演劇部
どうしてこうなった?
魔術実験室の椅子に座らされ、あれこれ作業をするイリスとレイラを見ながら、俺は自問自答を繰り返す。
俺の前にはいつのまにやら持ち込まれた大きな姿見が置かれ、机の上には化粧道具やかつらが並べられている。ちなみに制服業者にかけあって、制服を用意したのは俺だけれど、化粧品を用意したのは俺ではない。ついでにいえば、俺が用意した黒のくせっ毛のかつらは却下され、隅に追いやられている。くせっ毛は俺の顔のイメージに合わないらしい。いや、俺の顔にあうとかあわないとか、どうでもよくないか?
横で見ているロベルは笑いをこらえきれないというようににやついているし、ジェイムズは、どう反応したらいいのかわからないというようにおろおろしている。
フィーゴ・ノックウエルの部活の様子を見に行くというだけのための女装だ。俺としては俺に見えなければそれでいいのだけれど。
「やはり金髪はどうでしょうか。ブロンドのロングヘアというのも魅力的だと」
「私はダークブラウンがお似合いだと思うのだけれど──」
イリアとレイラが議論しているのだけれど、正直どうでもいい。
「あのさ、髪色なんて適当に決めちゃってくれないかな。二人の美意識に反するかもしれないけれど、時間もあまりないし」
変装に時間をかけていたら、部活を見学する時間が無くなってしまう。本末転倒である。
結局、帝国人に多い、ダークブラウンのストレートヘアということに落ち着いた。
それにしてもスカートをはいているせいで、足がすーすーして、なんとなく恥ずかしい。すね毛を同級生の女子に剃ってもらうとか、どんな羞恥プレイなんだ。
「殿下の肌に刃物をあてて申し訳ないです」
「ええと。それは、まあ、いいのだけれど」
レイラは剃刀の取り扱いがべらぼうにうまい。
伯爵令嬢のたしなみらしいが、本当だろうか。
女子二人がわちゃわちゃ話した結果、色、雰囲気を決めるのはイリス。実際に技術を施すのはレイラで落ち着いたらしい。
「殿下のお鬚の色めは薄いほうですけれど、さすがにおしろいが必要です。眉は少し細めにして、アイメイクをほどこして、目に視線を持っていくといいかもしれません」
「ああ、そうかもしれませんね」
イリスの指示にレイラは頷く。
いや、別に何ならマスクするとか方法は他にもあると思うのだけれど、それも目立つのか……。扇で顔を隠す方が現実的かな。でもずっと口元を隠していると怪しいかもだけれど。
「唇に紅をのせますね」
レイラが紅筆を使って、俺の唇に紅をのせていく──距離が近い。なんかいいにおいがするし、どきどきする。
いや、状況的にドキドキする絵面ではないのだけれど。
「さあ、できました!」
レイラが満足そうに筆をおく。
「キャー。素敵です! 殿下」
イリスが歓声をあげた。
「うわっ、本当に美女になったねえ」
「お、お綺麗です」
ロベルとジェイムズが褒める。
「化粧ってすごいな」
俺は姿見に映った自分を見て驚いた。少々、女性としては肩が張っているけれど、制服を着ていることもあって、女性にみえなくもない。
「殿下の所作は綺麗だから、少し歩き方を気にすれば、淑女に見えると思うけど、話すとさすがに無理だねえ。声音を変える魔道具とか作ってみるといいかもしれない」
「ええと──俺、別に何回もこんなことするつもりはないけど」
そもそも俺が女装したなんて周囲に広まったら、それこそスキャンダルである。とはいえ、俺はもともと野次馬皇子と呼ばれているくらいだから、評判が落ちたとしても気にしない。
「では、私とイリスさんも一緒に参りますね。万が一、誰かに話しかけられたらフォローいたします」
「ああ、たのむ。俺のことは、とりあえずジェーン・マープルとでも呼んでくれ」
俺は意気揚々と、前世で好きだった女性探偵の名を名乗る。
畏れ多いが、名前を借りるくらいは許されるだろう。
「え? どうして私の祖母の名を?」
レイラが目をぱちくりさせた。
「へ?」
意外な反応に俺の方が驚く。
話をよく聞いてみると、レイラの母方はマープル男爵家なのだそうだ。
まさか本当に名探偵だったりするとか? それはないか。ミセスなわけだし。
「そうだったのか。全く知らなかった。ごめん、ただの偶然だ。それなら、とりあえず、君のいとこということにしよう。クラス等は足がつきそうだから適当にごまかす方角で」
というわけで。俺たちは演劇部の見学に向かうことにした。
演劇部はダンスの稽古用の教室を使って活動をしている。
現在は秋の学院祭に向けての稽古を始めているのだとか。舞台稽古を観客に日常的に公開するのは良し悪しだとは思うのだけれど、連日教室には見学者が押し寄せているらしい。廊下は女生徒でいっぱいだ。
うん。確かに、男が来たら目立つかも。
ちなみに、演劇部にはあのダンカン・スポールディングが所属している。
