表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奪われた王女は皇帝と神官に愛される〜運命の選択~  作者: 星谷 明里
◇終幕 寄り添う光 ―神官編―
57/60

◇第五十七話 禁忌と代償

 薄暗い大聖堂では、燭台に灯された炎が静かに揺らめいていた。

 夕焼け色の灯りに照らされた女神像の前で、私はナタニエル様の腕に抱き締められていた。


「イーザ……」


 彼の声は甘く、掠れていた。

 濡れた聖衣に包まれながら、私は彼を見上げる。鼓動の音まで聞こえてしまいそうな距離で、私たちは見つめ合った。


 そのとき、彼の背後から冷たい靴音が響き、弾かれたように彼が振り返った。


「ナタニエル様……」


 穏やかな声が落ちた。

 彼の名を呼んだのは、神官バルバラだった。

 いつもと同じ微笑を浮かべてはいるが、細められ弧を描いている瞳の色は見えない。


「貴方様を信じておりましたのに……ナタニエル様は、穢らわしい悪魔に惑わされておいでなのです」


 「それは、美しい女の皮を被った悪魔ですわ」と言った彼女の指が、私を指した。


(悪魔……?)


 彼女の見たことのない雰囲気に身を竦ませると、彼が私の前に立った。

 

「この手紙は、あなたの仕業ですね」


 彼がバルバラに突き出したのは、雨に滲んだ白い便箋だった。『西の庭園でお待ちしています』と一言だけ書かれている。


(まさか、私に届いたあの手紙も……)


 ナタニエル様のふりをして私を呼び出したのは、バルバラだというのか――

 口を閉ざし、表情を変えずに佇む彼女は異様な気配を放っていた。


「私の力を封じたのも、あなたですか」


(力を――封じられた?)


 彼の冷たい声に、バルバラは薄く笑った。


「……そうでもしないと、貴方様をエルシリア様の身許へお連れできないでしょう?」


 薄く笑った彼女に、背筋がゾッとした。

 バルバラは、普段と変わらない穏やかな笑みを浮かべている。それが、ひどく恐ろしかった。


「……どうやって、封じたのですか」


「神官カリーヌに手伝っていただきました」


 当然のように紡がれたその言葉に、全身が粟立つ。


(カリーヌですって……?)


 彼女は、西の庭園で亡くなったという噂話を耳にしていた。手伝ってもらったとは、一体――


「彼女を殺したのは……あなたですか」


 低く放たれた彼の言葉に、張り詰めていた空気が一段と冷えたように感じた。


「彼女は、貴方様に穢れた感情を抱いていました……ですから、エルシリア様の身許へ送ったのです」


 「エルシリア様に浄化していただくためです」と笑ったバルバラが、恐ろしい魔物のように見える。私は、彼の聖衣にそっとしがみついた。


「ですが、その女は無理ですわ。悪魔ですもの……浄化できません」


 私の震える手を、彼の右手がそっと握った。


「神官カリーヌの命を、邪術に利用したのですか」


「申し上げたでしょう? 彼女に手伝ってもらったと……」


 そう言って微笑んだバルバラに、彼は拳を強く握った。


「ナタニエル様は、誰よりも清らかで尊い御方。……きっと女神エルシリア様が花婿として迎えてくださるはず」


(……何を言っているの?)


 彼女の不気味な言葉に、私は手が震えた。


「ナタニエル様……その悪魔に穢される前に、一緒に参りましょう」


 「私は、これからも貴方様にお仕え致します……すぐに後を追いますから」と笑ったバルバラは、白銀に輝く短剣を取り出した。落とされた鞘が、燭台の炎を弾いて煌めく。


 薄く笑んだ彼女の瞳は、闇に染まっていた。


「イーザ、逃げてください。……テオバルドの元へ」


 ナタニエル様は低くそう言うと、私を背後に庇いながら短剣を握った。


「そんなこと、できるわけ――」

「私も、必ず追いかけますから」


 彼の言葉に私は首を振った。

 離れたら、この人はきっと死んでしまう――何故か、そう感じた。


「ナタニエル様……今お救い致します」


 短剣を握ったバルバラが、笑みを浮かべたままこちらへ向かって走り出した。

 彼は、私を守るように立ちはだかる。


 傍らには、私たちの祖だと云われている女神エルシリアが佇んでいる――私は咄嗟に、祈りを捧げていた。


(どうか彼を助けて……!!)


 そう強く祈ったとき、私の体から眩い光が溢れ出した。

 その白い光は一瞬で広がり、彼とバルバラまでも包みこんだ。


「うぅ……っ!」


 立ち止まったバルバラの手から、短剣が落ちる。それは緩やかに滑り、女神像の影へ溶けるように消えた。


「イーザ……その光は――」


 振り返ったナタニエル様の向こうで、呻いたバルバラが膝をついた。苦悶の表情を浮かべた彼女の額に、黒い刻印が浮かび上がる。


(あれは、何なの……?)


「あなたのせいで、ナタニエル様が……」


 苦しげに呻くバルバラの瞳が、私を憎らしげに捉えた。

 震える私を守るように彼が抱き寄せると、彼女の瞳が微かに揺れた。そして一瞬だけ、ひどく悲しげな表情を浮かべた。


(神官バルバラ……)


 次の瞬間、断末魔のような恐ろしい叫び声を上げながら、光に包まれた彼女は仰向けに倒れた。

 その口から、黒い靄のようなものが吐き出され、白い光に溶けるように消えていく。


 気を失った彼女の顔は、少しだけ穏やかさを取り戻したように見えた。


(女神様が、助けてくださったの……?)


 私は、女神像を見上げた。

 今まで、こんなにも強い光を見たことはなかった。

 父の言いつけを破ったからだろうか――彼を救うことが出来た安堵と同時に、漠然とした不安が胸を覆っている。


「イーザ……大丈夫ですか」


 ふらつく私の体を、彼が支えてくれた。


 気付けば、聖堂中に満ちる白い光に、大勢の神官たちが集まってきていた。

 彼が――皆が、私を見つめていた。


「ナタニエル様……」


(どうか、私を離さないで……)


 力の入らない手で、彼の聖衣を掴む。

 私を強く抱く温かな腕の中で、意識は途切れた――


「カンデラリア大司教様、これは一体……」


「今の光は、神聖力ですよね」


 集まってきた神官たちが、アダルジーザが気を失った途端に淡く消えてしまった眩い光を見ていた。


「神官バルバラ――この者を拘束し、スフェール神聖国へ送ります。この者の神官の身分は剥奪となります」


 冷たく放たれたナタニエルの指示で、気を失ったバルバラは神官たちに運ばれていった。


「カンデラリア大司教様、アダルジーザ様は――」


「これより、アダルジーザ殿下は私が……――スフェール王家が保護します」


 ナタニエルの言葉に、神官たちは息を呑んだ。

 彼は、アダルジーザを静かに抱き上げる。彼女を映す瞳には、少しの迷いもなかった。


 白い女神像が、静かな微笑みで二人を見下ろしていた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