捜査開始
課題の不正提出がどれくらいの罪になるかといえば、実はたいした罪にはならない。せいぜい教師に呼び出され、説教されて、なんなら再提出を要求されて終わる──その程度のしょぼいものだ。
売った方も厳重注意をされるだろうが、『それが不正利用されるとは考えても見なかった」と主張すれば、大きな罪に問えない。ジェイムズの話を信用するなら、材料費に若干の色が付けられた程度の買取価格であり、労力に見合った対価をもらっていたとは言い難いのだ。
仲買と思われるエリー・スポールディングが不正をした生徒にいくらで売ったのか。
「思うに、それほどの収益は得ていないと思うんだ」
魔素の確定作業をしながら、俺はレイラとロベルに話す。
ちなみにジェイムズとイリスは二人して図書館で『魔素吸着機』について調べに出ている。
当初は教師立ち合いの元でないと許さないとしていた魔術鑑識作業だが、俺たちに一任されることになった。とりあえず、今回の『課題』は成績を付ける『参考』にしかしないということに決まったかららしい。
不正をしたことが『確定』している生徒について、教師側で把握していることがないかの調査をお願いし、俺たちはジェイムズ以外の供給者がいないかを地道に調べている。現在のところ、ジェイムズ以外にももう一人、三人ほどに提供している人間がいるようだ。どこの誰だかは、わからないけれど。
「召喚カードを売った小銭稼ぎ程度の収益なら、発覚しても厳重注意くらいですむ。ましてスポールディング家なら──」
「そうですね。学院も強くは出られないでしょう。完全にもみ消されるでしょうね」
デスラバートの胃痛がしていそうだった顔を思い出すと、そうだろうなと思う。
「いやあ、それ以前に、スポールディング家にはたどり着かないと思うよ」
ロベルは肩をすくめた。
「エリー・スポールディング嬢は狡猾な野心家だから。未だに皇太子妃を諦めていないみたいだし」
「兄上にその気は全然ないけどなあ」
帝国には『側室』って制度はある。だから正妻でなくても、嫁ぐ方法は残っているのだけれど、兄はローズにしか眼中にない。
「ま。彼女が兄しか見えていないのは助かる。いきなり俺と婚約して、俺を担ぐとか言われたら、お家騒動になるからなあ」
つくづく自分が少し残念でよかったとは思う。
「ですがお家柄的には、殿下の婚約者の最有力候補なのでは?」
「彼女と婚約はないよ」
レイラの問いに俺は即答する。
「話が全く合わないし、合わせる気もお互いにない。それにあちらも兄上に惚れていたなら、なおのこと、その廉価版の俺は嫌だろうさ」
どうせ違う男に嫁ぐのであれば、まるで違う人間の方がいいだろう。
皇族なら誰でもいいのかとかも社交界で絶対言われそうだし。
「殿下は──廉価版などではないと思います。そのような言い方をなさってはいけません」
レイラは怒ったように俺を見た。
「たまたま、エリー・スポールディング侯爵令嬢が皇太子殿下の方がよいと感じているだけです。殿下が年下ということもあるでしょうし──」
「ま。そうだねえ。彼女はアレックス殿下に惚れているというわけではなくて、皇太子に惚れている。だから、レグルス殿下に見向きもしないだけだ」
ロベルは肩をすくめて見せた。
「話は変わりますけれど、一つ懸念があります」
コホン、とレイラが咳払いをした。
「最近、ローズ・コーマーさま周辺でおかしな動きがあると思っております」
「ローズの?」
俺は作業の手を止め、レイラを見る。レイラは静かに頷く。
「先日、ブーリコさんの『マダライモリ』の事故の件の時、まったく無関係なコーマーさんの名前をニック・ゲキシャーさんが口にされました」
「ああ、そういえば、そんなことがあったな」
あの時、前日の放課後にローズが教室にいたと、ゲキシャーは証言した。
「今日のお昼、たまたま食堂でコーマーさまの噂をお聞きしたのですが、皇太子殿下が浮気をなさっていてイラついておられるとか、魔力のある人間に嫉妬なさって暴言を吐かれた、なんてことを噂している二年生のご令嬢、ルリィ・マーゼンダ男爵令嬢をみました」
「マーゼンダ男爵令嬢?」
「ゴシップ好きで有名な方らしいです。一緒にいたイリスさんにニュースソースを確認していただくようにお願いいたしましたが──」
相変わらずレイラは、すごい場面に遭遇しているのだなと、つい感心してしまう。
「なるほどね。ローズの評判が落ちれば、兄上との婚約が破棄されるかもしれないと期待する連中もいるということかな」
誰がやっているかどうかは、わからないけれど。
「俺から言わせれば、そんなことは天地がひっくり返ってもないな。たとえローズが本当に悪行を働いていたとしても兄上は全てもみ消すだろうし。なんなら兄上が浮気するより、ローズが兄上の束縛を嫌って逃げ出す方が格率が高いと思ってる。まあ、兄上の耳には入れておくよ。たぶん、全力でつぶしに行くから、その辺は俺たちが関与する必要はない」
世間の連中は兄のローズへの執着を甘く見すぎだ。
「それよりも不正をした生徒に接触して、誰から買ったのか探りを入れてみようと思うのだけれど」
エリー・スポールディングが営業して売りつけているわけではないだろう。
売人は複数人いる可能性がある。
むしろそこを余さず探すことが肝心だ。
俺たちは誰から接触すべきか、検討を始めることにした。




