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奪われた王女は皇帝と神官に愛される〜運命の選択~  作者: 星谷 明里
◆終幕 塗り替えられる運命 ―皇帝編―
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◆最終話 あなたの傍で

 あの婚礼の日、毒杯を口にしたエメルリンダは、ナタニエル様を含めた神官たちの治癒によって一命を取り留めた。

 だが、ひどく衰弱していて、一人で歩くこともままならないらしい――


 彼女の額に現れた黒い刻印は邪術の術者の証で、神官を邪術で操り聖杯に毒を盛ったことも含め、彼女は王籍を剥奪され塔に幽閉されたそうだ。


 公にはされていないが、夜会で私に薬を盛り、クレメンテ卿を邪術で操っていたのも彼女だったと知らされた。

 これらの件で、グラナード帝国とザッフィロ王国は国交断絶となった。グラナードだけでなく、ザッフィロと国交を控える国は次々と出てきているらしい。


 そしてクレメンテ卿は、騎士職を辞してグラナードを去った。

 テオバルド様が皇帝付きの近衛として戻って来るよう働きかけたそうだが、彼の決意は変わらなかったらしい。


 彼は、スフェール神聖国で神官を志すことにしたそうだ。いつか、このグラナードの大聖堂に来てくれるだろうか――落ち着いたら、彼に手紙を出してみようと思う。


 教皇になるため、早めに帰国されたナタニエル様もスフェールにいる。きっと、心優しい彼が、クレメンテ卿の力になっているはずだ――不思議とそう思った。


(もう、ひと月が経ったのね……)


 小鳥たちの囀りに、私は雲一つない澄んだ空を見上げた。

 木々の間を抜ける初夏の風が、青々とした草や白い花々を揺らしている。

 少しだけふわりと広がった深紅のモスリンの裾。それと同じ色のネックレスに、私はそっと触れた。

 彼の瞳のような赤い宝石に――


「イーザ、またここに来ていたのか」


 草を踏む足音と、低い声が響いた。


「テオバルド様」


 見上げると、淡く微笑んだ彼が隣に腰を下ろす。


 私の視線の先、少し離れた場所には砂地が敷かれ、女性たちが剣を交える姿があった。彼女たちは、テオバルド様が集めた女性騎士たちだ。

 彼は、婚礼の儀が済むと同時に女性だけの近衛騎士隊を結成させたのだ。私を守るためだけに――


(でも、あんな風に剣が扱えたら、素敵よね……)


