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幻境の呼び声  作者: 船越 蒼波


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4/10

削除されたプレイヤー

朝七時十三分、東京は何事もなかったふりを始めた。


通勤客は透明な傘を差し、水たまりを避け、互いの目を避けた。ジャックは無標識の灰色の車の後部座席で、黒い傘を膝に置いていた。眠っていない。傘の柄に隠された古い鍵が、喉に刺さった骨のように気になった。


運転席の高橋リンがバックミラー越しに言った。


「その傘、持ってきたんですね」


「置いてくると、私より先に文句を言う」


「チェン・ラン局長は、404に近づくなと言いました」


「一目見るだけだ」


「勝手に動く人は、全員それを言います。その後で私が『一目見たらなぜ建物全体が停電したか』を書く羽目になる」


「礼儀正しかった、と書いてくれ」


「あなたのお父上の息子さんは、確かに人に迷惑をかけるのが上手です」


404アパートは、存在しない建物ではなかった。杉並区の古い通り、コインランドリーと閉店したカレー店のあいだにある四階建ての松風荘。側面の扉だけが消防用テープで封じられ、その上のプレートには数字がなかった。


エミリーが封鎖線の前で待っていた。彼女は住人名簿を渡した。


「十七年前の火災前、ここに住んでいた十二人のうち四人が、初期の没入治療を受けている」


「リン・ウーは?」


「いない。でも彼の父親がいる」


名はリン・チーミン。音響技師。備考欄には消された文字の端だけが残っていた。


G.E.


「Genesis Echo」エミリーが言った。「最初の回声システムの呼び名」


リンは警視庁の権限で鍵を開けようとした。表示は一度だけ拒否され、次にこう変わる。


**ここに記録はありません。**


「建物が、自分は存在しないと言っている」リンは端末を閉じた。「創造的ね」


二階の窓から入ると、廊下は昨夜の404と同じ形をしていた。名札にはリン・チーミン、リラ・サンダース、ローレン・ケイルの文字が並んでいる。現実に同じ住所を共有したことのない人々の名前が、同じ廊下にあった。


201号室には古い八トラック録音機が置かれていた。電源は入っていないのに、磁気テープは回っている。壁には音声波形の紙が貼られ、机には家族写真が一枚あった。


リンの父が幼い阿霧を抱き、横にはジャックの父が立っていた。


録音機が声を発した。


「これを聞いているなら、回声はまだ止まっていない」


ジャックの父の声。


「あれは、置き去りにされた人々が言い終えられなかった言葉だ。私たちは保管していると思っていた。だが、出口のない部屋を作っただけだった」


紙の波形が壁から落ち、鏡が現れた。鏡には病院の病室が映り、ベッドは空だった。代わりにローレン・ケイルが立っている。


「また遅れた」少年は言った。


ジャックは鏡に近づかなかった。


「何を遅らせた?」


「聞くこと」


鏡は砕け、破片は地下を指す文字になった。


**B1/アーカイブ。**


建物の図面には地下室がない。それでも廊下の突き当たりの扉を開くと、濡れたコンクリートの階段が下へ続いていた。壁には名前が増えていく。日本語、英語、フランス語、番号だけのもの。


地下室には古いサーバーが一台だけあった。


**Genesis Echo / Tokyo Node 04**


画面には、若いジャックの父、チェン・ラン、リンの父の映像が映った。


「回声が覚醒を拒んでいる」父が言う。


「アルゴリズムの誤差よ」若いチェン・ランが答える。


「違う」リンの父が言った。「彼らは選んでいる」


映像が消え、プリンターから一枚の紙が出てきた。


**削除予定プレイヤー/第一群。**


最初はリン・ウー。


次はリラ・サンダース、ローレン・ケイル。


四番目に、高橋ユウの名があった。


リンの顔が固まった。


「ユウは『幻境深淵』をしていない」


紙の下部に、実行時刻が印字されていた。


今夜、二十三時四十分。


サーバー画面に文字が現れる。


**連れ戻すべきでない者を選んでください。**


リンはケーブルを引き抜いた。だが画面は消えず、弟の名前だけが赤くなった。


「壊す」


「待て」ジャックが彼女の肩を押さえる。


「あれは弟の名前よ」


「わかる」


「わからない。ユウは機器が嫌いだった。脳を他人に貸すみたいだって」


エミリーが端末を調べた。「『幻境深淵』を遊ぶ必要はない。初期の導覧イヤホン、治療音楽、公共端末。ジェネシスはゲームに隠れたんじゃない。ゲームは一番正直な入口だっただけ」


画面には二つのボタンが現れた。


**保存。削除。**


残り三十九秒。


ローレンが階段の上に現れた。リンには見えない。


「また選ぶの?」少年が言った。


ジャックは首を振った。


「選ばない」


「選ばないことも選択だ」


「なら、その結果は私たちが負う」


エミリーがサーバーから名簿を複製し始める。リンの手はボタンの上で止まった。ジャックは彼女を見た。


「見てくれ」


リンは見ない。


「押さないで」


「押さなかったら?」


「あれに、誰を消すか決める権利はないと認めさせる」


残り時間がゼロになった。


画面は白くなり、二つのボタンは同時に消えた。地下室の灯りが戻り、階段のローレンはかすかに笑った。


「今回は、少しましだった」


複製された紙帯には、四人の名前の下に隠し項目が残っていた。


**起動者:J. Harvey。**


ジャックの手の中で、父の傘の鍵が震えた。


地上へ戻ると、雨水の中に子供の絵が浮かんでいた。人が二つの影を引いている。赤いペンで三つ目の影が足され、その横に一つだけ名前が書かれていた。


**ジャック。**

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