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新たな旅立ち3

 シュタナートが異世界行きを決めてから、半年程が経過した頃のある日の執務室。


「至聖、グラッドロア様がお越しとのことです」


 老齢で気品のある、服装から見て高位の文官の男が、書類と睨み合っているシュタナートに声を掛けてきた。

 彼は唯一の皇帝の身の回りの世話をするの者たちの統括者である侍従長だ。


「来たか、では通してやれ」


「はっ、しかしあのグラッドロア様と本当にお一人で会うつもりでしょうか? せめて近衛兵を中に入れた方が……」


「グラッドロアは忠実な臣下だ、何も心配は無い。それにもし万が一、歯向かってきても私は力でのし上がった人間だ、やはり何も心配は無い」


「ですが……」


「私のことを案じてくれるのは良いが、少々しつこいな。これは命だ、連れてまいれ」


「ははっ」


 シュタナートの命令に逆らうのは大罪であるので、侍従長は観念した表情で、部屋を後にした。



「至聖、グラッドロア様をお連れしました」


 一旦、部屋の外に行った侍従総長はすぐに一人の男を連れて戻ってきた。


「うむご苦労、貴様は下がってくれ」


「はっ、御意」


 侍従長はグラッドロアに一礼し、シュタナートに深々と一礼した後、再び部屋を出た。


「良く来たな、グラッドロア」

 

「はっ、ご多忙の中、私のために時間を取って頂いたことを感謝します」


 男はやや長身で30代後半に見える年齢で厳めしく武人のような感じはするが、無表情で常人離れをした雰囲気を纏っていた。


「まあ、一度じっくり話をしとかんと折角私に下ってくれたグラッドロアに筋が立たんな。今日聞きたいのはやはり私が異世界へと旅立つことの話かな?」


 シュタナートはグラッドロアに対して先程の侍従長とは違い、気を使ったような口ぶりで話す。


「ええ、至聖が退位して、ご子息に位を譲るという話は聞いていましたが、異世界へと行くという話は聞いていませんでした。当然ながらこの世界のためにもすぐにお戻りになるつもで?」


 退位するとい話は異世界行きを決めてからそれ程日にちを経たず、臣下たちへ伝え、民たちにも伝わったが大きな動揺や混乱見られなかったが、異世界に行くを最上位の臣下及びシュタナートに近い者たちへ伝えたのはつい最近のことだ。


 そう言ったグラッドロアは無表情であるが、かすかではあるが怒りのようなものを長年、上に立つことで培った観察眼を持つシュタナートには感じ取れた。


「いや、すぐには戻る気は無い。向こうで成すべきことを達成するまでは戻るつもりは無いので、少なくとも当分は無いな、むしろ戻らずに更に他の異世界へ行くかもしれない」


 シュタナートは努めて冷静にそう言った。

 その言葉を受けてグラッドロアの雰囲気が変わり、辺りに緊張感が走る。


「私は地位などでは無く、貴方だからこそ従っております。貴方が異世界へ行ったとなると後を継ぐご子息に従う道理はありませんが」


 グラッドロアは今度は怒りを隠さずに言う。

 その迫力は人を超えていた。

 

 その迫力にシュタナートは内心、怖気ずくものがあった。

 

 シュタナート程の者が怖気ずくのはグラッドロアが最強の種族である竜、しかもその中でも特に力を持つ竜王だからである。

 正面からの戦闘ではシュタナートもイシュアも敵わない。

 恐らくはこの星最強の存在で、ある程度まともにやり合えるものは、上位巨人族の最強個体、吸血鬼の始祖、それと例外的な最上位の魔獣、神獣くらいだろう。

 今、グラッドロアが人の姿をしているは当然、魔術によるものであるが、基本的に魔術は自身の魔力等を元に力を操る(すべ)であるため、竜から人の様に質量を大きく変化されるのは一筋縄ではいかない。

