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奪われた王女は皇帝と神官に愛される〜運命の選択~  作者: 星谷 明里
◆終幕 塗り替えられる運命 ―皇帝編―
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◆第四十八話 執着

 テオバルドとアダルジーザが密かに帰城した日の夕刻のこと。夕陽に染まるグラナード城の一室では、二人の男が声を顰めていた。


「そのようなことが可能なのか」


「はい……玉座とご所望のものが、貴方様だけのものになりますぞ」


 そう言って笑みを浮かべたザルマンに、エミディオは僅かに視線を落とした。


「……あの方を罪人にするのは気が進まないな」


 「ドロテーアでは駄目なのか?」と響いた声に、丁度扉の前にやってきた女の肩がぴくりと揺れた。

 扉を叩こうと握っていた白い手が震えている。


「出来ないことはありませんが……国を失った姫の方が、色々と都合が良いのです」


「処刑したことにして、西の塔に入っていただきましょう。……そうすれば、触れられるのは貴方様だけですからね」


 不敵に笑んだザルマンに、エミディオは喉を鳴らした。

 だが、その端正な顔には不服そうな表情が滲む。


「あの方は美しすぎる……塔の見張りが何をするかわからないだろう」


 「后にして、片時も離したくはない」と言ったエミディオに、ザルマンの頬がぴくりと引き攣った。


「皇后には、ザッフィロ王国のエメルリンダ王女殿下を迎えていただかなくてはなりません。……側妃なら構いませんが」


「側妃だと、外交には連れていけないだろう。后が良い」


 当然のようにそう返したエミディオに、ザルマンは微かに笑んだ。その口元は僅かに引き攣っている。


「少し……お時間を頂戴できますかな」


「待てぬ。このままでは、先に兄上のものになってしまうではないか」


 「今日のうちに、兄上を殺してくれ」と言ったエミディオに、慌てた様子のザルマンが険しい顔で詰め寄る。


「滅多なことは仰らないでください! 誰かに聞かれては……」


(テオバルド様を……?!)


 震えながら口元を押さえたドロテーアは、扉の前で後退った。

 そのまま、彼女は早足で廊下を進み始める。


(あの方が殺されるなんて――そんなこと、絶対に駄目よ……!)


 ドロテーアは、震える手でドレスの裾を握ると駆け出した。


 ◇


 皇帝の執務室。バルデスは眉を寄せ、テオバルドを睨んだ。


「刺客に襲われたですって?! ですから、せめてティムールだけでも連れて行くべきだと申し上げたでしょう?!」


 目を吊り上げるバルデスに、「刺客は全て斬った。無事だったのだから良いだろう」とテオバルドは浅く息を吐いた。


「それで――刺客を放った者はわかったのでしょうね」


「ああ……吐かせる前に斬ってしまったな」


「な……」


 まるで忘れ物を思い出したかのようなテオバルドの口ぶりに、バルデスは唖然と口を開けている。


「……イーザの前で、拷問できるわけがないだろう」


 テオバルドは僅かに視線を落とす。

 アダルジーザに触れようとした刺客たちを、彼は生かしておく余裕などなかった。彼女の力を目にした以上――なおさら。


 黙り込んだバルデスに、テオバルドは「安心しろ」と薄く笑ってみせた。


「刺客を放った者の予想はついている……もう少しすれば、尾を出すはずだ」


「……これからは、このような行動はお控えになってくださいね」


「そうだな……考えておく」


 バルデスのため息に、テオバルドは小さく笑った。


 焦ったようなノックの音が響いたのは、その時だった。


「オーロ王国のドロテーアでございます! 急ぎ皇帝陛下にお伝えしたいことがあり、参りました」


 その声に、二人は顔を見合わせた。


 ◇


 アニタが、赤やピンクの摘みたての花びらを湯に散らした。芳醇な薔薇の香りが湯気とともに立ち昇る。


「アダルジーザ様、お湯加減はいかがですか?」


「ありがとう。とても気持ちが良いわ」


 私は、王族専用の広い湯殿を使わせてもらっていた。

 大浴場のように広い円形の湯船は縁から階段状になっており、中央は立ったままで私の首まで浸かるほどの深さがある。

 白い一面の大理石に燭台の炎が揺らめき、天窓からは美しい満月が覗いている。


(最高の贅沢ね……)


 この数日湯浴みが出来なかったこともあり、まるで楽園にいるかのような気分だった。


「お飲み物をお持ちいたしますね」


 花びらが入った籠を置くと、アニタが湯殿を出て行った。


 飲み物は、冷えた果実水だろうか――

 そんなことをぼんやりと考えながら、湯船の中に腰を下ろし首まで湯に浸かる。

 湯船に揺蕩たゆたう赤い花びらを、私は呆けたように眺めていた。


 その時、扉が微かに軋んだ音を立てた。


「……アニタ? 随分早かったのね」


 そう言って、私は振り返った。


「アダルジーザ王女……」


 落ちた低い声に、水飛沫が上がる。

 舞い散る赤い花びらに、私は声を上げることさえ出来なかった――

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