魔術実験室
分厚い遮光カーテンを開くと、朝の光が差し込んできた。
使用していなかったとはいえ、軽く清掃はしてあった。もっとも旧型の魔道具は錆びているし、手あかなどで黒ずんでいる。
攻撃用の魔術を研究するための透明なボックスの底には、得体のしれない欠片が転がったままだ。
一応は机といすが置かれているけれど、かなり傷んでいる。学院の予算で購入するとなると面倒だから、俺が自腹を切って応接セットなどを持ち込んだ方がよさそうだ。
「これが噂の謎の通気口か」
天井近くに見える通気口は外ではなく隣の壁にむけて穿たれている。レイラはその穴をじっとみあげており、微動だにしない。
俺はふと気づいた。
「ごめん。俺、手伝って欲しいとか言いながら、君が怪談とか苦手って可能性を考えてなかった」
この世界は前世とは違って、幽霊も魔術も実在する。
それに理性的な考え方をするからと言って、超常現象を信じないとは限らないし、そもそも存在するのだから恐怖は当たり前だ。
俺は何でも面白がる好奇心のほうが勝ってしまうけれど、すべての人がそうではない。
「もしここが嫌なら──」
「この通気口、魔素の循環のための通気口ですよね」
レイラは感心したように通気口のある壁を軽くたたく。コンコンと音が鳴り響いた。
「おそらく壁のむこうに、魔素の吸着機があって、部屋の中の魔素が一定以上の濃度にならないように調節しているのですね。新校舎の通気口はもっとわからないように作られているから、皆さん気が付かないようですけれど」
「……よく知っているね」
俺は昨日、間取りの絵図面を見せてもらったから知っていたけれど。
「危ない物や怖いものを知るには、大丈夫なものを知る必要がありますから。それに本当に危険な場所でしたら、殿下が使用することを誰も許可しないですよね」
くすりとレイラは笑った。
可愛い。胸がドキリと音を立て、俺は急に部屋に二人きりであることを意識した。
よく考えたら、まずい。
部活動とはいえ、俺たちは未婚の男女でもあるから、変な噂が立ったりしたら彼女に迷惑がかかる。
「ごめん。俺、本当に自分の都合ばかりで君のこと何も考えてなかった。君以外の部員をどうするかとか、君が被るデメリットとか……」
これは断られても仕方がない。
「ジェイムズ・ウイルソンさんをお誘いしてはいかがですか? 事情をよく知っておられますでしょうから」
「ああ、なるほど」
彼ならば一から事情を説明をする手間が省ける。
「殿下に監視されているということにすれば、スポールディング侯爵家からのお話を断りやすくなるでしょうし、たぶんですが、マーク・ロイロット侯爵令息も嫌がらせをやめるでしょうから」
レイラは軽く肩をすくめた。
「あの人、権威を振りかざすだけあって、殿下のことは恐れています。ジェイムズ・ウイルソンさんにとって、メリットが大きいかと存じます」
「うん。そうだね」
俺は頷く。
人にマウントを取りたがる奴というのは、自分よりも立場が上の奴にはトコトン弱い。
この国が貴族社会である以上、奴は皇族である俺には頭が上がらないのだ。
「私のことでしたらご心配なく。前にも申し上げましたが、私は印象がとても薄いのです。ジェイムズ・ウイルソンさんがお入りになるなら、みんな殿下と彼のことしか記憶に残らないと思いますので」
「待って。ということは──」
「はい。ご一緒させてください。私でお役に立てるのであれば」
レイラはにこやかに微笑む。
「ただ、剣術部と兼部という形になりますけれど」
「ああ。それで構わない。よかったあ」
俺はほっとして、大きく息を吐いた。
「君と一緒にやれて嬉しいよ」
俺は思わず、手を差し出した。
彼女はおずおずと手を差し出し、俺たちはがっちりと握手をする。
正直なところ、彼女のそばにとりあえずいられる許可がもらえたことが何よりも嬉しい。
「こちらこそ、殿下にお誘いいただけるなんて光栄です。誰かに望まれることそれ自体がとても珍しいことなので、その……少々舞い上がっております」
ほおを紅潮させ、瞳がわずかにうるんでいる。
彼女の言葉通り、気持ちが高ぶっているのかもしれない。
何をやっても印象の薄い彼女は、周囲の注目を浴びたり、期待を集めることが少ない。煩わしさはないかもしれないが、それはとても孤独なのではないだろうか。
