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幻境の呼び声  作者: 船越 蒼波


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9/10

捜査局の封印命令

聴聞の場所は、VCIB東京支局の地下安全室になった。


誰にとっても望む場所ではない。ジャックには窓のない法廷に見えた。程嵐には、少なくとも回線を切れる壁のある部屋だった。欧州連絡班は、市民に近すぎ、真の権力から遠すぎると言った。それでも残り時間は四十七分。全員が最も不満な案を受け入れた。


中央には椅子が二脚。間には一方通行のガラスがある。左の患者服の林霧は、病院の生命維持装置から同期していた。右の黒い上着の林霧は、プラハの医療端末から現れる。互いの姿は見えず、声だけが届く。


程嵐は、東京、プラハ、パリにいる観察員の前で規則を投影した。誘導尋問をしない。本人が拒否した記憶を抽出しない。それぞれが別に意志を述べる。強制や外部干渉があれば、退会手続きを止める。


「誰が決めた規則?」ジャックが聞く。


「さっき、私たちが」


「どれだけ持つ?」


「誰かが不合理だと証明するまで」


欧州の観察員がすぐに反論する。「人格試料の法的地位は未定義です。暫定規則を恒久的な権利にしてはいけない」


「なら暫定の定義を、恒久的な削除に使わないで」凛が言った。


エミリーは制御卓で、二人の林霧に同源システムの干渉がないかを見ていた。重複率は七十六、八十一、七十九パーセントと跳ねる。近づきながら、互いを避ける二つの心臓のように。


「始めます」程嵐が言う。


患者服の林霧が先に話した。


「現実の身元を残したい。病院で治療を続けたい。母に会いたい。母のことをいくつか忘れ、僕が唯一の林霧ではないかもしれない。それでも、それだけで誤りとして扱われたくない」


「もう一人の部分を消してほしいですか?」


長い間のあと、彼は答えた。


「いいえ。ただ、僕たちが一緒に存在できるか分からない」


右側で黒い上着の林霧が短く笑った。嘲りか悲しみかは聞き取れない。


彼の番になった時、回線の遅延が急に増えた。プラハの映像は雨の線で裂け、背後には橋脚と川が見える。


「僕は現実の身元を退会したい。誰かに強制されたからでも、不適格だと思うからでもない。僕たちを誰が分けたのか分かるまで、ここにいたい」


「病院の林霧を消してほしいですか?」


「いいえ」


「あなたが原初の意識に近いと思いますか?」


「分からない。強いて言えば、僕の方が少し多く恐怖を覚えているだけ」


二人とも、相手の削除を望んでいない。だが欧州の観察員は「同源人格の相互保護では、協調を排除できない。第三者による真正性評価が必要」と言った。


「第三者って誰?」エミリーが言う。「ジェネシス?」


「国際評価組です」


「あなたたちの表では、黒い上着の林霧は最初から不適応の残余よ」


「専門性を保ってください」


「保っている。偏見を表計算にしたら、とても見栄えがいいというだけ」


程嵐が一時停止を押した。そのとき画面の黒い上着の林霧が顔を上げる。


「確認はいらない」


橋脚の奥から、白い面をつけた者が現れた。手には透明な瓶。中の微かな光は、誰かの呼吸のように明滅している。


「ゴースト」


背後でマッテオの声がした。彼は手錠ではなく監視用の腕環を付け、入口に立っていた。「君たちのシステムが私の移送車を地下駐車場へ入れ、扉を全部開けた。彼は遅刻が嫌いらしい」


