、それを売っていたというのであるなら、教師からの懲罰よりもスポールディング家からの報復の方を心配した方がいいと俺は思う。だが、見たところそんな風には見えない。ということは、積極的ではないにせよ、エリー・スポールディング嬢は君がカードを売りさばくことを予想し、許容していた。そこに金銭的なやり取りはなかっただろうが、『誰が買うのか』というリストを手に入れることを条件にしていたのではないか?」
レーナンは沈黙したまま俺をみている。
「金銭のやり取りがない代わりに、その商売に関しては儲かるかどうかも含めて君の自己責任。すべての罪は君が被る──そういう契約なのだろう?」
実に巧妙なやり方だ。
「殿下は非常に思慮深く、そして公正で……怖い人ですね」
レーナンは苦笑した。
「正直、フィーゴから話を聞いた時、殿下はその地位を使って優秀な人材を集めてきただけで、実際には教師の指示なのではないかと思っておりました」
「教師の指示かどうかはともかく、俺が地位を利用して人材を集めているのは事実だね」
実際には、官吏ではなく、ロベルやレイラという優秀な生徒をスカウトしてきたわけだけれど。機材の確保など、地位を利用したのは事実だ。
「ではやはり、魔術鑑識のジェーンさんというのは、この学院の生徒ではないのですね?」
レーナンが得心したというように頷く。
「まあ、そうだな」
「ダンカンさまが、学院中を捜して回ってもみつからないわけですね。納得いたしました。あれほどまでに目立つ女性のことを誰も知らなかったという謎がようやく解けました」
「それはよかったな」
模擬剣を折ってしまったのがそんなにも目立っていたのか。
変装で注目を浴びては本末転倒である。
ふとレイラに目をやると、レーナンに背を向けた彼女の肩がわずかに震えている。
どうやら笑いをかみ殺しているらしかった。




