旧校舎の七不思議
吹っ飛んだ扉の修繕を手伝い、ようやく俺はロベル・ランバードの研究室に入れてもらえた。
炎系の魔術が得意なロベルは、持ち運び可能な魔術ストーブの研究をしているそうだ。
現在、魔石を使ったストーブは、動かせなくはないけれど、とにかく大きい。暖炉に比べて煤は出ないし、火事の危険はぐっと少なくなったと評判ではあるが軽量化と小型化は、確かに望まれている。
こういうのって、どこの世界も二極化だとは思う。セントラルヒーティングや床暖房みたいに広く大きくという考え方もあるらしい。どちらが正解ってものでもないのだけれど、流派? の争いもあるのだとか。仲良くやれとは思うのだけれど。
「金になりそうな研究をしていると、スパイが多くってさ。まあ、塔よりはましなんだけれど」
ロベルは魔術師の塔にも研究室を持っているが、侵入を試みようとする輩が絶えないらしい。妨害とか盗用目的とか、理由は様々なのだとか。
「それで、殿下はいったいボクに何の用?」
ロベルは首を傾げた。
相変わらず、俺が皇族であっても全く動じない。マイペースでタメ口だ。不敬と周囲が眉をひそめそうな態度だけれど、俺は嫌いじゃない。
年は彼の方が上だし。ロベルは裏がない言動で何より安心できる。
「実は手を借りたいことがあって……」
俺は課題代行の噂、召喚カードの買い上げなどについて話した。
「ふうん。なるほどねえ。魔術鑑識を生徒でやろうってこと?」
ロベルは少し興味を持ったようだった。
「教師が乗り気じゃないのは何となくわかるよ。もし不正をしている生徒がいるとしたら、金に余裕のある『良家の子息子女』の可能性が高い。そんなしょぼい不正をさばいて、お貴族から睨まれたら面倒とかまで考えそうだし」
「そこまで自己保身のためだとは思いたくないなあ」
身分制度があるせいで、崇高な考え方だけで生きていけないのはわかるけれど、さすがに教育者が、そんな風には考えてほしくはない。
「そこはそれ、殿下が忖度される側だから」
「身もふたもない言い方をするなあ」
ロベルの言うとおりだけれど。
「でもさ。魔術鑑識をやるのはいいけれど、無報酬のボランティアってことだよね」
「まあ、そうかな」
魔術鑑識人は本来、高給取りだ。
いくら職業としていない学生だとはいえ、精度を求める仕事を要求するのに対価なしなのは、横暴が過ぎるのはわかっている。
レイラには俺ができる限りの将来を保証すると話した。
だが、ロベルにはどうしたらいいのか。
彼には既に約束された『未来』がある。むしろそこから外れたいと言われたら、皇族としてとても困る。彼ほど優秀な人材を手放すことはできないのだから。
「ちなみに ボク、令嬢を紹介するとかも必要ないから」
「わかってる」
今のボサボサ頭で瓶底眼鏡の外見をみると信じがたいことではあるけれど、ロベルはとてもモテる。
瓶底眼鏡をとれば、不思議な色彩を帯びた美しい瞳で、顔立ちは整っているし卒業後は主席宮廷魔術師、将来は魔塔主になることが確定していて、順風満帆な地位が保証されているのだ。性格にやや難があっても、それでもいい、否、そこがいいという令嬢は後を絶たないとか。
本人はといえば、恋愛よりも研究のほうが楽しいと公言してはばからない。
「旧校舎の七不思議の解明というのはどうかな?」
俺の言葉にロベルは不服そうに口をへの字に曲げた。
「は? それは建前だろう? しかもどれも眉唾なやつばかりじゃないか」
七不思議と呼ばれている主なもの──変な方角を向いた通気口、開かない扉など、実際には意味があってそうしているものばかりだ。正確な知識があれば、不思議でも何でもない。
「もちろん、今ある噂のほとんどはただの『ガセ』だけれど。それを探っていると公言すれば、いろんな話が舞い込んでくるさ。百に一つくらい、本物の不思議が混じっているはずだ」
「そうかもしれないけれど、ボクがそんな子供じみた話を喜ぶと?」
ロベルは呆れたように俺を見る。