白い面が瓶を掲げる。中から林霧の母の声がした。


――霧、ご飯よ。帰っておいで。


黒い上着の林霧の波形が激しく乱れる。


「それを持っていけ」


「あなたの記憶です」ゴーストの声が面の奥から響く。「売った記憶。自分を取り戻したいのでしょう?」


「返してくれなんて頼んでない」


「だが彼らは、あなたが本物の林霧か判定する必要がある。母が呼んだ記憶以上の証拠がある?」


ジャックはすぐに理解した。受け取れば外部データに汚染されたと言われる。拒めば人格の連続性がないと言われる。どちらでも彼は負ける。


「受け取るな」ジャックが言った。


黒い上着の林霧が彼を見る。「あなたに、代わりに言う資格がある?」


ジャックは口を閉じた。


瓶の蓋が開く。光は幼い林霧を抱く母の、ぼやけた映像となった。乳名を呼ぶ声に、黒い上着の指先が触れかける。


「触るな。それは君のものだ」患者服の林霧が急いで言う。


「君のものでもある」


「一緒に覚えられる」


その言葉で、室内が止まった。一つの記憶は、一人だけの所有物でなくてもいい。だが評価図表には処理できない。画面に赤い文字が出る。


**人格境界が不明確。**


「ほら」ゴーストが笑った。「人間のシステムは共有が嫌い」


程嵐の指は封印ボタンの上で止まった。押せばプラハの接続を切り、瓶の現実錨を失わせ、聴聞を技術障害で終えられる。安全室を守り、前例を避けられる。


しかし彼女は押さなかった。観察員の発言回線を切る。


「記録。両当事者は互いの削除に明確に反対している。共有記憶をシステムが扱えないことは、強制の証拠にならない」


「その解釈をする権限はない」遠隔画面の女が怒鳴る。


「現場指揮権はある。今は」


「保護しているの?」ゴーストが問う。


「手続きを守っている。不確かなとき、人を消す代わりに決めないという手続きを」


瓶の光は二つに分かれ、画面を越えた。一方は黒い上着へ、もう一方は患者服の前へ落ちる。二人は失った記憶を完全には取り戻さない。ただ同時に、同じ「霧」という呼び声を聞いた。


ゴーストは空の瓶を取り、闇へ退いた。


「聴聞は終わっていない。答えを高くしただけだ」


接続が切れる直前、黒い上着の背後にさらに大きい塔が見えた。頂の扉には、**Project Genesis/原初層**と書かれている。


三秒後、安全室の全扉がロックされた。欧州観察員の声が戻る。


「程嵐局長。越権による越境リスク処置の中断です。現地制御権を渡しなさい」


「聴聞は終わっていない」


「プラハ端末は違法仲介者に占拠されています。現実端は保護的封印を即時実行すべきです」


「保護的封印とは?」凛が聞く。


「L-01に関するすべての現実接続を切ることです」


ジャックは生命維持画面を見る。線を抜くように聞こえるが、線の先には、怖がり、帰りたがり、もう一人の自分を守った人間がいる。


「彼はどうなる?」


「生理指標には影響しません」


「身体のことは聞いていない」


「残余部分は、現行法では独立主体と定義されていません」


「なら法律が追いつけばいい」エミリーが言った。


程嵐の端末には強制令が届いた。L-01を封印せよ。関係捜査員の権限を凍結せよ。異常を国際評価組へ移送せよ。


彼女は端末を伏せる。


「先に、彼を安全室から出す」


「局長?」


「封印命令はインターフェースに対してだ。危険と判定されていない人間ではない。誰に、どんな実害を与えたか説明してから実行しなさい」


「未定義の人格です」


「それはリスクではない。あなたたちが定義する費用を払いたくないだけ」


エミリーが生命維持装置の外部回線を外し始め、凛が扉を守る。ジャックは患者服の林霧のそばに膝をついた。


「外が少し騒がしい」


「もう一人は大丈夫?」


「まだいる」


「消される?」


「消そうとしている人はいる」


林霧は頷いた。「あなたは?」


「したくない」


「止められる?」


「分からない」


林霧は服のポケットから、折り畳んだ塔の断面図を出した。頂に原初層。底には取っ手のない扉。


「北の棚より前に見た。僕たちは最初じゃない。原初層には、人の『残りたい』と『離れたい』を分けて保存するものがある。衝突を取り除けば、人は完全になると言った」


「信じた?」


「信じかけた。完全って、あまりに良い言葉だから」


図の端には座標と、短い文があった。


**鍵を持ち込むな。拒絶を一つ持っていけ。**


外で扉を叩く音が強くなる。程嵐が自分の身分カードで外扉をロックした。


「三分」


「停職になる」ジャックが言う。


「分かってる」


「なぜ?」


程嵐は赤い非常灯を見た。「弟が戻ったあと、何度も聞いた。どうして先に、行きたいかと聞かなかったの、と」


林霧がジャックの手首をつかむ。


「連れていかないで。今は。母が来るから、ここに残る。もう一人に伝えて。怖がることを責めていないって」


「伝える」


「聞いてくれる?」


ジャックは頷いた。この時、彼は「連れ戻す」とは言わなかった。


外部回線が外れ、モニターは一瞬暗くなってから戻った。身元欄のL-01が、空白になる。程嵐は新しい番号を書き込まなかった。


「名前を」彼女は言う。


「林霧」


扉が破られる前に、三人は側扉から退いた。程嵐は安全員たちの前に残る。廊下のエレベーターには誰もいないが、床に車票があった。


出発地:東京。


目的地:原初層。


乗客:三人。


裏面には、**拒絶を一つ持っていけ。**


だがジャックは、その夜すぐに原初層へは行かなかった。程嵐を今日のうちに守り、マッテオを助け、塔の仕組みを調べる必要がある。そこへ急げば、父の影を餌にされるだけだ。


雨に濡れたホームに、空の列車が来た。十秒だけ扉を開き、再び閉じて闇へ走り去る。


三人は追わなかった。


ジャックは車票を四つに折り、黒い傘の柄の隠し場所へ入れた。遠い場所で、誰かが扉を一度だけ叩いたような、小さな金属音がした。

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