第三戦 MADっていう暮らしの始まり(9)
「放っとけば、最後あの子は激しい頭痛が起き、鎮痛剤を飲んでも効果がねぇ。だがツインテールを括ったら、元の性格を芸音は保てねぇし、最近ここ数ヶ月の間に自分が別の性格で何かをしてたかさえも忘れてたんだ」
「大体わかった。何か手伝えることがあるの」
「できればあの子の話し相手をしてやれ。喋れる相手がもう一人多ければ、その病状に役立てるだろう」
えーと、ただ喋るだけじゃ物事は解決できない気がするけど。この前おまえとRは試したことがあるって言ってたじゃないか。
というわけで、柳下だけじゃなく、芸音さえも口に出せないキズがあるんだ。
でも口に出せないキズと言えば……僕のような男らしさが欲しい人も同じだった。
「……わかった、承諾する。できるだけ芸音のことを注意して手伝うから」
「うん、どうも」
ただの簡潔な一言というものの、
あれは相手を信じると思ってる微笑で、柳下は僕に自らこんな表情を表したことだなんて一度もないから目に焼きつく。
まさにその時、突然今回の話し合いで僕を怯者って呼んでなかったのに気づいた。
僕の高校生活にもやっとまともなストーリーパターンが出てきたんだな。これから社会に出て高校生活はどうだったかっていう質問に向き合っても、切れ切れに声をあげて誤魔化すしかできないことはないんだ。
「あっ、ひたすら喋って本を読む余裕もなかった。芸音からおまえをこんな風に変装させて俺に見せるよう頼まれたんだろ。まったく面倒をかけるやつだな。俺の時間は大切だ、護衛なんていらねぇし。早く帰って芸音にそう言え」
……心の中でおまえを褒めてやったばかりなのに、すぐ以前の鼻持ちならない態度に戻るなんて。それなら今回の交流は全部パーになったじゃないか。
自分のものを片付けた、柳下が全部の本を抱えて勝手に離れようとしていた。まるで先ほどの話はなかったかのようだ。
今度の訓練を失敗させてはいけない。慌てて僕も立ち上がって、本棚へ移動する柳下を追いかけていく。
「おい……待ってよ……」
「何だ。やはりやめねえの」
「黒羽さんとRにこの任務を受けさせられたんだよ。彼女たちを断るなんて無理だし……」
「まったく。Rは棒付きキャンディで説得できるんだ。芸音なら俺の要求だと教えてやれ」
マジ悲しいことを聞いたなぁ。保護者に当る人は棒付きキャンディで買収できるなら、我が国の警察組織は甘い物だけで麻痺状態になりそうだ。
「駄目だよ、このまま帰ったらきっと芸音にコンクリートに封じられてしまう……」
「じゃ本を持ってくれ。しもべから始めよう」
と、一メートル近い本の山を抱える柳下がこちらへ向きを変えた。あのすんなりした腕の中に支えとする鉄筋があると思う。
「おまえ今は人生失敗の高校生だから、昇級したらしもべになる。この後おまえの行動によってレベルを上げたりして、ならいつか護衛になれるぞ」
「護衛の一つ前のレベルは何だ」
「掃除のおじさん」
「どのぐらいやればいいの!」
「知らねぇよ、問答無用だ。リーダーの意志に従うのは正道だぞ」
柳下が本の山を僕の前に押しつけたせいで、このつらい役目を受けるほかない。すぐに相手は勝手に踵を返して前へ歩く。
「早くしろ。まだ他の本を持つんだぞ。まず俺のあとについてこい……」
針が磨り減ったレコードプレーヤーをほうふつとさせ、柳下の声が小さくなってて、取って代わったのは血が体内に流動する脈動音である。
その音量が細い弦を弾くような音から太鼓を打つように猛烈になり、頻度は宛も加速するスポーツカーのタコメーターの如く急上昇してる。
呼吸は荒れ始め。神経に満ちる電流は自分の筋肉に沿って四肢へ走る。
これは直感が体を制御しておく前触れである!だが何……
……!
「柳下!」
「それから……あっ!」
宙に投げられた本がくるくると回ってる。
すでに腕が前の人の背中にぴったりとくっつき、力が手足を通して直感の制御で一気に放出する。
相手はこの力の影響でフロアに傾き、二体の体が重力作用で一瞬で床に倒れていく。
ドカン──!
残酷、非情、そして突然やって来る。いつも危険は当たり前のような姿で現れることだ。
飛び上がった本は最初の持ち主の体に落ちてきて、吹き飛ばされた木屑は雨の如く床にいる被害者を侵食していく。もうもうたる煙が通路のスペースに立ちこめ、書物の欠片は雪のように散り現場に舞う。
顔が床に向いた柳下。感覚を失う体と回すことができない首では彼女の状況が判断できない。
裂かれた人体組織のよう、柳下のかつらが目の前に抜け落ちて、その金色の髪の毛が視界に落ちた。
軍帽は落ちた本の山に存在を抹消され、マントはばらばらになった書物に埋もれてふきんのように手を覆う。
その音と爆発ぶりによると、この花火はC4爆薬のアドリブだと思う。
声を出したい。声を出して柳下の安否を確認したい。しかし口は宛も密封されたように動かせない上、血の味が口腔に拡散してるのを嘗めてしまう──舌を噛んだからだ。
「佐野……帽子を被って……」
「……え?」
「早く帽子を被れ……間もなく人が大勢来るぞ……」