 また可逆的に竜の姿に戻るとなると更に難しく、人が同じようなことをするのは不可能であろう。

 だが魔術で姿を変えてることでその強さは最強の人間程度と大きく落ちている。

 更にこの部屋はシュタナートに有利に働くように出来ており、更に身に着けている衣類、装飾品は強さ、特に防御面を大きく上げて、更にこの部屋から《転移》も容易となるので、もしグラッドロアと戦いになったとしてもまず負けることは無く、致命傷も負わないだろうという目算があったので、二人きりで部屋で会うことにしたのだった。


 グラッドロアをはじめとする竜族は千年程前は世界を三分する巨大帝国を作り上げていた最強の種族だ。

 シュタナートの統一事業に多大な貢献をし、30年程と比較的短期間での世界制覇を成し遂げれたのは彼等の活躍があったからである。

 優れた飛行能力を持つため通常の軍勢とは比較にならない速度で迅速に目標に到達することが可能で、空中に居るため剣や槍等の白兵戦武器は役に立たず、弓や主力武器になりつつあるマスケット等の銃器類でも上空の目標には大きく威力が落ちるため、硬い鱗を持つ竜には大きな傷を与えることは難しい。

 逆に遠距離から広範囲に致命的な威力のブレスで一方的に攻撃することが出来る。

 五感や身体能力全般に優れ、十分に成長した個体は賢く、強力な魔術を使いこなすものも多い。

 成長した竜には特別な対抗手段を保持しない通常の軍では、例え万の数がいようが、一方的に打ち負かされる可能性は高い。

 単体では最強の種族は間違い無いが、大きな体躯と魔力故に大量の食料の確保が必須なため、広大な狩猟場所の縄張りが必要で、そのせいで個体数は少数で、シュタナートに従う前は基本的には群れの形成することも無かった。

 グラッドロアの他には表立って活動している竜王は確認されておらず、故に彼が偉大で強大な全竜族の最上位であり、この帝国内でも上位巨人族やハイエルフの最上位者や吸血鬼の始祖と共に、上級王よりさらに上でシュタナートの直接の子たちである親王に匹敵する”副帝格”という特別な立場が与えられ、更にグラッドロアはその中でも筆頭であり、天軍と呼ばれる最強の軍をも指揮する。

 しかし副帝格といえども序列や格式こそは高いが、基本的には同種族や直接の部下にしか命令権は無いので、特別高い権力がある訳では無く、ありとあらゆるものに全てに優越する命令権がある唯一の皇帝の絶対的な大権からすればたいしたものでもない。

 また最強かつ偉大な存在である竜王をも従えている事実がシュタナートの権威を絶対なものとしているのだった。

 この竜王をあらゆる面で超えることがシュタナートの目標でもあった。

 

 そんなグラッドロアの怒りに、シュタナートは主君として、また世界の支配者のしての威厳から全く表情に表さなかったが、何とか穏便にこの話し合いを進めたいと思った。

 

「それに私だけでは無なく、上位巨人族、ハイエルフ、吸血鬼の各首領たちもあなたが居なくなったら、ご子息方に従わないことが予想されますので、お考え直した方が良いかと」


 グラッドロアは威圧するように更に言葉を続け、シュタナートが異世界へと旅経つことが余程嫌なのか、他の副帝格の面々も同調するであろうことを伝えてきた。


「うむ、グラッドロアの言うことは間違っていない。血統だけで、上に立つことのが出来るのは人ような下等な種族くらいだな。私が去った後は別に従わなくて良いし、少し前の様に自由して貰って構わない、他の副帝格の連中も同様にな」


