変装
魔術鑑識の合間に、俺たちは不正が確定した生徒のリストをチェックする。
俺のクラスの生徒も不正をしていた。
ジェイムズの描いたシロマダラを提出していたのは、フィーゴ・ノックウエル。子爵家の子息だ。港を持っていて、異国との貿易で富を得ており、比較的裕福な家門だったはず。
授業態度も普通、生活態度も普通。取り立てて優秀というわけでもなく、かといって劣等生でもない。不正など縁がなさそうな、ごくごく一般的な生徒である。
所属している部活は演劇部。
「活舌はしっかりしている印象はあったな」
授業で一度だけグループ実習をした時に、軽く話をした記憶がある。
「わりと……面倒くさがりで要領の良いかたという印象があります」
レイラが遠慮がちに口を開く。
「日直のお仕事をなさっていた時、たまたまかもしれませんけれど、あまり真面目にされていなかったようにみえました」
「へえ」
「もっとも、高位の貴族の子息子女の方は手を抜かれることの方が多いので、それよりはずっと真面目になさっておられました。ですから、やっていないとはいえないのですけれど」
「相変わらずよく見ているなあ」
「──いつ何が起こるかわかりません。いかなる事態にも対応できるように、把握しておく必要がございます」
レイラはさらりと答える。相変わらず彼女の日常はサバイバルゲームのように過酷らしい。
「ちなみに彼はニック・ゲキシャーさんと仲が良い印象がございます。お昼をよくご一緒になさっているのをお見掛けします」
「……すごいね、君。クラス全員の人間関係を把握しているの?」
ロベルが目を丸くする。
「さすがに全員ではありません。どちらかというと、ノックウエルさんのことをみているというより、噂好きのニック・ゲキシャーさんの周辺を用心しているだけです」
レイラは苦笑する。
「うちのクラスで注目すべきは、レグルス殿下、ブーリコさん、そしてゲキシャーさんなのです。何かが起こるとしたら、その三人のうちの誰かにまつわる事象が圧倒的に多いと思っておりまして──」
「俺、トラブルメーカー認定なの?」
他の二人はなんとなくわかる。とくにアリア・ブーリコは関わりあうとかなり面倒なことになる確率が高い。この場合、トーマス・ノーキンのような彼女の取り巻きも含めて、要注意人物だ。
「殿下は発言力もありますし、存在感もあります。それに殿下周辺で異変がおこるとしたら、事件の規模が一般生徒の比ではありません。生死にかかわるような事件につながる可能性があります」
「まあ、わからんでもないね」
ロベルがにやにやと笑う。
「継承権争いとか、婚約者争いとか、起こりそうな事件がいちいち国家規模だからねえ。それこそ課題代行なんてしょぼい事件とは比べ物にならないよね」
「俺は別に継承権争いをするつもりもないし、婚約者とか決めるつもりもないから、いたって平穏だと思っているのだけれど」
波乱万丈な遭遇運を持つレイラと違い、俺は事件と出会う確率が非常に低い。どちらかと言えば退屈で死にそうな日常を送っていると思う。
「まあ、野次馬皇子なんて名前がつくくらい、トラブルを捜して回っているから、危険人物と言われても仕方ないのだけれど」
俺は頭を掻く。
トラブルを自分が起こすことはないにせよ、トラブルを捜し回っている自覚はある。
「さて。ではとりあえず、フィーゴ・ノックウエルに探りを入れてみよう。まずは演劇部の見学にでも行ってみるかな」
「殿下がですか? 目立ちますよ? 演劇部の見学って、女生徒ばかりなのですから」
レイラが驚きの声をあげる。
「──そうなの?」
「殿下が見学に行けば、歓迎はしてもらえるとは思いますが、ノックウエルさんの観察どころではないと思います」
うーん。皇子って不便だな。認知度高いのも困りものだ。
「だったら、殿下が女装してみればいいじゃん」
「女装?」
意表を突かれて、俺は思わず目を丸くする。
「殿下って、割と小柄じゃん? かつら被って、軽いメイクをした後、女生徒の制服着てしまえば、たぶんいけるって」
無責任にロベルが胸を叩く。
いや、俺、身長が低めだといっても、女生徒の中に入ったら、そこそこ高いから。肩幅とかあるし、なんなら髭もある! 眉だって太い方だから!
「まあ! それはいいかもしれませんね」
俺の心境を無視して、レイラがポンと手を叩く。
「きっとお綺麗です。素晴らしいアイデアです!」
「あのさ。変装するというのはわかるけれど、なぜ女装?」
張り込み捜査に変装はつきものだ。それはわかる。わかるけれど。
「殿下の顔を知っている方はとても多いですから、髪色を変えたり、眼鏡をした程度の変装ならすぐバレてしまいます。そもそも男子生徒が少ないと申し上げましたよね?」
まあ、確かに学生しかいない学院では、変装のバリエーションが限られている。小汚い浮浪者とか爺さんに化ければ周囲の目を欺く自信はあるけれど、不審者として学院からつまみ出されてしまうだろう。
「問題は制服の調達ですよね。私の制服のサイズが着用可能なら──」
「いや、待って。制服は自力で何とかするから。さすがに今日とかは無理だけれど」
「ウンメーさんにも協力してもらってメイクしましょう!」
心なしか、レイラの目が輝いている。
「なーんか目的が変わってきた気がするのだけれど」
「いーや。実に刺激的な展開になってきて、ボクはわくわくしてきたよ。殿下の誘いにのって、本当に良かった。さて、残りの魔術鑑識を終えてしまおうか」
ロベルは楽しそうにいうと、再び作業に戻っていく。レイラもにこにこしながら、作業を始めた。
人の気も知らないで、二人ともとても楽しそうだ。
「女装ね……」
前世で読んだ明智小五郎なら、変幻自在なのだろうけれど。
魔術のあるこの世界でも体格や骨格を変えるような術は存在しないし、変装用のマスクもない。まあ、幻覚魔術を使ったりすればそれっぽく使えたりもするのだけれど、学院内で使うと防魔結界にひっかかったりする可能性もある。
「結局、ローテクでやるしかないんだよなあ」
俺は小さくため息をついた。




