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新たな旅立ち2

 しばらくすると、城内でイシュアが地下の実験場と並んで良く居る区域にたどり着く。

 そして待ち合わせしている部屋の前で歩みを止める。


「皇后陛下がお待ちしてます。どうぞお入りくださいませ」


 一行に気が付くと入り口を警護している近衛兵は最敬礼をしてから扉を開けて、中に入るよう促す。

 シュタナートは部屋へと入り、他の者は外で待機した。


 部屋の中は唯一の皇帝の正妻に相応しく広さではあるが、華美な豪華さはそれ程でもなく、落ち着いた感じの寛ぎ易い部屋である。

 やはり煌々とした双頭の不死鳥がわかり易い場所に飾られいたが、それ以上に否が応でも目を引くのは部屋の中には男?のようなものが天井から吊るされいることだ。

 背中の肉に金属製の鉤を深く食い込ませて天井から紐で吊るされていて、両手足をほぼ付け根の部分から切断され、目鼻耳性器は抉り、そぎ落とされて、他にも痛々しい傷跡が全身にあり、その姿を見ただけも心に傷を負う者も少なく無いだろう、凄惨な姿をしている。

 その真下には大きな受け皿の様な物が置いてある。


 シュタナートもこの者を見るのは初めてでは無く、事情も知っているが、いつ見てもギョッとする。

 ここまで無残な姿をしているのは訳があり、この者はシュタナートに対する重大な反逆行為の行った上に、最後の慈悲の機会さえも拒否したため、この最酷刑に処されたのだ。

 仮に慈悲を拒否しなければ火刑というごく一般的な酷刑に処させれていただろう。

 彼のあまりに酷い姿はある意味、シュタナートたちのやってきたことの暗部を象徴していて、自身の行いが決して綺麗ごとばかり無いことを教えてくれる。

 

 そして吊るされた男の後ろには女が居た。

 その女は赤と金の髪色で、しかも見るたびに赤の箇所と金と箇所が変化する、炎が燃えるような極めて特殊な髪色をしている。

 よく見れば上等であるのがわかるが、派手さが無くどちらかというと地味な衣装を着て、顔を隠す薄布が垂れ下がっている帽子を被っている。

 薄布とはいえ顔の輪郭ぐらいしか見えないので、幻術系の魔術が付与されて顔が見えないように様にしているようである。


 シュタナートに気づくと帽子を取り、非常に美しい顔が露わになる。

 歳は20前後に見える。

 

「やあ、シュタナートよく来てくれた。すぐに済ます故、掛けていてくれ」


 そう言うと、イシュアは手に持った水差しの先端を部分を吊るされている男に口に持って来て、中に入っている液体を飲ませた。


「うう、うがっ」


 吊るされた男はもぞもぞとほとんど残っていない両手足を動かす。

 目も鼻も無く、歯は全て抜かれて、喉も潰されているのでわかりずらいが、この液体を飲むことを嬉しがっているようだ。

 舌だけは健在なので味わうことが出来き、それがこの絶望的なこの男の数少ない楽しみでで、この液体のみが唯一の食糧であり、これだけで長期の生命維持が可能なイシュア特製の優れものである。

 

 この吊るされた男は今はこの部屋の飾りであり、愛玩動物や玩具であり、イシュアに飼育されていて、時に拷問とも言える厳しい躾を受けるが、反逆者ではあるが気骨があることや飼い始めた期間が長くなってきて、愛着が出てきたことでそこそこ可愛がられている。

 

「イシュア、それで話とは何だ」


 シュタナートは言われた通り椅子に座ると、世界統一の最大の貢献があるが、それがかなりの上層部以外は知られていない影の功労者に声を掛けた。

 彼女にとってほとんど全ての者は取るに足らない存在なので、そのものたちに称賛や評価されることは煩わしいだけなので、あまり功績を表に出ないようにしている。

 

「やあ、シュタナートよく来てくれた。じっくりと話がしたいのでとりあえず掛けてくれ」


 言われた通りにシュタナートが椅子に座って、イシュアの方へ顔向ける。


「統一を達してからしばらく経つが、最近は国の方は段々と安定してきているようだな?」


「そうだな、順調だ」


 シュタナートが専念すれば千年の統治すら可能かもしれない。


「それでどうだ? シュタナートの感情は?」


「感情?」


「うむ、とても重要なことだ。正直な感情を聞かせてくれ」


「そうか。私、いや私たちが作り上げたものが安定するのは良いことだと言いたいところであるが……」


 そこまで言うとシュタナートは複雑な表情になる。


「であるが?」


 イシュアはシュタナートの言葉の続きを期待するようなに嬉しそうに口調を真似をした。

 

「正直に言うと国が安定するにしたがって、だんだんと面白味が無くなってきたな。統一に向かって邁進していた頃や統一間もない不安定な頃は遣り甲斐があって、なかなか面白かったが」


「うむ、私の予想通りだ。そしてシュタナートがそのような気持ちになるはのは、こう言っては何だが好ましくある」

 