「ですが、我々が従わぬとなると後継の方に帝国の維持は不可能になり、大きな戦乱が巻き起こるかと」


「私はどうやら平和ではなく、剣をもたらすために来たようだな」


 シュタナートを少し遠くを見ながら、思い出したように言った。


「は、はあ」


 そのシュタナートの言動にグラッドロアは少々あっけを取られたようだ。


「しかし混沌側に近い竜族がその様なことを心配しなくても良いだろう。貴様の言う通り、世界は大きな混乱が訪れるだろう。だが、それは多くの種族にとって良き試練となり、乗り越えた時には強く成長することだろう。逆に私のようにいつまでも死にもしない存在がこの世界に永遠と居座るとなると様々な面を歪めてしまい、可能性を狭めてしまうこととなるだろう。その様な世界は多様性や面白味が無くなる」


 シュタナートはイシュアの言っていたことを拝借して伝えた。

 聡明なグラッドロアはその言葉を聞いて、シュタナートの様な極め強大な存在が、長きに渡って君臨するとなると、その存在があまり強大過ぎて、他が圧迫されて成長や発展を阻害してしまう可能性も十分にあり得ると思った。

 更にシュタナートだけだったら、付け入る隙はあるので排除するのは可能であるが、あの女が側にいる限りはそれは不可能であり、長きに渡って他を圧迫することになるだろうとも思った。


「確かに至聖の言うことに一理はあると思いますが、異世界へ行ってしまわれるのは他のものたちがお仕え出来なくて、非常に残念で寂しい思いをして嘆くこととなるでしょう」


 グラッドロアはシュタナートが異世界へ行って欲しく無い、一番の理由を他のものたちのせいにしながら、情に訴えた。


「うむ、他のもののほとんどは無理だが、貴様も私が行く異世界へ来るのはどうだ? 一緒に転移することは成功率が下がるらしいので無理だが、方法を伝授しよう。並みの存在なら、かなり難しいが、グラッドロアだったら十分に可能であろう」


 シュタナートはグラッドロアの思いを見透かして、提案をした。


「しかし、行くのは上位世界で、こちらが相対的にかなり弱体化するという話ですが」


「うむ、そうだ。私が異世界へ行ったとしたら、凡人程度の力しか持たないらしい」


「至聖が凡人程度ですか、そうなると私も……。 やはり陛下と一緒の異世界へ行くのは無理の様ですな。竜帝が滅び不死鳥が姿を変えて、折角手に入れた世界最強の座を捨てることは……、気前の良い至聖とは違い、私には出来ぬことです」


「む、そうか、それは私も残念だ。まあ、私も頂点を捨てることに全く未練がないわけでないが……。しかし、こういうことは自由意志が大事だから、無理にとは言わない。しかしグラッドロアと共に異世界でも今の様に至上の地位を獲得したかったが……」


「上位の世界でも今の地位を手に入れるおつもりですか?」


「まあ、そうだな。勿論、今の世界を手に入れるよりも、遥かに難しいことだと思うが、しかしそれが遣り甲斐があって面白いというものだ」


「何という行動力、何というか陛下は実にお若い」


「若い? 見てくれはそれだが、今世だけでも五十過ぎ、前世も合わせると百をとうに超えてるぞ。まあ、グラッドロアに比べれな若輩者であるが」


「お言葉ですが、私には至聖の魂、存在そのものがお若くみえます。若さは未熟さ等も含むものではありますが、更なる成長の余地があることでもあります。至聖はまだ赤子の如く大きな伸びしろを感じます」


「ふむ、誉め言葉と受けっとおこうか」


「それ故に悲しいことですが、歳をとり過ぎた私のはお供するのも難しい。今は良くてもすぐについていけなくなるのは明白ですので」


「私も貴様をはじめ、多くのものたちと別れるのは、悲しいことであるが、それも乗り越えることは一つの成長とも考えている。まあ、これからの旅立つまでの長くない期間を共に楽しんでいこうではないか」


「はい、しかし私たちは見送るしかないようですな。他の副帝格たちにも私の方からも話しておきましょう」


 グラッドロアはやはりこの方には逆らえぬかと思い、不承不承でかなり残念ながらも納得したようだった。

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