第8話 邂逅
二人とも上等な服を着て美しい容姿をしていた。
若い女の方はシュタナートは何度か会ったことがある。
トリア伯の令嬢であるエレイアである。
20歳前後でトリア伯の奥方や嫡男と同じ金髪でよく似た感じがだが、さらに美しく、シュタナートが今まで見た中で最上位の美女のだろう。
彼女に対してはシュタナートは何故か他人とは思えない無い親近感と同時に苦手意識を感じるという不思議な感覚があった。
幼い少女の方はシュタナートは一度も目にしたことは無いが、大事に守っているのでエレイアの妹だろうと思った。
妹イシュアと思われる幼い少女は10歳くらいの年齢に見えるが、美しい赤髪、神秘的で意志の強そうな金眼が特徴的で、大人びた雰囲気で聡明そうだ。
他のトリア伯の家族とは似ていない感じだ。
そして幼い少女ながら、このまま順調に成長すれば、姉の美しさと同等かそれを超えるかもしれないと予見させる容貌だった。
この眼はどこかで、シュタナートはイシュアの金眼に既視感を覚えた。
恐怖に駆られた表情をしているのはエレイアの方で、イシュアの方は憎悪の表情をこちらに向けている。
「これは噂に聞いていた以上の美貌ですな。イスカリアの王太子が執着するのも納得です」
エレイアはイスカリア王国の王太子と恋仲で逢瀬を重ねているとも事だ。
王太子は何度もエレイアとの結婚を王に願い出ているが、トリア伯はそれ程有力な諸侯では無く、王家としては政略結婚として旨みが無いため許可が下りないとの事だ。
自分への暗殺を成功させる事で功を立てて、トリア伯は婚姻を成立させるつもりだったのではないという話をシュタナートは耳にした。
「お願いします! 私はどうなっても構いませんが、せめて妹の命だけは助けてください!」
賢明にも自分が助からない事を察しているようだ。
当初はシュタナートは二人を苦痛無く始末しようとしていたが、王太子とエレイアとの事がフィーネ殺害の原因になったかもしれないと思ったので、少し考え直した。
「だったら姉を妹の前で輪姦でもしましょうか?」
可愛い一人娘を殺害され、誰よりもトリア伯へ憎悪を持つダレス導師長からは苛烈な意見が出た。
それを聞いてエレイアは一層恐怖に駆られた表情を、イシュアは更に憎悪の表情を強めた。
「流石に妹の前でってのは可哀そうですよ。まあやる方は大賛成ですが」
鎧を身に付け、武装した部下が笑みを浮かべながら言った。
戦闘が終わった後の強姦はよく聞く話だ。
しかしシュタナートは女をむりやり犯すのは好きでは無い。
そしてある残酷な考えが頭に浮かび、冷酷な笑いを浮かべながら言った。
「では選択肢を与えよう。我が《悶死》の魔術をかけた後も助命嘆願が出来れば助けてやろう。もっともこの魔術を受けると凄惨な苦痛を味い死ね事になるので、助かるのは妹だけだがな。それが嫌なら苦痛無く姉妹共々殺してやる。まあどちらのも場合も凌辱はせぬから安心しろ」
それを聞いて強姦を期待していた者ががっかりしたようだ。
《悶死》の魔術はシュタナートの編み出したもので、当初は苦痛を与える事のみ目的としたが、余りの苦痛に掛けられた者は一人の例外無く発狂しながら死んでいくため、重罪人を処刑する時に使用される。
最近では重罪人は魔術の実験材料にするためあまり使わないが、昔は結構な頻度で公開処刑で使用したため魔術師団内では有名な魔術だ。
「では選択の余地はありませんね。その魔術とやらをお受けしましょう」
エレイアは考える時間も置かず、怯えた表情から一変し、毅然とした表情で言った。
シュタナートはその返答を聞いて、愚かなと思ったが、妹を守るための自己犠牲的行為に過酷な死を与えてしまう事に躊躇いを覚えた。
「姉上……」
妹が姉を心配する表情で見つめた。
「もう一度言うが、《悶死》の魔術は筆舌に尽くしがたい苦しみだ。しかも受けて生き延びた者は一人もいないし、助命嘆願の出来ずに狂い死ぬだろう。その選択を選んだ事を後悔することになるぞ。変更するなら今のうちだ。変更したとしても何も恥ずべきことは無い」
「姉上、やめて」
悲痛な表情でイシュアが口を挟む。
「構いません。約束は必ず守ってください」
「我が名、シュタナート・ジオールと永遠たる係累魔術師団に懸けて誓おう」
事実、シュタナートは自身と魔術師団の信用のためにも基本的に約束を破る事はほとんど無い。
特に自身と魔術師団の名をかけた時には一度として破る事は無かった。
「それではやってください」
促すように言った。
シュタナートはエレイアの妹を守るための見事な姿勢に感服し、残酷な結果をなる事を憐れみながら、《悶死》の魔術を詠唱し、発動させた。
