自白
フィーゴ・ノックウエルを尋問するにあたり、俺は再び『ジェーン』になることになった。
いや、別になる必要はないのだけれどね。
ロベルが俺の声を女性の声に変える変声の魔道具を作ってしまったから。その実験をかねてということなのだ。
魔術鑑識の報酬として要求されてしまったので、さすがに断れない。
それにしても、ほんの数日でそんなものを開発してしまうなんて、やはり世紀の天才である。
道具の形は扇子。だからずっと口元にあてて話さないといけないのが難点。どこのタカビーお嬢様だという気はする。
変声機を通すと、声は変わるけれど、前世の漫画にあったように自分の声を誰かの声に変えられるというほど便利ではない。ロベルに聞いたら、そういう機能を付けるなら、半年は開発に時間がかかるし、その相手の声のサンプルがないと無理とか何とかぶつぶつ言っていたので、開発はしなくていいと言っておいた。需要はあるだろうけれどね。
ちなみに実験室には既に応接セットを持ち込み終えており、部屋を半分に区切って、魔術鑑識をする区画と、プチ探偵事務所っぽい雰囲気の区画にわけてある。廊下側が探偵事務所。外への窓側が、鑑定区画。そのせいで、廊下側に窓はあるといっても、探偵事務所側はやや薄暗くなってしまうが、それは魔道灯を設置すればいいので特に問題はない。
ポイントはどちらからでも、魔素の吸着のための『通気口』が見えるようにすること。
この通気口は、学院の七不思議のひとつ。
知らない人間からみれば外に通じていない謎の通気口だ。魔道具を使ったりすれば、壁から妙な音もする。たぶん、変声用の魔道具を使ってもしてしまう。ここで作業している俺たちはとうに慣れてしまったし、それほど大きな音ではないけれど。
知らなかったら、驚くかもしれない。
別に脅すつもりはないのだけれど、少し怖い思いをした方が、素直に自供してくれるのではないかなという期待をしている。
レイラに連れられてきたフィーゴ・ノックウエルは実験室に似つかわしくないソファーとテーブルの置かれた『事務所風』の風景に驚いたようだった。
廊下からの光は入ってくるので、真っ暗ではない。だが、明るくもない部屋であることに、多少、気後れしているようだった。
部屋には教師であるムサラ・デスラバートも同席している。ちなみに、デスラバートにジェーンの正体をばらすと、非常に青い顔になった。見てはならないものを見た、という感じだ。今も緊張した面持ちで座っている。
天才ロベルがいることと、戯言のように思っていた『課題代行』が現実に行われていたことで、デスラバートはいろいろとやりにくいと感じているようだ。
ちなみにロベル魔術鑑識の区画で作業中。
ジェイムズとイリスは、『魔素吸着機』のあるはずの場所に入るための『扉』を捜すためにあちこち奔走しているはずだ。
「どうかおかけになって」
教師を差し置いて、一番奥の席、いわば『上座』に座り、俺はフィーゴ・ノックウエルに椅子をすすめた。
「は、はい」
ノックウエルは何が始まるのかというように怯えた顔で、レイラの指示した椅子に座る。
クインクインという音が壁の方からしたのに、フィーゴは驚いたようで通気口を見上げ、少し青ざめた。
「私に会いたいと仰っていたようですけれど、ご用向きは何でしょうか?」
俺は丁寧に口を開く。扇をできるだけ口に近づけないと、地声が聞こえてしまいそうで怖い。
「ダンカン・スポールディングさまが、ぜひお詫びをしたいのでもう一度お会いできないかとおっしゃっておりまして──」
「お詫びはいりません。模造剣を折ってしまって弁償をしてほしいというのであれば、請求書を『探偵愛好会』あてに出してくださいとお伝えください」
「あの、それではどこに行けばあなたにお会いできるか、教えてください。今日だって、本当はダンカンさまをお連れしたかったところを、モブー嬢が絶対にダメだと言われて……」
「あなた──正確にはスポールディング令息に言われてやむなくなのかもしれませんが、私は、男性と話すことが苦手だとレイラさんを通じてお話をしたはずです。こちらから謝罪を要求するならともかく、謝罪をしたいから会いたいというのは、単純に自己満足にすぎません。つまり、私に対しての思いやりは欠片もないということになりますが、そのあたり、ご理解いただいておりますか?」
俺は出来るだけ辛辣な言葉を使って、フィーゴに指摘する。
「それは……あの、その通りなのですが……」
フィーゴは申し訳なさそうに体を震わせる。
「何か逆らえない理由でもおありですか? たとえば、召喚のカードをどなたかから購入なさったとか?」
「えっ」
フィーゴの顔色が変わった。
「宿題の課題をたまたま購入したカードをご自身が描かれたものと間違えて提出なさっておられますよね?」
「そ、それは──」
「魔術鑑識は済んでおります。私、そのためにここにおりますの」
ほほほと、俺は笑ってみせる。
こう言えば、ジェーンは魔術鑑識をするために外部から呼ばれた人間だと思うだろう。魔塔から来たと思ってもらえれば、言い逃れできないと感じるに違いない。そして、完全に断罪するのではなく、絶妙に『逃げ道』を用意し、温情を匂わせ、『自白』を誘うのだ。
「間違いは誰にでもあること。追加の課題等についてはデスラバート先生の指示に従ってください。どなたから購入したのか、どうしてそのようなことをしようと思ったのかを正直にお話しいただけるのであれば、特に停学などの措置にはしないようにと、先生に私から口添えさせていただきますわ」
俺は畳みかけた。
変声の魔道具に反応して、壁の向こうからクインクインという音が激しくなってくる。
フィーゴの体はガタガタと震えていた。この場合、音が怖いのか、それとも事実が暴かれたことが怖いのかは判別に苦しむところだけれど。
「マルク・レーナン先輩にすすめられて、購入しました。召喚陣を描く時間に台詞を覚えたほうが有意義だからと。どうせ実技は自分でやるのだから、それほど悪いことではないと言われて、それもそうだと思いました。演劇部のほとんどは声をかけられていたと思います──」
フィーゴは俯いた。
「しかしダンカンさまはそのようなことは卑怯者のすることだと。いざとなったら、教師に報告すると仰り、こ、怖くなってしまって……」
なるほど。つまり、エリー・スポールディングが購入したカードを売っていたのは、マルク・レーナンであり、フィーゴが課題を提出したことを知ったダンカンが、そのことを責める。
やっていることはどうしようもなく阿保らしいものだが、後ろめたさを感じている人間に付け込んで意のままに動かす典型例だ。
「私からの話は以上です。あとは職員室でデスラバート先生とのお話し合いをなさって。よろしいですわね、先生」
「ええと、は、はい!」
デスラバートは直立して頷く。
「そろそろ退出なさった方がよろしいわ。通気口の向こうがたいへんなことになりそうなので」
ふふふと俺が笑うと、クインクインと壁の向こうの音が大きくなる。
フィーゴは何が何だかわからないという顔で、デスラバートに連れられて実験室を出て行った。