「わたくしも、剣を教わりたいですわ」


「駄目だ」


 彼に即答され、私は肩を落とした。


「……木剣なら――いや、やはり危険だ」


 そう小さく口にした彼に、私は思わず笑った。


「テオバルド様は、心配性が過ぎますわ」


「当然だろう。大切なイーザに何かあっては困る」


 頬に触れた手の温かさに、私は微笑んだ。


「怪我をしても、癒せますわ」


 私が手を翳すと、彼が光を隠すように手を握った。


「スフェールに攫われたらどうする」


「そんなこと、有り得ませんわ」


 「わからないだろう」と顔を険しくした彼が、私を抱き寄せ膝へ座らせた。 


「テオバルド様……恥ずかしいですわ」


 背後からは、女性たちの勇ましい掛け声が聞こえてくる。思わず少しだけ俯くと、彼が小さく笑った。


「今更だろう」


「そういう問題ではありませんの……もし、見られたら――」


 そのとき、彼は私を抱き締めたまま草地へと仰向けに倒れた。

 白い花びらがふわりと舞い上がる。


「これなら、見えないだろう」


 柔らかな風に、銀の髪が揺れている。真下にある端正な顔に、私は微かに息を呑んだ。

 彼の赤い瞳は、楽しげに私を見つめている。

 まるで彼を押し倒すような体勢に、思わず頬が熱くなった。


「こんな……いけませんわ」


 私は彼の胸に寄り添うように、傍らへと横たわった。


「私のイーザは、可愛いが過ぎる」


 小さな口づけの音が響く。見上げると、彼が私の髪に唇を寄せていた。

 小さく鳴った鼓動に思わず視線を伏せると、彼から抱き寄せられる。


「可愛いイーザ……愛している」


 重ねられた唇に、甘く深い香りが漂う。


「テオバルド様……わたくしも、愛しています」


 再び口づけが落とされ、気が付けば彼は私を真上から見下ろしていた。彼の向こうに広がる青空と青い木々に、小鳥たちの囀りが響いている。


「テオバルド様……」


 私たちは見つめ合った。

 熱を帯びた赤い瞳から、目を逸らせない。


「イーザ……」


 近付いてきた彼の顔に、私は瞼を閉じた。


「アダルジーザ様〜!」


 小鳥たちの囀りに重なって響いたのは、アニタの声だった。

 慌てて起き上がった私に、彼は小さくため息を吐いて苦笑している。


「アニタ、ここにいるわ!」


「アダルジーザ様! 今日はチェリータルトをご準備しましたよ!」


 アニタの明るい声が響く。

 城を背に歩いてくる彼女の後ろには、ティムール卿の姿が見える。おそらく、真っ先にチェリータルトを毒見するはずだ。


(アニタも、少しずつ打ち解けてくれて良かったわ……)


 私の胸は、暖かな幸せに包まれていた。


「私もいただこう」


 微笑んだテオバルド様に、私も笑いかけた。


 私たちは、一緒に柔らかな草地に腰を下ろし、チェリータルトを口にした。

 王族として褒められた振る舞いではないが、彼は何も言わずむしろ楽しんでいるように見える。


 アニタの淹れてくれた紅茶の良い香りがふわりと漂う中、私たちは笑い合った。


(私、本当に幸せだわ……)


 ふいに、父の嬉しそうな笑顔が浮かんだ。

 プラータに滅ぼされた故国は、グラナード帝国のペルラ領として復興が始められている。落ち着いてから、彼と共にまた訪れる予定だ。

 私は微笑みながら、幸せなひと時を噛み締めていた。


「イーザ」


 その声に顔を向けた瞬間、唇が一瞬だけ重なった。

 軽く響いた音に、私は思わず指先で唇を覆う。


「テオバルド様?!」


「チェリーの欠片がついていた」


「そんなの、ついているはずが――」


 彼は、悪戯めいた瞳で私を見つめた。


(からかったのね……)


 顔が熱い。

 アニタは、「私は何も見ていません!」と顔を手で隠していた。

 その傍らではティムール卿が無表情でチェリータルトを頬張っている。


「もう……テオバルド様、ひどいですわ」


 彼は、楽しそうに声を立てて笑った。


 遠くからは、剣を交える音が聞こえてくる。

 その音は、暖かく包まれている胸の内で溶けていくようだった。


(もう、大丈夫……)


 私は、彼の傍で安堵に包まれ、確かな幸せを感じていた。

 そして、これからもこの傲慢で憎めない、愛しい人の傍で生きていくのだ――


「テオバルド様」


 私は、こちらを向いた彼に唇を重ねた。

 間近で見開かれた赤い瞳。

 彼の美しい顔が、赤く染まる。


「テオバルド様の唇にも、チェリーの欠片がついていましたの」


 そう言って微笑むと、彼は狼狽えたように口元を手の甲で覆った。


(こんな顔、するのね……)


 こんなにも声を立てて笑ったのは、久しぶりだった。


「イーザ……」


 まだ耳まで赤くしている彼に微笑むと、私はチェリータルトを頬張った。

 明日は、どんな日が待っているだろうか。


 私は彼の肩にそっともたれながら、暖かな景色を眺めた。

 私の胸元では、彼の瞳の色の宝石が煌めいている。


 柔らかな風と甘い香りが私たちを包んだ。

 まだ始まったばかりの、私の幸せな日々は――

 これからも、彼の傍で続いていく。



 ― Fin ―

テオバルドとの結末を見届けていただき、本当にありがとうございます。


少しでも彼との物語を楽しんでいただき、アダルジーザと同じように暖かな気持ちを感じていただけていたら嬉しいです。


もし少しでも心に残るものがありましたら、ブックマークや評価などで応援していただけると、とても励みになります。


そして、次話からは神官編が続きます。

宜しければ、ぜひナタニエルとの物語も楽しんでいただければ幸いです。


星谷明里

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