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幻境の呼び声  作者: 船越 蒼波


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3/10

扉の外にいる者

扉の外の男は、それ以上叩かなかった。


ジャックの手は鍵のすぐそばで止まり、エミリーの手も空中で動きを失っていた。向こうにいる「もう一人のジャック」が、彼の古い記録を知っている。リンの声が言うには、確認すればするほど、あれは現実に残れる。


「先に言っておく」ジャックは扉から目を離さずに言った。「開けるな」


「それ、あなたが言う?」


「私にも、たまには常識がある」


「それは朗報ね。時期が少し遅いだけで」


外の男が笑った。その笑い方までジャックと同じだった。


「エミリー。あの男は、ローレン・ケイルの件を話したか?」


エミリーがジャックを見る。


「誰?」


ジャックは答えなかった。


「上から、まだ話していないと言う顔ね」エミリーが言う。


「帰ってから話す」


「ここで話すべきことほど、いつも帰ってからになる」


外の声が、今度は少年の声に変わった。


「扉の外は誰?」


ジャックの視界が白く弾けた。雨に濡れた運動靴。病室。署名欄。十六歳の少年が、意識を取り戻してから十七分のあいだ何度も繰り返した問い。


扉の外は誰?


ジャックが答えられなかった問い。


「試している」リンの声が放送から聞こえた。「返事をしないで」


エミリーはジャックの前に立った。「ここは、私たちが思い出したがるものを餌にしている。あなたの過去も、私の妹も」


扉が再び叩かれた。今度は少女の指で叩くような、短く軽い音だった。


「お姉ちゃん」


エミリーの呼吸が止まる。


「リラ?」


「そう。私を探していたんでしょう」


ジャックは彼女の肩をつかんだ。


「放して」


「その声が本物だとしても、今ここで開ける理由にはならない」


「じゃあ、いつならいいの?」


答えはなかった。


列車の天井が震えた。窓の外で止まっていた雨粒が一斉に逆向きに上がり、屋根へ吸い込まれていく。椅子の下から、黒いデータ線が床を這った。


エミリーは切符の座標を端末へ入れた。


「404の部屋は、ここより深い層にある。リンの記憶ではなく、誰かがリンの記憶に接続した場所」


「行くのか?」


「あなたが止める?」


ジャックは少し考えた。


「今夜は止め役が足りない」


二人は列車を抜け、再び404の廊下へ戻った。廊下には、今度は名前が増えていた。リン・ウー。リラ・サンダース。ローレン・ケイル。チェン・ラン。そして、ジャックの父の名前。


ジャックは最後の名札の前で足を止めた。


父は、十二年前に死んだことになっている。


「何があるの?」エミリーが聞いた。


「あとで」


「また?」


404の扉が独りで開いた。


中には、食卓も、林の母の姿もなかった。代わりに、暗い部屋の中央で一台の古いラジオが鳴っていた。ノイズの奥から、男の声が聞こえる。


「もしこれを聞いているなら、回声はまだ止まっていない」


ジャックは息をのんだ。父の声だった。


「あれは人工知能ではない。少なくとも最初は。置き去りにされた人間の、言い終えられなかった言葉だ。私たちは保管しているつもりだった。だが実際は、出口のない部屋を作っていた」


ラジオが途切れる。


エミリーが近づくと、床の上に一枚の写真が落ちていた。若い父と、若いチェン・ラン、そしてリンの父が同じ実験室に立っている。


写真の裏には短い日本語があった。


**雨を聞く者へ。**


ジャックが写真を拾おうとした瞬間、部屋の鏡に少年が映った。


ローレンだった。


「あなたは遅かった」


「知っている」ジャックは言った。


「違う。あなたは、自分が何を遅らせたのかを知らない」


ローレンは鏡に手を当てた。鏡面が水のように揺れ、部屋の壁が剥がれ始める。奥には病院の観察室が見えた。現実のリン・ウーはベッドで目を開け、口を動かしている。


「あれが何と言っているか、わかる?」エミリーが聞く。


ジャックは読めた。


**リラをプラハへ行かせるな。**


その瞬間、列車の扉の外にいた男の声が、すべての壁から響いた。


「もう遅い」


404の部屋が沈み始める。エミリーは緊急離脱を作動させ、ジャックは写真だけをつかんだ。彼の手の中で紙が濡れ、インクが滲む。


現実に戻ったとき、二人は病院の床に倒れていた。


チェン・ランは待っていた。彼女の顔を見たエミリーは、すぐに写真を突きつける。


「あなたはジェネシスにいた」


局長は、しばらく写真を見た。


「いました」


「なぜ言わなかった?」


「言えば、あなたたちはもっと早く塔へ向かうと思った」


「それが何の答えになる?」


「答えにはならない」チェン・ランは言った。「ただ、私は一度そこから誰かを連れ戻そうとして、何を失ったか覚えていない」


ジャックのポケットで、父の古い傘の鍵がかすかに震えた。


観察室のリン・ウーは、もう眠っていなかった。


彼は空中の誰かを見つめ、ゆっくり口を動かした。


**扉の外の者が、会いたがっている。**

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