「俺もついこの前まで、怪談や噂に本物の不思議があるなんて考えたこともなかった。だけど、たかがマダライモリが召喚されただけの事故から、課題代行の疑惑まで謎は広がりをみせている。気が付かなかっただけで、解くべき謎はすぐそばにあったんだってね。今、俺はワクワクしてる。退屈な日常が、冒険に満ちた世界に変わっていく予感がしているんだ」
世間では些細な取るに足らないことなのかもしれない。
だが、ほんの少し視点を変えれば、そこに極上のミステリーと冒険が待っている。昨日と違う明日があるのだ。
「野次馬皇子殿下のお遊びにつきあえと?」
「──嫌かな?」
ロベルはにやりと口の端をあげる。
「いいや。悪くないね。ボクも日常ってやつに飽き飽きしていたところだ。殿下の野次馬なところ、ボクは意外と気に入っている」
「ロベルならなんとなく、そう言ってくれると思ったよ」
彼が協力してくれるのならば、魔術鑑識の作業はかなりはかどるはずだ。
不正の証拠が見つかるかどうかはまだわからない。
だが、一歩前進したのは確かだった。
放課後、魔術実験室へ行くと、レイラとジェイムズ、そしてイリス・ウンメーの三人がすでに待っていた。
「早いね、三人とも」
俺は驚く。
特にレイラは同じクラスなのに気づくと既に教室にいなかった。ひょっとすると意図的に気配を消していたかもしれない。まるで忍者かも。
「殿下。イリス・ウンメーさんをご紹介させてください」
レイラはちらりとイリスの方を見る。
「い、イリス・ウンメーと申します。微弱ながら力を尽くしたいと存じております」
改めて彼女を観察する。
そういえば、壁にめり込んでいない彼女を見るのは初めてかもしれない。
少し赤みがかった茶色の長い髪はポニーテールにしていて、大きな瞳をしている。緊張しているのか、表情が少々固い。
「まあ、みんな座って。ロベル先輩もじきに来ると思うから」
「ロベル・ランバート先輩ですか?」
イリスは目を見開いた。
「では、本格的に七不思議を『捏造』なさるということでしょうか?」
「ええと」
俺は返事に困った。
「別に捏造するつもりはないのだけれど」
もちろん表向きの理由は七不思議を探ることだから、それっぽいことをやっているようにアピールはしたいのだけれど、別段、怪奇のネタに合わせて『やらせ』をやるつもりはない。
「少し面白おかしく真実を描けばいいと思うんだ。たとえば、そこの通気口は魔素吸着のためのものなのだけれど……魔素吸着機のメンテナンスを行うための入り口は安全のため、簡単に発見できないようになっている」
「本当ですか?」
さすがにレイラも知らなかったらしく、目を丸くする。
「うん。まあ、探そうと思えばすぐに探せるのだけれど、その入り口を開こうと思うと、色々手続きが面倒なんだ。魔素吸着機って、とてもデリケートだから」
「ああ、なるほど」
イリスはメモ帳を手にして、俺の話を書きとめ始めた。
「まずは、そのメンテナンス作業についてレポートしてもらおうかと思っている」
「えー、殿下、ひょっとしてそれ、ボクがやるの?」
ひょいといつの間にか入ってきたロベルが面倒だな、という顔をした。
「俺がやりますよ。そもそも、それについては専門家をよんでもいい。ただ、すぐに解決するのではなくて、その『入り口探し』をするために、ウイルソン君やウンメーさんには、あちこち調べにいってもらいたい」
「……そんなの旧校舎の設計図面を見ればすぐわかるのでは?」
ロベルはあきれ顔だ。
「それがちょうどいい具合に、安全管理のため絵図面には描かれていない。まあ、メンテナンスをしていた『塔』に聞けば資料はあるとは思うのだけれど」
「なるほどね……資料はあると思う。でもさ、最後のメンテナンスをしてからざっと十年以上たっていそうだ。それ、担当者を捜すだけでまじめに大変かも……」
ロベルは塔の資料室を思い浮かべたのか、うんざりとした表情になって、小さくため息をついた。




