魔術鑑識
翌日の放課後、実験室に入ると既にずらりと道具が搬入されていた。
仕事が早い。
学院の仕事がというより、これは生徒会、否、皇太子である兄の『力』。恐るべし国家権力。
「一応、これが今回提出された課題のものだが──」
ムサラ・デスラバートは面倒だという内心を隠しもせず、机の上に召喚カードの束を置いた。ちなみに、これは一年生全員が提出するものだから百枚近くある。
ただ、俺とロベルがじっと見ているせいか、デスラバートはやりにくそうだ。俺は皇子だし、ロベルは魔術系の授業を免除されている天才。俺もロベルも別に教師を下にみたりはしていないのだけれど。
「ジェイムズ君。君は何枚、召喚カードを売ったか覚えているかい?」
俺は実験室の入り口近くで緊張して立っているジェイムズに声をかけた。
「……十八枚です」
入学して現在まで二か月ちょっとだと考えると、思ったより多い。
金になるとはいえ、彼の魔力から考えるとかなり真剣に向き合って描いていたのだろう。
「何の召喚カードなのか、それから自分が描いたものなのかわかる?」
ジェイムズは首を傾げた。
「マダライモリが八枚。シロマダラが九枚。マダライモが一枚です。自分が描いたかどうかは、たぶんわかるとは思うのですが……」
「それだと仕事がだいぶ助かるよ」
魔素まで調べなくてもいいとなれば、かなり作業は簡単だ。
「デスラバート先生、その三種の召喚陣はありましたか?」
「マダライモリは確実にあったな。ただ数までは把握していない」
提出の有無は控えていたが、細かいところまではまだチェックをすませていないらしい。
提出されたカードは一枚一枚、陣の形があっているかの確認はすることになっていて、それはかなり時間がかかる作業でなかなか進まないのだ。しっかり確認しないと、見たこともないキメラを召喚することもあり事故につながるから、手を抜けないのだとデスラバートは説明する。
まあ、それはそうか。
「では、まず召喚する生物ごとに仕分けして、マダライモリ、シロマダラ、マダライモが描かれた召喚カードをチェックしよう」
「あの。私、どれがどれだかわからないです」
イリア・ウンメーが手を挙げる。
教科書にも副教材にも載っていないものだ。当然ともいえる。
「あ、今、俺がこの黒板に描くね」
俺は教壇の後ろにある黒板に、三つの陣を描いていく。
「早っ」
ジェイムズが呟くのが聞こえたけれど、たぶん、ロベルならもっと早く描ける。陣を描くのって、魔力の高さだけでなく訓練によるところも大きいから。
「とりあえず、全員で仕分けをしていけばいいのですね。ちなみに先生の印象から見て、どの生物の召喚陣が多いのですか?」
「やはりアマガエルだね」
レイラの質問に、デスラバートが答える。
「私たち教師が見るのは、陣が正しく描かれているかというところだ。珍しい生物の陣ということはあまり重要ではない。このところマダライモリも珍しくはなくなったがね」
「そうなのですね」
レイラはさり気に俺とロベルの分量多めにカードを全員に配っていく。作業スピードを想定してのことだろうけれど、教師より多めとか、そこはもっと教師を立てるべきではないだろうか。まあ、いいけれど。
「やはり両生類、爬虫類が多いのですか?」
「そうだね。稀に鳥類や哺乳類を提出する生徒もいるけれど、鳥類や哺乳類ほど、魔獣と陣が似ているから、こちらとしてはチェックに気を遣うのだよ。レグルス殿下みたいに平気で獅子の召喚陣を正しく描いてくる天才は好きにすればいいと思うがねえ」
「へぇ。獅子の陣を提出したのか。殿下って思ったより自己顕示欲が強いんだな」
ロベルがにやにやと笑みを浮かべる。
「皇族の家紋は獅子にちなんだものですものね。実技のテストの時は、さぞや絵になりそうです」
ポンとイリスが手を打った。キラキラした期待に満ちた目を向けてくる。
「──ごめん。つい、格好つけました」
兄が一年の時、獅子を呼んだと聞いて、そういうものかと思ったからなのだけれど。
周囲がアマガエルを召喚している横で獅子の召喚とか、空気を読まないにもほどがある。
「ちなみに、他の三人は何を提出したの?」