エレイアはたちまち絶叫をあげ、床に崩れ、のたうち回った。
イシュアはそれを見て、「姉様」と悲痛な悲鳴を上げながら、エレイアにに必死に抱き着いた。
百の数を数える程度の時間、エレイアは絶叫し、のたうち回った後、事切れたように静かなった。
いつもの通り死亡したかとよく見ると、エレイアは顔が死人のように蒼白になりながらもまだ意識があり、シュタナートをはじめとした魔術師団の面々は驚いた。
「では約束どおり妹の命は助けてください……」
エレイアは息も絶え絶えに床に倒れながらも、なんとかかすれた声でこちらに顔を向けて言った。
シュタナートはエレイアに近寄り、そして抱え起こそうとしたが、イシュアがそれを邪魔するようにエレイアに覆いかぶさったので、近くに跪き、
「そなたの尊い行為によって妹の命は保証された。安心するがいい。決してこの誓約は破らぬ」
シュタナートは敬意を持ってそう言った。
それを聞いて少しの間笑顔を見せると、張り詰めていた緊張が解けてエレイアは眠るように意識を失った。
イシュアが目に涙を溜めながら「姉様」と連呼し、エレイアの体を揺らすが、意識は戻らない。
シュタナートは《生死判定》の魔術を詠唱し、発動させた。
それを見て、イシュアはエレイアを守るように強く抱きしめる。
頭の中に対象の情報が流れてきた。
結果論だが、惜しい事をしたとシュタナートは思った。
《悶死》の魔術は勿論、殺したことにさえ後悔の念が沸いてくる。
「諦めろ、既に死んでいる」
必死な様子で姉に呼び掛けているイシュアに対して言った。
イシュアの目から溜まった涙が流れ落ちる。
そして今までで一番、憎悪に満ちた目で睨みつけながら、
「姉上以上の苦痛を与えてお前を必ず殺す」
年端も行かない少女とは思えぬ迫力で言った。
シュタナートは殺さぬと宣言した手前、この少女をどうするか思案した。
エレイアのためにも粗末には扱えない。
姉がこれだけの傑物なら妹もひょっとしたらと思い、シュタナートは《潜在能力測定》の魔術を詠唱し、イシュアに掛けようとした。
するとイシュアから幼子とは思えぬ強い魔術への抵抗を感じたので、さらに魔力を込め発動させた。
魔術はイシュアに無事かかり、頭の中にかなり量の情報が入ってくる。
術者の魔力と技量が高い程、掛けられる者の様々な情報が得られる。
そして驚愕した。
魔術師団の素質はありそうな者を中心にかなりの人間を測定してきたが、イシュアの潜在魔力は今まで測定した中で群を抜いていた。
また魔力以外も能力も非常に高いものだった。
しかし、よくはわからないが、なにやら制限みたいなものも感じられた。
「くく、素晴らしい!」
思わず不敵な笑みを浮かべ、呟く。
「この娘は色々面白そうだ。どうせ殺せぬと誓約したし、私が連れて帰るとしよう」
シュタナートはイシュアの潜在能力を知って、一瞬ふとある考えが浮かんだが、
その考えはすぐさま思い直した。
「姉上や家族の仇であるお前になど付いていくか!」
イシュアからは強い拒絶の意志が感じ取れる返事が返ってきた。
「この娘はここで死んだことしておけ。これは命令だ。トリア伯の娘は二人とも死んだ。いいな」
シュタナートは周囲の部下達に凄みのある表情で命じた。
部下達から了承の言葉が返ってくる。
しかしこれだけ多くの人の口を完全に塞ぐのは、難しいだろうとはシュタナートは思った。
そしてシュタナートはイシュアに《深睡眠》の魔術を詠唱し、発動させた。
イシュアは先ほど同じようにかなりの抵抗だが、シュタナートは最初からかなりの魔力を注ぎ込んだので、ほどなくしてイシュアは、その場に崩れ落ちそうになるも、すかさずシュタナートが体を支える。
「少し、連絡を取らしてもらう」
そう宣言すると、シュタナートは《通話》の魔術を自宅にいる家令であるリハルト・フォーエン導師長に送った。
『私だが、今から《転移》で帰宅する。10歳くらいの少女の客人を連れて帰るので、客室に寝具を用意し てくれ』
《通話》の魔術は長距離であればある程、情報を盗み取られる危険性が高まるので注意が必要である。
場合によっては暗号を使用するが、今回は盗まれてもいいような会話内容なのでそのまま送る。
しばらくして《通話》の返事が返ってくる。
『おおご無事ですか。先ほどの件、了解しました。それでは最後までお気お付けて』
無事を安堵しているのか、リハルトの嬉しそうな感じが伝わってくる。
「私はこの娘を連れて一足先に《転移》の魔術で帰還する。あとの事は頼むぞ」