「ん? 一体どういう意味だ?」


「私たちはこの世界を統一し、絶対的な地位を手に入れた、世界の頂点と言っても良いだろう」


「うむ、そうだな」


「しかし頂点ともなると最早、昇るべき場所は無くなる。それが向上心の強いのシュタナートにとっては面白くない」


「うーむ、確かにそうかもしれんが、しかしそうなるとこれからの人生が張り合いが無くなってしまうな」


 シュタナートが少々つまらなそうな表情になると、イシュアの方は励ますような表情へと変化して


「何、今の世界で昇るべき場所が無いのなら、別の世界へ行ってまた頂点を極めれば良いことだ」


「は?」


「私は今、異世界のことを研究していてな、たまたま良さそう世界があったのだよ。そこへ行く転移の方法もまだ時間は掛かるものの完成の道筋は見えてきた」


 イシュアの真剣な眼差しは冗談を言っているのでは無い事を表している。


「まさかイシュアはその世界へ行きたいと思っているのか?」


「ああ、勿論シュタナート一緒にな」


 イシュアはシュタナートに対して珍しくねだる様な表情で言った。


「しかし私は主として世界を統治しているのだぞ、そう簡単に行くことは出来んだろ」


「そんなことはアルバートらに任せれば良いだろう」


 イシュアはどうでも良さそうに答えた。

 彼女は統一事業までは遣り甲斐がありそうに絶大な貢献をしてシュタナートを支えたが、それを終えて統治する段階になると、見るからに興味を無くしてしたので、シュタナートの方も貢献を求めなくなっていったのだった。


「アルバートに後を譲るというかの? イシュアは奴にこの世界の統治が……」


 息子アルバートがこの世界を問題無く統治出来るかを尋ねようとしたが、言い終えずに言葉を濁した。

 尋ねてしまうと彼女から完璧な答えが返ってきて、それによって自分が制限されるのを恐れたからである。

 

 息子アルバートは並みの人間から見ればそれなりには優秀であるが、シュタナートの様な特別なカリスマ性も無ければ、イシュアの様な特別な頭脳も無いので、後を譲って二人が他の世界へ行ってしまうと、帝国が維持出来ずに崩壊して、大混乱が巻き起こるだろうとシュタナートは予想できてしまう。


「何、今の世界のことなど気のすることは無い。それに行こうとしているのは上位の世界でな、この世界では能力的にも極まったが、そこでは我々の能力は凡人以下の力しか無く、我々を超える存在が当たり前なのだよ」

 

 イシュアは今の世界のことはどうでもいいことの様に言い、行く予定の世界のことはさも楽しそうに言った。


「なんだと、その世界では我々は凡人程度の力しか無いというのか……」


 シュタナートはイシュアの言葉に逆に惹かれるものがある。


「ああ、だが私たちはそこの世界に行ったとしても、この世界と同じ様に頂点に立つことも不可能では無いと思っている。勿論、この世界での労力とは比較にならんが」


 シュタナートはイシュアの言葉に更に惹かれるが……


「正直、興味はそそるが、支配者としての責務が……」


「シュタナートが異世界へ行くことによって、帝国が崩壊したとしたら、当然大いに混乱し、過酷な状態となるが、だがそれは多くの種にとって良い試練となるだろう。淘汰により、適応出来ない者や弱い者が数を減らし、強く適応出来る者が生き残る。種として悪いことでは無い」


「イシュアは自分にも厳しいが、他人にはもっと厳しいな」


 シュタナートはイシュアの大自然の如き厳しさに苦笑しざるをえない。


「それに逆にあまりにもぬるい状態であると、徐々に数を減らしていき、衰退していくことになるだろう、まあこれはまだまだ先の話ではあるが」


「うーむ、過酷な状況が種としての成長を促すのはことは私にも何となくは理解できる。しかし多大な犠牲を払って折角統一したのが自己満足以外に意義が無くなってしまう」


「シュタナートの世界統一により各国はもとより異種族間の様々な考え方や文化が否応なく接することで影響し合い、混ざり合った。影響し合い、混ざり融合した文化は学術、技術、芸術、大衆文化、更には魔術の発展を促進し、新たな思想や社会体制を生む出すことだろう。シュタナートのやったことは後世にかなりの影響が出ると思うぞ」


「ふむ、そう言われるとそうかもしれんな」


 イシュアの言葉は正しい間違ってる以前にいつも妙な説得力がある。


「それにシュタナートという極めて強い存在によって無理やりつなぎ止めているのは不自然で良くない。唯一の皇帝が至上だとする思想、価値観が強くなり、多様な考えを抑圧するだろうし、やはり民族や種族単位で自由にやらせた方が健全に発展するだろうし、均一な世界よりも多種多様な世界の方が面白いだろう。もしシュタナートが普通の人間のように数十年で死んで居なくなるのなら、良いかもしれんが、そうもいかんだろ」

 

「うーむ」

 

 確かに長きに渡り異常に強大な存在が君臨し支配し続けると、歪みを生むことは理解出来るし、まだまだ全知全能には程遠いものによる上意下達では目の届かないことも当然出るので、この構造には限界があるようにも思えいる。

 シュタナートはイシュアの話を聞いて、しばし考える。

 そして吹っ切れた表情で口を開く。

 

