◆第四十七話 あなたを守るために
風に揺れる白桔梗の花びらが、赤く染まった――
「テオバルド様……!!」
彼は引き抜いた矢尻を睨み、血を散らしながら投げ捨てた。立ち上がって剣を抜いたが、その顔色は青褪めている。
「イーザ、この城に抜け道はあるか」
「ええ……ですが、ここからは離れております」
心臓が、痛いほどに早鐘を打っている。
「テオバルド様、すぐに――」
私が彼の背中に手を翳そうとしたとき、音もなく黒い影が現れた。
「イーザ、下がっていろ」
彼は、私を庇うように剣を構えた。
「……よく、立っていられるな」
低く、淡々と響いた声。
顔を覆う黒い布から覗く瞳と視線が交わった。
その男が手を動かすと、黒い装束を纏った男たちが次々と現れる。
「……姫は傷付けるな」
低く落とされた声に、後方から微かな音が響いた。
振り返ると、こちらに矢を向ける刺客と視線が合った。
その矢尻が大きく揺らぐ。
「ですが、命令では――」
「お前は、この姫が殺せるのか」
刺客たちに沈黙が落ちる。
「要は、表から消せば良いのだろう……殺すには、あまりに惜しい」
私に集まる視線に、背筋を冷たい汗が流れた。
「男の方はどの道長くは持たん。姫を連れて引き上げるぞ」
私に近付こうとした刺客に、テオバルド様が剣を振るった。
「触れることは許さん」
彼が血に濡れた剣を構える。
その時、城の二階から彼に向かって新たな矢が向けられているのに気付いた。
引き絞られたその矢尻は、暗緑色に煌めいている。
(まさか、毒が――)
「テオバルド様……!」
そう叫んだ瞬間、私の体から白い光が溢れた。
放たれた矢が弾け飛び、刺客たちが息を呑む。
(どうか、テオバルド様を助けて……!!)
私はそう強く願いながら、彼の背に手を翳し全力で力を込めた。
「イーザ……?」
剣を構えたままの彼の背が――その体が白く眩い光に包まれる。
血の気を取り戻した彼の顔に、私は心から安心した。
「イーザ……お前、その力は――」
振り返った彼は、薄く笑うと再び剣を構えた。
「待っていろ。すぐに片付ける」
短刀を握り襲いかかってきた刺客たちを、彼は次々に斬り伏せていく。
最後の一人が倒れたとき、私は石畳に座り込んだ。
「イーザ! 大丈夫か?!」
駆け寄ってきた彼に、微笑みかける。
「力が、抜けただけですわ……テオバルド様がご無事で良かった……」
私は、彼の腕に身を預けた。
何故か、体に力が入らない。
(お父様……テオバルド様を助けるためだったのです。どうか、許してください……)
墓石を振り返った私は、父の言い付けを破ってしまったことを心の中で詫びた。
けれど、後悔も罪悪感も微塵もなかった。
ただ、彼を救うことが出来た――それだけで良かった。
「イーザ、しっかりしろ……!」
彼の必死な声音に、私は微笑んで瞼を閉じた。
その温もりの中で私は意識を手放した。
まるで私を見守ってくれているかのように、白桔梗の花が静かに揺れていた。
◇
ゆっくりと体を揺らす振動とほのかに甘く香る温もりに、私は瞼を開いた。
「イーザ、気が付いたか」
「テオバルド様……」
私は、馬に跨る彼の腕に抱かれていた。見上げると、彼の銀の髪が月光を弾いている。
赤い瞳は、穏やかな眼差しで私を見つめていた。
「体は平気か? ……休ませてやりたかったが、すまない」
「平気ですわ……安心したら、力が抜けてしまったようですの」
「そうか……少しでも辛ければ、遠慮せず言ってほしい」
柔らかな夜風に、彼の髪と黒いマントが揺れた。
「テオバルド様は、大丈夫なのですか」
「ああ……イーザのおかげでな」
そう言って彼は笑った。
安堵に包まれ、私も微笑み返す。
けれど、少しの沈黙の後、柔らかな眼差しは僅かに翳った。
「……何故、隠していた」
低く、囁くような声音に、私はそっと彼を見上げた。
癒しの力のことだろう。亡き父と、私だけの秘密だった――
「父の言い付けで、人前で使うことを禁じられておりましたの……」
彼は、まるで何かを考え込むように視線を遠くへ向けた。
ゆっくりと進む馬の蹄の音だけが、夜の静寂に響いている。
「……今後、私の前以外では使わないでほしい」
その言葉に、私は顔を上げた。
「約束してくれるか」
彼の真っ直ぐな瞳に、私は思わず口籠った。
何かあった時に、もしこの力で誰かを助けられるのなら、私はきっと手を翳さずにはいられないだろうから――
「できる限り、テオバルド様のお望みに沿うようにしたいと思っておりますわ」
そう答えると、彼は小さく笑った。
柔らかな月明かりが、私たちをそっと照らしていた。