すぐ近くでやり取りをしていたので、丸わかりだが、改めて周りの部下達に伝えた。
「かしこまりました」
部下達から返事が返ってくる。
シュタナートは杖を持っていない左手でイシュアを抱え、頭の中に目標地点を思い浮かべながら《転移》の魔術の詠唱を開始した。
《転移》の魔術はかなりの高等魔術で、使い手の数はかなり限られる。
長距離を一瞬で移動出来るので、極めて便利な魔術であるが、出現する場所に予期せぬ障害物があったり、位置を違えたりすると体の一部を失う程の大怪我をしたり、命を失ったりする事がある。
また稀にだが他の世界に転移してしまい、そのまま帰ってこれないこともあるという。
しかし移動先の場所で魔術的な誘導を行ったりすれば、その危険性はかなり軽減することが出来る。
シュタナートの邸宅には《転移》を誘導に特化した部屋があり、かなり安全に帰還することが出来るが、一人でも連れて行くとなると難易度が更に増すので、全く油断出来ないわけではない。
起きて暴れられた場合、シュタナートの技量といえども危険なのでイシュアを眠らせたのであった。
《転移》の魔術が完成し、シュタナートが光とともに姿が消えた。
そしてシュタナートとイシュアは床に描かれている魔法陣しか無い殺風景な部屋にいた。
魔術による照明が灯っているので、十分明るい。
部屋の扉の前に何人かの者がいた。
リハルトが中央に一人だけ、少し前に出て、他の使用人は横一列に並んでいる。
よく見ると服装に若干の乱れがある。
《通話》から間もないので、急いで来たのだろう。
上品で穏やかそうな高位の魔術師とわかる男、リハルトは
「お帰りなさいませ、シュタナート様」
と声を掛け、他の者も後から唱和した。
「こんな時刻に、しかも急な出迎えすまないな。すまないついでに、この子を抱きかかえてほしい。片手だと流石に腕が疲れる」
「これは随分、可愛らしいお客様ですな」
リハルトはイシュアの容姿を誉め、そして一人の使用人に視線で合図を送り、その使用人がイシュアを受け取った。
起きていた時は、子供とは思えぬ迫力で睨めつけていたが、寝ているときは非常に愛らしかった。
「とりあえずその子を客室に寝かせてやれ。あとリハルトと少し話したい。他の者は休んでくれ」
使用人達が部屋から出た後、
「あの子はトリア伯の娘だ。しかし魔術の資質が非常に高く、将来的には私すら超えてしまう可能性すらあるかもしれん。しばらく私の手でそれを見極めたいと思っている。無理だと判断しても、解放は出来ぬが、それなりに不自由の無い生活はくれてやろうか。彼女を守って死んでいった姉のためにも」
高い素質があるとはいえ、それを開花出来るとは限らない。
素晴らしい素質があるのに優れた魔術師になれなかった者は何人もいる。
シュタナートも若い頃は素質が開花出来ずに苦しんだ一人だ。
しかもイシュアの能力には制限が掛かっているようにも感じられた。
「もしあの子があなた様のご期待どうりなら、いずれはフィーネ様のお代わりでもなさるつもりでしょうか?」
リハルトは真剣な眼差しで聞いてきた。
「まさか、さすがにトリア伯の娘だ。目の前で私に姉を殺されて、私に対する復讐を望んでいる。まあ魔術で精神を操る手立ても無くは無いが、しかしフィーネの代りなど居やしない。彼女は私にとっての唯一無二の存在だ。この子の事は単なる酔狂だと思ってくれていい」
シュタナートはあまりその分野に精通していないが、魔術で精神を操る術もある。
しかし失敗した時に精神に異常が出てしまう可能性もあるので、どうなってもいい相手以外は注意が必要だ。
そしてフィーネの事に関しては強い口調で言った。
フィーネへの思いは自らを庇って殉じた事により強固なものとなったのだ。
「そうですか、安心しました」
リハルトもフィーネの事をシュタナートの妻として相応しいと思っていたので、彼女を失ったことを非常に残念だと思っている。
素質が高いというだけで代りにしようとするなら、シュタナートを遠慮無く非難するだろう。
「まあ、あの子の事はそんなに気を使わなくても良い。素質が優れているとはいえ、所詮はフィーネの仇の直系血族だしな。しかしひょっとしたら、いずれは少し面白い事になるやも知れんな……」
何故かそんなイシュアに期待を抱いてしまうシュタナートがいる。
あまりにも大きなものを失った反動かもしれない。
シュタナートとイシュア、二人の永い永い物語はこうして本格的に幕を開ける事となる。
これにて雛鳥の章は終了となります。
次話より幼鳥の章を開始します。




