母の知らない息子
高橋ユウの名前が削除予定リストに現れてから六時間後、リン・ウーは目を覚ました。
映画のように跳ね起きたわけではない。最初に人差し指が動き、看護師が「林さん」と呼んだとき、ゆっくり瞼が開いた。瞳孔は光に反応し、目は人を追い、端末に映る自分の名前も読めた。
医師は奇跡だと言った。
ジャックは、奇跡とはまだ注意書きに載っていない事故の別名だと思っていた。
病室の外には人が集まっていた。病院側、VCIBの記録員、警視庁の技術員、名乗らない政府顧問。チェン・ランは全員を観察窓の外へ追い出し、室内にはジャック、エミリー、主治医だけを残した。
リンの母はガラスに両手を置いていた。
「会いたがっていますか」
誰も答えなかった。
ベッドのリンは天井を見ていた。帰りの長い旅から戻ったばかりで、まだ降りるかどうか決めていない人のように。
「聞こえますか、林さん」医師が尋ねる。
彼は医師の名札を見て、次にジャックの身分証を見た。
「ここはどこですか」
「聖マリア脳機能医療センターです。三日間、意識を失っていました」
「失っていない」リンは眉をひそめた。「眠っていません」
ジャックが近づく。
「君はどこにいた?」
リンは彼を見た。
「あなたは、扉の外の人ですか」
「違う。ジャック・ハーヴェイだ」
「ジャック」リンはその名を繰り返した。「写真より、年を取っています」
「どんな写真だ?」
「雨の中にいる少年と一緒の写真です。少年は、扉の外は誰かと聞いていました」
ジャックは返事をしなかった。
このとき、林の母親が入室を許された。彼女はゆっくりベッドへ近づき、阿霧と呼び、息子の頬へ手を伸ばした。
リンは大きく身を引いた。
恐怖でも嫌悪でもない。知らない人が安全な距離を越えたときの、慎重な反応だった。
「触らないでください」
母親の手が止まる。
「お母さんよ。阿霧、私はお母さん」
リンは真剣な顔で尋ねた。
「お母さんって、何ですか?」
モニターの音だけが残った。
母親は、息子の子供時代を話した。雷を怖がったこと。隣の猫をクローゼットに隠したこと。人参が嫌いだったこと。彼は最後まで、初めて聞く資料のように聞いていた。
「それは、僕についての情報です」彼は言った。「でも、あなたを知りません」
少し考えてから、付け加えた。
「すみません。あなたはとても悲しそうです」
母親は声を上げずに泣いた。ジャックが彼女を病室から連れ出すとき、リンはずっと彼女を見ていた。知らないという事実に困っているようだった。
廊下でチェン・ランが言った。
「今の段階では、彼をリン・ウーと呼ばない」
「じゃあ何と呼ぶ?」母親が聞いた。
病歴には暫定的に、**主体L-01**と入力された。
「保護じゃない。剥奪です」エミリーが言う。
「間違った前提で取り返しのつかない決定をしないためです」
「番号にすれば、彼が戻りたくないと言ったことを聞かなくて済む」
「番号にするのは、戻ってきた彼が元の彼とは限らないからです」
チェン・ランの声は低いままだった。だからこそ、エミリーは彼女を単純な敵にできなかった。
昼、リンは弟ユウの資料を紙箱で持ってきた。学生証、修理記録、手書きの回路図、分解された古い音楽プレイヤー。
「ユウはゲームをしていない。でも三年前、公共案内用の古いイヤホンを修理した」
チップには雪の結晶の刻印があった。
「感情反応を記録する装置」エミリーが言った。「ジェネシスは、ゲームを遊んだ人だけを採取していたわけじゃない」
リンの電話が震えた。ユウが神保町のレコード店から出ない。
三人が店へ着くと、店内のレコードの人物の顔はすべて白い紙で隠されていた。試聴室にいたユウは笑って振り返る。
「姉さん、どうして来たの?」
リンは弟を抱き締めた。ユウは抱き返さなかった。正しい反応がわからない人の腕だった。
彼の耳元の修理用ライトを外すと、内部で青い線が明滅していた。
「誰かに、曲を聞かせてもらっただけ」ユウは言った。
「誰に?」
「帽子をかぶった男」
試聴室の奥には、古いカセットデッキがあった。流れ始めたのは音楽ではなく、林の母の声だった。
「阿霧、帰ってきたの?」
次にリン自身の、幼いころの声が聞こえた。
「ユウ、ついてこないで」
ユウは耳を押さえて床に崩れた。ガラス壁にはリン、ウー、ミラ、ローレンの影が映る。全員が家族へ同じ言葉を言った。
**連れ戻さないで。**
ジャックがデッキを止めても、ガラスの影は消えない。ガラスの中のリンがユウの手首をつかみ、彼を向こう側へ引こうとする。
「触るな!」リンが叫ぶ。
ジャックはユウの肩をつかんだ。エミリーはライトをデッキへ押しつける。高い音が鳴り、ジャックの脳裏に父の声がよみがえった。
**連れ戻すな。まず、どちらが自分で選んだ側か、本人にわからせろ。**
ジャックはユウに叫んだ。
「高橋ユウ。どちらにいたい?」
ユウは汗だらけの顔で姉と影を見た。
「選びたくない」
リンは弟の前に膝をついた。
「選ばなくていい。私のために選ばなくていい」
ガラスの影が止まり、ゆっくり手を放した。レコードの針はようやく同じ小節を越え、音楽は先へ進んだ。
デッキの中には薄い記録片が残っていた。
**第一群の削除は失敗。第二群の前に、忘却の塔へ到達せよ。**
病院へ戻ると、チェン・ランが待っていた。彼女は言った。
「忘却の塔は、記憶を通行料にする。入った者が、完全に戻るとは限らない」
「行ったことがあるの?」エミリーが聞く。
「一度」
「何を失った?」
チェン・ランはしばらく黙った。
「覚えていない」
夜、リン・ウーは天井を見てつぶやいた。
「母さんを来させないで」
次の瞬間、まったく別の声で言った。
「もう、塔の中にいる」




