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奪われた王女は皇帝と神官に愛される〜運命の選択~  作者: 星谷 明里
◇終幕 寄り添う光 ―神官編―
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◇第五十三話 誓いの指輪

 彼の手を取って、一週間が経った――

 天窓から暖かな陽射しが差し込む中、私たちは静かに見つめ合った。


「アダルジーザ姫、ようこそおいでくださいました」


 出迎えてくれたナタニエル様に案内されたのは、祈りの間だった。

 彼の白金の髪が、澄んだ光を眩く散らしている。


 彼が纏う聖衣の胸元には女神の紋が刻まれたペンダントが煌めき、神聖な空気の中で淡く微笑む姿は清廉そのものだ。


「貴女に、大切なお話があるのです」


 彼がそう言って取り出したのは、白いベルベットの小箱だった。

 思わず見つめていると、彼が淡く微笑んだ。


「アダルジーザ姫……どうかこれを、受け取っていただきたいのです」


 開けられた箱の中で煌めいているのは、白金の指輪だった。大粒のパープルサファイアが神秘的な輝きを放っている。


「ナタニエル様……」


「私は、子どもの頃から貴女を守りたいと……大切に想ってきたのです」


 私を真っ直ぐに見る赤紫色の瞳の奥は、微かに揺れている。

 私はただ、彼を見つめ返した。


「今は――貴女は、私にとってただ一人の特別な女性です」


 彼の瞳から、目が逸らせない。


「どうか、私の妃になってください」


 その真摯な言葉と眼差しに、胸が熱くなった私は小さく息を呑んだ。


(嬉しい……でも――)


 彼はスフェール神聖国の王太子で、次期教皇となる身。国を失い、侍女たちに陰口を叩かれるような私が彼の妃になどなれるのだろうか。

 彼の立場が悪くなるかもしれない――そう思うと、ひどく胸が締め付けられた。


「ナタニエル様……わたくしは、ナタニエル様に相応しくないと思うのです」


 そう小さく返して俯くと、彼は私の腕を引いて抱き寄せた。その、彼には珍しい仕草に心臓が早鐘を打ち始める。


(ナタニエル様……)


「どうして、そのようにお思いに……」


 彼の掠れた声に、胸は一層締め付けられた。


「国を失ったわたくしは、何も持ちません……いずれ教皇となられるナタニエル様の、足枷あしかせにはなりたくないのです」


 私を抱き締める彼の腕に、力が籠る。


「私は……次期教皇の座を降ります」


 その言葉に、私は思わず顔を上げた。 

 歴代のエルシリア教皇は、スフェール王家の直系であるスフェール国王が担ってきた歴史がある。


「ですが、代々続いてきた伝統が――」


「父の代で終わりにしてもらいます。……表には出ていませんが、私に何かあったときのために、一緒に学んだ従兄弟がいるのです。私が辞退すれば、彼が教皇となるはず」


 「実は、私は神聖力があまり強くはないのです……教皇に相応しくないのは、私です」と小さく発された声に、私は何も言えなかった。

 物語の最期で、腕の中で息絶えたアダルジーザを抱き締め泣いていた彼の姿を思い出す――


「私は、貴女を守りたい……どうか、傍にいさせてください」


「ナタニエル様……」


 切実な彼の眼差しに、私は目の奥が熱くなった。

 微笑んで静かに頷くと、彼は「ありがとうございます」と言って滲んだ瞳で笑った。


「アダルジーザ姫、これを……」


 彼が、私の手を取った。

 左手の薬指に、パープルサファイアの指輪がそっと嵌められる。


(とても綺麗……ナタニエル様の瞳のようだわ)


 紫色の宝石に見惚れていると、安堵のため息を零した彼が微笑んだ。


「ナタニエル様……とても嬉しいですわ」


 指輪にそっと触れて微笑むと、彼が私の頬に触れた。

 その手の温もりと交わった視線に、胸が高鳴る。

 けれど、彼は何かを堪えるように視線を落とすと、手を離した。消えた温もりに、思わず手を伸ばしたくなる。


「アダルジーザ姫……名残惜しいですが、そろそろ離れなくてはなりません」


 瞼を僅かに伏せた彼が、淡く微笑んで静かに後退る。


「どうしてですの」


 私の問いに、彼は視線を逸らした。


(ナタニエル様、どうして……)


「……イーザとは、もう呼んでくださらないのですか」


 そう問うと、彼が少しだけ目を見開いた。

 浮かんだ切なげな表情に、胸が締め付けられる。


「ナタニエル様……」


「……そう呼ぶと――想いを、抑えられなくなりそうで」


 彼は、胸元のペンダントを握り絞めた。

 ほんのりと淡く染まった彼の顔に、私まで頬が熱くなる。再び高鳴る胸に、私は左手をそっと握った。


 彼の背後では、白い女神像が佇んでいる。

 その清らかな微笑に、言葉にできない――罪悪感に似た感情が何故か湧き上がった。


「また……ここへ来てくださいますか」


 彼の言葉に、私は頷いた。

 熱を帯びた眼差しが、目に焼き付いて離れなかった。


 このときはまだ、寄り添い始めた私たちに何が起きるのか――

 私は、想像もしていなかった。

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