工房は繁盛、店主は寝不足
修理待ちの棚から、空きが消えた。
灯火祭から十日。〈つぎはぎ屋〉の預かり札は倍に増え、朝の戸口には、知らない顔が並ぶようになった。
祭りの夜、通りいっぱいに点った二十個の吊り灯が、どうやら町でいちばん雄弁な看板になったらしい。
「はい、三十七番の方! 魔導アイロンです!」
受付は、いつの間にかミアの仕事になっていた。番号札は彼女の発明である。厚紙に数字を書き、裏に猫の絵を描く。
番号だけだと寂しいから、だそうだ。三十七番の裏の猫は、あくびをしている。
発明はできないと言っている工房で、いちばん新しいものを作っているのは、この子かもしれない。
依頼は、ありがたい。ありがたいのだが。
(……眠い)
夜なべが三日続いていた。あくびを噛み殺し、リーゼは魔導アイロンの底板を外す。温度弁の摩耗。
祖父の抽斗に、替えがあったはずだ。工程を頭に並べると、眠気は少しだけ引っ込んだ。
朝いちばんの客は、隣村から来た老夫婦だった。足温器を置いていく。「祭りの灯りを見てね、うちのもまだ直るんじゃないかって、じいさんと話したのよ」。
祭りは終わっても、祭りの効き目はまだ町に残っている。
昼前に、見慣れない客が来た。
六十がらみの男で、店の敷居をまたぐ前に、まず棚の中身をぐるりと値踏みした。古道具屋のバルドと名乗る。
四つ辻の角の、あの雑多な店の主人だ。
「うちの棚の魔導具を、まとめて診てほしい」
祭りのあと、古い物が急に売れはじめたのだという。
「あの晩、みんな見ただろう。古い道具ん中に、百年ぶんの暮らしが入ってるとこをさ。それで急に、うちの埃かぶった棚が宝の山に見えるようになったらしい」
だが古道具屋は、動くかどうかまでは請け合えない。売る前に、プロの目で診てほしい――という依頼だった。
「動くと分かってから売れば、高く売れる。動かないと分かってから売れば、文句が出ない。どっちにしても、診てもらう手間賃くらいは出る勘定だ」
商人の理屈は明快だった。願ってもない仕事でもある。祖父の時代の品が、どこの家からどう流れてきたのか。
バルドの棚は、この町の古い魔導具の戸籍簿のようなものだ。
翌日、店へ出向いた。四つ辻の角の店は、外から見るより奥が深く、棚は天井まで埃と品で詰まっていた。
リーゼが手近な魔導ランプへ手を伸ばすと、店主はすかさず言った。
「あ、商品に触るなら買っとくれ」
「……検分のご依頼では?」
「診るのと撫でるのは違う」
理屈は分からなかったが、茶は出た。渋いが、いい茶葉だった。
検分の値段交渉は長引き、最後は「まとめて診るから、まけとくれ」「まけません。その代わり、面白い出物があったら教えてください」で手を打った。
元行商の情報網は、茶葉より上等だと聞いている。
手始めに、棚の写字灯を一つ診た。五十年は前の型。魔力線が一本、根元で瘦せている。
「動きます。ただ、この線は売る前に替えた方が。買った人の家で切れたら、うちかバルドさんのどちらかが恨まれます」
「あんたが恨まれる方に一票」
「両方です。売った店と直した店、名前は二つとも憶えられていますから」
言ってから、その言葉が妙に自分の耳へ残った。名前は、憶えられている。良くも、悪くも。
夕方、王都からの手紙が届いた。
癖のない、定規で引いたような字。開くまでもなく差出人は分かる。
本文は、相変わらず事務の見本のようだった。魔導塔の報告書は局の審議に入ったこと。共鳴現象の追加観測は継続していること。
委細三項目、箇条書き。
そして末尾に、一行。
『魔力計の感知素子の型番を調べた。廃番だが、製造記録は残っている』
リーゼは手紙を畳み、棚のいちばん静かな段を見た。柔らかい布の包みは、預かった日のまま、そこで眠っている。
(……探して、くれているんだ)
王都の執務室で、山積みの審議資料の合間に、廃番部品の製造記録をめくっている姿を想像してみる。
似合うような、似合わないような。少なくとも、頼んだ側の胸は温かくなった。
返事は明日書こう。そう決めて店じまいにかかったとき、戸口の鈴が鳴った。
麦粥のおかみさんだった。開店二日目に魔導鍋を直した、あの人だ。腕に、その鍋を抱えている。
「ごめんよ、遅くに。この鍋なんだけどね」
「どこか、また?」
「先週直してもらったばっかりなのに、もう煮えなくなっちまって」
リーゼは、瞬きをした。
「……先週?」
うちでは、直していない。この鍋を最後に触れたのは、祭りよりもずっと前だ。
卓に置いてもらい、蓋を開け、火力弁の覆いを外す。
覗き込んだ手が、止まった。
弁の周りに、見覚えのない継ぎ足しの痕。半田は太く、留めは甘く、磨きは省かれている。
雑な――けれど確かに、ごく最近の、修復痕だった。