「僕はマダライモリです」
「私はアマガエルですね」
ジェイムズと、イリスが答える。
「私は……カワセミです。うちの家紋なので……」
申し訳なさそうにレイラが答えた。
「ああ、そういえば、実に見事な陣を描いていたね」
思い出したと、デスラバートは頷く。
「別に鳥類や哺乳類がいけないとは言っていないよ。背伸びする生徒が多いというだけのことなのだから」
「背伸びさせたくないなら自由課題をやめればいいのに。教師の点検も楽になるよ」
ロベルは呆れたようだった。
「それは……そういうことに決まっているからねえ」
デスラバートが決めたことではなく、教育指針として決まっているから簡単に変えられるものではないらしい。
「それにしてもマダライモリ、かなり多いな」
「斑紋愛好会が布教でもしているのでしょうか?」
レイラも苦笑する。
仕分けをした結果、教師の印象通りアマガエルの召喚の陣が一番多く、次いでオオサンショウウオ、そしてマダライモリは三番目に多く、全部で十五枚もあった。シロマダラは三枚。マダライモはなかった。
「たぶんなのですが、このマダライモリの五枚とシロマダラ一枚は、僕が描いたもののような気がします」
並べてみると陣を描いた時の手癖とインクの種類などが、非常に似ている。
「とりあえずこれを調べてみよう。もしこれがジェイムズ君のものだとするならば、少なくとも課題代行というものが実在することになる」
「ん。じゃあ、とりあえずボクがやってみるね。別に殿下やモブー嬢の腕を信じていない訳じゃないけれど、一般的に同じ生徒でもボクがやったほうが先生も納得でしょう?」
ふふふと、不敵にロベルが笑うと、デスラバートは少しやりにくそうな顔をした。まあ、そうだわな。相手は既に宮廷魔術師。生徒ではあるけれど、魔術師としてはデスラバートより立場は格上なのである。
「道具はそろっていると思う。ちょっと型が古いけれど」
こまごまとした機材はともかく、抽出した魔素の『形』を判定するための魔素解析機は、ここが実験室として使われていた時代のものだから、とにかく古い。
ただ、こういう機械系のものって、古いものほど機構が単純でメンテナンスがしやすい。新しければ新しいほど、親切設計ではあるのだけれど、技師でないとトラブった時対処ができないのは前世と共通する。
まあ、さすがに斜め四十五度でチョップすると治る、昭和のテレビとは違って殴ったら普通に壊れるだろうけれど。
「うん。できそうだ。まずはジェイムズ君の描いたものから魔素を取り出していくよ」
ロベルは召喚カードを受け取ると、手袋をはめて陣から発生している僅かな魔素を拾い集めて保存瓶に入れる作業を始めた。
一通り終えると、それを魔素解析機にかける。さすが、魔術の授業は免除になっている天才だ。手際が非常に良い。
俺たちは無言でその作業を見守った。
「うーん。これは、クロだね」
解析結果をみながら、ロベルは断定する。
結論から言えば、ジェイムズが自分のものだと思ったカード全てが、九割九部ジェイムズが描いたものだと認定できた。
「……まさかそんな」
課題代行に懐疑的だったデスラバートの表情は険しくなる。
少なくとも六人の生徒がジェイムズの描いたカードを自分が描いたものと偽って提出していた。
「ふむ。すべて羽振りの良い貴族の令息と令嬢だね」
俺はその生徒たちの名前のリストを作る。
「これは……スキャンダルになりますね」
イリス・ウンメーが呟く。
「まだ、事件は公表しない。ジェイムズ以外にも召喚カードを描いた人間がいるかもしれない」
「カードを代行するなら、召喚カードだけでなく、魔術カードなんかもありそうだなあ」
ロベルが肩をすくめる。
「まずは残りの召喚カードを調べていくしかないな。供給者がジェイムズ以外にもいたら、かなり手広く不正が行われていることになる。先生も全貌がみえるまでは、しばらくは内密にしてください」
「それは……はい」
デスラバートは困惑の表情を浮かべながらも頷いた。
昨日は突然おやすみして、すみませんでした。
今後の更新ですが、週3更新、月、水、金にいたします。