「あとは、ロベル・ランバード先輩を引き込みたいとは思っている」
二年生のロベル・ランバード伯爵令息は、現在の魔塔主の息子で、既に宮廷魔術師に登録されている天才である。
こと魔術に関しては学院で一番といってよく、教師ですら敵わない。
顔見知りではあるし、スポールディング家とはあまり関わりがない家門だ。そのあたりは、ドノバン事務官に調査してもらってクリアしている。人物的には少々変わったところがあるけれど、信用できるとは思う。
「では、私はイリス・ウンメーさんを誘ってみます」
「え?」
意外な名前に驚いた。
いつも廊下を爆走している印象しかない彼女は、確か男爵令嬢。よくは知らないが、入学時の魔力は中の上くらいだったはず。魔術鑑識の解析にはかなりの魔力がいる。解析ができるかどうかは微妙なラインだ。
「ウンメーさんは、新聞部の記者です。中等部で同じクラスになったことがございますが、決して口が軽いというタイプではありません。それに正義感が強いという印象があります。きっと良き広報になってくださいます」
「広報?」
「旧校舎の七不思議の調査をするのでありましょう?」
ふふふっとレイラは笑った。
「調査結果は、当然、発表されなくては。どうせなら記事にしていただくのがよろしいかと思います」
「ああ、なるほど。表向きの活動を支えてもらうというわけか」
そうか。ある程度の『成果』のようなものを発表しておけば、カモフラージュにはなる。
「でも俺、彼女とあまり面識ないけど、協力してくれるだろうか?」
「私の予想が正しければ、おそらくはしてくださると思います」
レイラは自信ありげだ。
「まっすぐな方ですから。それにウンメーさんのお兄さまは皇太子殿下の側近であるヴァーン伯爵令息のご友人だったと記憶しておりますから、少なくともスポールディング家との縁はないのではないかと思います」
「君は、本当にいろんなことを知っているね」
俺も割と派閥とか必要だから覚えてはいるけれど、彼女はそれより知っていそうだ。
「偶然、お見かけしたことがありましたので。それだけのことです」
見かけたことをしっかり覚えているのって、やっぱりすごい。彼女ならそのうち、靴についた泥でどこから来たとかあてそうな気がする。
「道具の搬入は明日になるから、今日の放課後は特にすることはないのだけれど、良ければ今後の方針とか話し合えればと思うけれど」
「はい。では、私はウンメーさんを口説きに行ってまいりますね」
「ああ。任せた」
正門のあたりの喧騒が聞こえ始めたのを区切りに、俺たちは教室に戻ることにした。
ロベル・ランバードはいわゆる瓶底眼鏡のような分厚いレンズの入った眼鏡をしている。彼の目は魔眼。エーテルの流れを見極めることができる目をもっているため、魔眼用のレンズをかけないと、さまざまのものが『みえすぎて』困るのだ。
魔術に関しては幼い頃から魔塔主の英才教育を受けており、もはや学院で勉強することなど何もない。彼が学院に来ているのは魔術以外を学ぶためだ。
ちなみに魔術の授業は免除となっているため、学院の特殊教室棟の研究室にいることが多い。
昼休み、俺は特殊教室棟の二階へと向かった。
ここは一般生徒が入ってこないから、話を盗み聞かれる心配がないのがありがたい。
俺はランバードの研究室の扉に近づいたものの、嫌な予感がして一歩下がる。
すると、ドカーンという音とともに扉が吹っ飛んでいった。
「しまった。ちょっとやりすぎたかな」
ひょいとドアのなくなった部屋から、ボサボサ頭のロベルが顔を出した。
「おや。レグルス殿下じゃん?」
ロベルは俺の姿を認めると、目を丸くした。
「一般生徒は立ち入り禁止だけど……まあ、殿下は一般生徒じゃないか」
「アレは泥棒除けの仕掛けですか?」
俺は吹っ飛んでいったドアを指さした。
「うん。最近いろいろ物騒だから」
ロベルはうなずくけれど。
彼が一番物騒な気がした。
すみません。ストックがつきまして、明日は所用があるため更新はお休みいたします。
次回更新は木曜日になります。以降、一話の文字数が減ります。申し訳ございません。
(予定より一章が長くなっております)