「私でなければ、全てを持つ世界の覇者の地位を捨てて、わざわざ凡人になるために異世界に行くことなどそうそうは無いだろう」


 シュタナートは少し引っ掛かりのある笑みを浮かべながら、完全に妻の掌の上だと悔しいので回りくどい言い方で、自身の意志を伝えた。


 シュタナートの言葉を聞いて、イシュアの顔に笑みがこぼれる。


「さすがは我が伴侶、素晴らしい決断だ。良い返事は貰えるとは予想してはいたが、実際に聞くと実に嬉しいものだな」


 シュタナートは一度言ったことを、特にイシュアにはいい恰好がしたいので、ほぼ翻すことが無いので実に嬉しそうだ。


「まあ君の期待に応えることが出来て嬉しいよ」


「実に喜ばしい。では、その偉大な決断を称えて、この者にも恩赦を与えてやるか」


 そう言うとイシュアは魔術の詠唱を始め、吊るされている男へ掛けた。

 魔術に精通するシュタナートには痛みを無くす効果があるものであると分かった。


「解放だ、それでは良き世界へと安心して旅立て」


 そう穏やかで慈愛に満ちた表情で言った後、イシュアは短刀を手にして男の体を何か所を切りつけた。

 するとイシュアが人体を知り尽くしている所為なのか、切りつけられた箇所から驚く程に出血して、下に置いてある大きな皿へと滴り落ちる。

 間もなくこの男は絶命するであろう。

 だがそれはイシュアにとっての慈悲であることは間違いない。

 救済のための死、それは遥か未来のイシュアである存在が全ての死を生み出した理由である。


 程無くして、男は絶命した。

 顔がかなり損傷しているのでわかりにくいが、その表情は満足そうだ。

 イシュア本人も気付いていないが、その言葉によって祝福がなされたため、来世での恩寵が授けられたのだった。


「だが異世界に行くにあたって、この世界のことも色々とやっておきたい。すぐとはいかず一年ほど間を設けてくれんか?」


 ひと段落すると、シュタナートはイシュアにそう声を掛けた。


「うむ、私もこの世界のことを知り尽くしておきたいので、そのくらいの期間は良いと思う」


 基本的にイシュアはシュタナートの言うことを何だかんだ理由を付けて賛同してくれる。


「もう決めてしまったことで、今更であるが、異世界に行った後は戻ってくることは出来たりするのか?」


「さすがに今の時点では推測になるがまあ可能であろうな。しかし一度行ってすぐに戻るというのは少々後ろ向きの姿勢であるので、あまり好ましいとは思えんな。情報取得系の魔術で親しい者の近況等を知るの留めて置くぐらいが良いかと思う」


「そうだな、行くからにはその世界でも頂点を極めるまでは決してこの世界には帰らないくらい気持ちが必要かもな、なんせのその世界では凡人の身になるのだからな。ところでもしも次の世界でも頂点を取ったとしたら、何をしたいとかあるか?」


「頂点を取ったらか? やはり更に上位の世界へ行ってそこでも頂点を取りたい。またそこでも頂点を取ったら更に上の世界でだな」


 イシュアは頂点を取った後、その世界を破壊しつくしたい欲求もあるのだが、シュタナートが無益な殺戮を好まないので、それを尊重して口には出さないし、実行することもしないつもりである。


「おいおい、そんなに都合良くそのような世界があるというのか?」


「様々な異世界のことを研究しててわかったことだが、人が想像しうる、それも遙か未来の英知の極まった人が想像しうる、ありとあらゆる多様な世界が存在する可能性が高いのだよ」


「人が想像しうる、ありとあらゆる世界だと? それだと例えばこの世界に生きるものと上の世界の生きるものとの力の差が虫けらと神以上であるとして、その上に更に上位の世界があって、上位の世界と更に上位の世界での力の差が虫けらと神以上でと、キリが無く上位の世界が存在することになるが」


 シュタナートはイシュアに自身がとっさに思いついた、上位世界が無限に連鎖する多重構造を、そんなことはあるわけが無い、と思いながら聞いてみた。


「うむ、いずれはその最上位の世界でも頂点を極めたいものだ。まあ、途方もなく時間が掛かるので、気の早い話であるが」


 シュタナートは無限に上位の世界があるということは、果てが無いので最上位もなく、いくら時間を掛けたとしても永遠に辿り着けないはずである思うのだが、彼女なら何故か、最上位の世界へ至り、頂点を極めれるような気がしたのだった。


「そうだな、まずは遠い先の話よりももっと身近なことを話し合った方が建設的だな。では、最初に行く世界のことや行く前にどんな事をすれば良いか教えてくれないか」


「では、最初に行く世界はだな……」


 イシュアが最初行く予定の異世界について自身が知っている情報を教える。

 それを聞いてシュタナートは色々と興味が沸いてくる。

 二人は他にも様々な異世界に関することや行くための準備等の話を、遺体を傍らに置きながら夜遅くまでしたのだった。


 そうしてシュタナートは出来るだけ円滑に異世界へと旅立つための準備に頭を悩ます、忙しい日々が始まった。

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