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第三戦 MADっていう暮らしの始まり(8)

かなり悔しいが、柳下が言ったのは事実だ。

「分かったな。うっかりすると命を失うぜ。俺の秘密をもらさなきゃ、何も要求なんてしねぇ。帰ったら芸音に──」

話が途中で急に止まった。柳下は凍ったように動作が凍結し、それからしばらく考え込んでいた。

「待てよ……おまえに手伝ってもらうことがあるかも……」

「手伝うって?」

「リーダーとして、勝手に前言を撤回するなんてできねぇ。先ほど何も要求なんてしねぇって言ってたけど、手伝って欲しいことがあるから今一つ承諾してやる」

「そんなに承諾だのって拘わらなくてもいいだろ。できることなら手伝うよ」

「いや、マイスターが本でこう言ってたんだ、適任であるリーダーにとって信用を一番重要なものにしなければいけないって。信用がないリーダーは、結局権力や利益を奪い合う遊びに酔いしれ、無駄な人間になってしまうと」

あのな、おまえはただの部長で、権力や利益を奪い合う遊びなんてできるか。

でも、本当に柳下は信用のことに対して、想像以上に拘ってるなぁ。

「むー、でも今何をして欲しいかまだ思いつかないけど……」

「じゃ、ペンディングにしよう、いつか思いついたらまた俺に言ってくれ」

きっぱりと返事した柳下、あの目つきの中に一片の虚偽も見つけられなかった。

相手が承諾したなら、僕も喜んで受け入れよう。その信用っていう点には、柳下を信じてるんだ。

「わかった。まず何を手伝って欲しいか聞いてみるよ。できることじゃなかったら仕方ないけど」

「芸音の病をめんどう見てくれるのか」

やっ……病?

驚きのせいか、一時目玉が回せなくて、ただ無駄に相手の顔をじっと睨むしかできなかった。

「……芸音?彼女はどうしたの」

「昨日もオフィスで目撃しただろ。あの普段とさっぱり違う芸音」

「あれはおまえを守るための装った姿じゃないの」

「マジ装うならよかったが。芸音には演技性パーソナリティ障害があるんだ」

演技性パーソナリティ障害?何それ?そんな名詞まったく聞いたことがない。

「誇張した表現とか、情緒不安定とか、極度の刺激を求める心理など……全部あの障害の特徴だ……」

「そんなに酷くはないだろう。ただおまえが気をまわ──」

「ちげえ!」

バンと巨大な机を叩く音が静寂の図書館の中に木霊して、柳下はあえぐとともに彼女の歯が見える。

マジで忘れがちだな僕は。柳下に対して、きっと芸音は勝手に評論されるって許されない人物だった。

「……失礼した。高ぶりすぎた」

「大丈夫、こっちこそ謝るよ……芸音は演技性パーソナリティ障害があるって言ったよね。根拠は」

「以前の芸音はこんなんじゃねぇからだ」

さっき強く否認した態度と比べて、今の言葉は柔いぐらい軽い。

特に、柳下の声から、隠そうとする物寂しさと切なさがとらえられる。

「最初からあの子は俺のことをユアハイネスなんて呼ばねぇし、性格も普段髪を解く場合と同じ……だがその後……」

微かに口をぱくぱくしてるが、話はここまで止まってしまった。

相手の心の声が聞こえないけれども、恐らく芸音の過去に何か起きたせいであんな風に変わったんだろうな。

でも、その「過去」ってのは何だろう?この点を明らかにすれば、どうして芸音があんなになったのか理解できると思う。だが決してこんな質問など聞いてはいけないのもわかるし、たとえ柳下の承諾があっても勝手に介入するのは駄目だ。

「その後何かが黒羽さんを変えて、あんなツインテールを括る場合の状態を現れさせたのか」

「うん……それに益々酷くなってきてる。あの子はもうどっちが真の自己かわからねえんだよ。俺とRも世間話できるだけあの子を気晴らしさせたりしてるが、このままじゃどのぐらい持つかわからねんだ」

「どうしてお医者さんにかからないの」

「薬くらいで問題を解決できたらこんなことを教えてやらねぇよ。特定の時間になったら、芸音はツインテールを括ることで落ち着きを保たないと、さもなければ……」

ここまで言って、急に柳下がわなわなと震えてる。

「あの子は誰にも気づかれずに下着を盗んだり、バスルームに隠しカメラを設置しようとしたり、さらに真夜中寝床に潜り込んで彼女と一緒に……ハダカで寝るのを頼んだりする……」

それは変態と言った方がいいな。精神疾患とはまったく別のことだと思う。

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