しかも非常に人気があるらしい。女生徒がキャーキャー声を上げている。
「スポールディング令息と双璧を張るのが、マルク・レーナン先輩ですね。むしろ才能はレーナン先輩の方がずば抜けています。彼は男爵家の三男坊なのですが、将来は帝国劇場の劇団員を希望しているとか」
イリスが隣で解説をしてくれる。
「今回の演目のヒーローはスポールディング令息で、レーナン先輩は敵役です」
ダンカンは眉が太くがっしりとした体格をしている。非常に整った顔立ちだが、貴族の坊ちゃんにしては野性味がある。
対してマルク・レーナンは正統派な優男という感じだ。すらりとした身体で、甘いマスク。実に対照的な二人だ。
舞台衣装をまとっていない今の状況だと、役柄は逆の方が似合う気がするけれど、敵役の方が演技が上手い必要がある気もするから、このほうがいいのかもしれない。単純に家門の爵位で決めたとかもありそうだけれど。
「あちらがヒロイン役のマイラ・ヴァルド先輩。二年生です。子爵家の次女だったはずです」
ひときわ小柄な女生徒をイリスは指をさす。可も不可もないような目立たない容姿に見えるが、化粧映えする顔立ちなのかもしれない。ヒロインを張るだけあって、声が非常に通る。台詞を口にすると、思わず注目してしまう──なるほど。これが女優ってやつか。すごいな。
その女性に付き従う従者の役をフィーゴ・ノックウエルがしていた。
「一年生で『名前』と『台詞』のある役をもらえるのは非常に珍しいことだときいております」
イリスが解説する。男子の入部希望者は女子に比べて少ないということもあるらしいけれど、フィーゴよりもっと台詞の少ない上級生もいるらしい。
フィーゴは、出番以外の時はダンカンに付き添っている。他の下級生もその傾向があるが、彼は特にその様子が顕著だ。そして、ダンカンも彼を可愛がっているように見える。
太鼓持ちが上手いのかもしれない。
やがて、ダンカンとレーナンが殺陣の練習を始め、ギャラリーの女生徒たちが歓声をあげる。本物の試合とは違い、撃ち合う手順が決まっているので、その手順を確認しながら進めていくようだ。
レーナンはよく知らないが、ダンカンは剣術にも定評があるだけあって、型がしっかりしている。ただ、レーナンのほうが剣の重さを感じさせる動きをしていて、殺陣としては彼の方が正解なのかなと感じた。
その時だった。
ダンカンの剣に弾かれたレーナンの剣が吹っ飛び、こちらへと向かって飛んできた。
俺はとっさに扇をふるって、飛んできた剣を叩き落とした。反射で動いたせいもあり、力を入れすぎたせいか、模造剣は真っ二つに割れてしまった。
キャーという悲鳴があがる。
「君、怪我はなかった? 大丈夫?」
レーナンとダンカンが俺の方にやってきた。
あ、やばい。こんな風に注目を浴びるつもりはなかった。
「お任せを」
レイラが軽く耳打ちすると、俺をかばうように前に出る。
「ご心配には及びません。ケガはないと言っております」
レイラは俺の代わりに二人に答えた。そして俺が彼女に耳打ちしているかのように、うんうんと頷いて見せる。
「模造剣を壊してしまったのは申し訳ないですが、こちらも咄嗟のことでしたので、ご寛恕いただければと思います」
「ごめんね。怪我がなくてよかった。こちらのミスで怖い目にあわせて申し訳なかったです。これはただのおもちゃだから気にしないで」
レーナンは折れた模造剣を回収しながら頭を下げる。笑みが柔らかい。
うん。俺が女だったら、惚れてしまうかもしれないくらい丁寧な対応だ。
「そちらのご令嬢は……」
ダンカンが俺の顔をじっと見ている。
え? バレた? ものすごく凝視されている。まずい。
「あの、彼女は男性と話すのが苦手なのであまり近づかないでいただけると嬉しいです」
レイラはさりげなく、ダンカンを牽制してくれたが、奴は俺から視線を外さない。勘弁してくれ。
「剣に覚えのある方ですか? 非常に切れの良い動きをなさったのでほれぼれ致しました。よかったら、お名前をぜひ聞かせてください」
なんだそれ。剣に覚えがあるから気になるとか剣客かよ?
レイラは俺を安心させるように肩に手を伸ばし軽く抱きしめ、「震えなくても大丈夫よ、ジェーン」と皆に聞こえるように囁いた。
震える演技をすべきところだが、レイラの体の柔らかさを感じて心臓がバクバクする。そんな場合じゃないのに。
「ごめんなさい。彼女、さすがに怖かったみたいなので、今日はもう帰りますね」
レイラは頭を下げ、「私が無理やり誘ったからごめんなさいね──」と周囲に聞かせるように言う。
「ジェーンさん、よろしかったら今度お詫びを!」
ダンカンが叫んでいたが、レイラとの距離が近いことと、正体がばれるのではという危惧で、俺は慌ててその場を去ることにした。




