第13話 シュタイン夫妻
「ア、アオラか!?」
部屋の中に居たのはかつてのシュタナートの最もお気に入りの愛人であったアオラであった。
だがその姿は16年ぶりのはずなのに、あまりに若々しく、20代半ば程にしか見えない。
シュタナートが命を落とした時のアオラの年齢は20で、それから16年経っているので36のはずだが、とてもそうには見えない。
幻術の類かとも思ったが、その分野にも精通していたシュタナートであった者には違うように思えた。
「お久しぶりです、シュタナート様。いや違いましたね」
そう言うとアオラは意味ありげにほほ笑む。
「初めてお目にかかります、私はドラクルの妻のアオラでございます。以後お見知りおきを願います」
落ち着いた感じで他人行儀に言う。
久しぶりの再会だが、喜ぶそぶりはまったく見せない。
彼女の言葉や雰囲気からはシュタナートの時には向けられていた好意や愛情が感じることが出来なかった。
アオラの容姿は以前の子供っぽさは消えて艶っぽくなり、大人の女になっていた。
以前と変わらぬ美人、いやより美人になっており、クラウドとエリザベスにその面影がかなりある。
ドラクルは容姿が優れているわけではないのに、二人の子が美しいのはアオラの血を引いているからだろう。
ライルとなってから出合った女の中でアオラは最も魅力的だ。
「まあ、座って話そう。しかし色々驚いているようだな。アオラは君、いや総大導師の死後、私の妻となった。私は前の妻とは上手くいって無かったし、彼女のことは以前からいい女だと思っていた。総大導師はあの女にかまけた上に亡くなってしまって、アオラが傷心していたし、職も失っていたので私が色々面倒を見る事になった。以前からいい女だと思っていたしな」
ドラクルが普段、冷静な割には熱を込めて語り始めた。
ドラクルがアオラの近くに行き、二人は寄り添いように長椅子に座り、ライルも言われた通りに対面の長椅子に腰を掛けた。
二人がお互いにいたわるような感じなので仲の良い夫婦であることが窺い知れた。
「前の妻とは子が出来なかったせいで、上手くいかなかったので、アオラのことを愛していたがすぐには結婚はしなかった。私が結婚自体に億劫なったし、私のせいで子を生めないのも彼女を愛しているこそ辛いものだ」
「うむ」
自分のせいで愛する者が子を持たせてやれないのは辛い、ということはライルも同意することだ。
「しかし帝国に移ったある日、アオラの妊娠が発覚した。君も知っての通り《老化軽減》実行者は妊娠される能力は皆無では無いものの相当低くなる。当然、私はアオラの浮気の可能性も疑った。《血縁感知》という魔術の存在を聞いたことがあったので、必死に調べて取得し、まだお腹の中の子に対して掛けてみた。すると私との強い血縁関係が判明した。前の妻ともかなり子作りを頑張ったのだが、アオラとの相性がすこぶる良いせいであろうな。そしてすぐに結婚を申しこみ、良い返事を貰ったのだ。しかし《血縁感知》の魔術が存在していてくれて助かった」
ドラクルにしては熱く、早口ぎみに語る。
「アオラが随分と若く見えるが……」
ライルの質問を言い終えぬうちにドラクルが答えだす。
「ああ、それは君なら気付いているかもしれんが幻術の類でも《変身》系の魔術で体を変化させているわけでもなく、《老化軽減》が掛かっているような状態なのだよ。私も誰かの様に愛する者と長い時間を共にしたい」
「何?、《老化軽減》を他者に掛けて成功してるだと」
《老化軽減》を他者に掛けて成功している例はライルの知る限り一つとしてない。
長寿や不老不死を求める非魔術師の権力者は少なくないので、需要は大きいであろう。
シュタナートも《老化停止》や《老化軽減》を他者に掛けるのは、同じ時間を共に歩める伴侶を得るために研究したことがあるが、成功の道筋すら全く立たず断念している。
「これもアオラとの相性が良かったからではあるな。互いが《老化軽減》の状態にもかかわらず、エリザベスまで出来たことは驚いた。他の対象でも実験してみたが、そちらでは全く駄目だったのに。しかし通常のものの知識や経験が流用出来るが、やはり未知の領域ゆえどうしても危険性がつきまとう。明日にも副作用で命を落とす事すら皆無ではないと思う。だがアオラは危険を承知で私と同じ時間を共に過ごすことを選択してくれた」
そう言うとドラクルは元々寄り添うように座っていたが、より近くに抱き寄せるようにする。
アオラの方も満更でもなさそうである。
一緒になって十数年は経ているはずだが、まるで新婚のような雰囲気である。
ライルは自分がいるのに自重しないことに少々の苛立ちを覚える。
「他者への《老化軽減》の維持に手間や労力が掛かり、他の魔術研究等が疎かになり、そのおかげで大導師としてはあまり貢献出来ずに少々微妙な立場であるが、やはりアオラこそが一番なので致し方ない事だ。むしろアオラへの《老化軽減》をより完璧にして危険性を皆無にすることこそが、今の私の魔術研究の全てだ」
そしてドラクルは真剣な目をライルに向ける。
「ライル、私は君に過去から変わない親愛の情があるので、出来るだけ世話をしたいと思う。しかし私は家族、特にその根源であるアオラが一番大事だ。シュタナート・ジオールが夫や恋人がいる女には手を出さないことを知ってはいるが、アオラに迫ったり、色目を使ったりしないことを改めて誓ってはくれないだろうか?」
「わかった。今の私とシュタナート・ジオールの名に懸けて誓おう」
ライルはドラクルを安心させるために力強く言う。
今までの自分としては夫のある妻、しかも親密な相手の妻に手を出さないことは当然であったが、魅力的なアオラを見ると名残惜しい気持ちが出てくる。
「これで万全だな。いつまでもこの家で過ごしてくれて構わない。それに出来るだけ君の力になろう」
ドラクルは安心した表情で言う。
シュタナート・ジオールがまず約束を翻さないというのは有名な話だ。
「ライルさん、私達は過去には色々ありましたけど、今はこの人の妻です。そしていつまでも貞淑な妻でありたいと思います。それ故に冷たいと取れる言動をするかも知れませんがお許しください。そしてお互いに現在の立場で生きましょう」
アオラのライルに向けられる視線や表情はドラクルに向けられる暖かく優しいものと違い、冷淡なものであった。
そして突き放す感じで言う。
言葉には力強さがあり、強い拒絶の意志を感じる。
アオラはライルが最も好みである意志の強い女に成長していたのだった。
ライルにしてもシュタナートにてもここまで冷淡な態度を取られることは稀であり、しかもその相手がお気に入りのアオラであったため、軽く衝撃を受ける。
「しかし、やはり君を連れてきて正解だったよ。3人目が欲しいのだが、どうも最近は長く一緒にいるせいで、どうしてもマンネリでね。しかしこれで刺激出来て、燃えそうだ」
ライルにはドラクルの言う事がそれなりに理解が出来る。
フィーネと婚約してから二年間の間、彼女しか性交しなかったため、次第に刺激が無くなりマンネリ気味になっていたが、フィーネが他の男と性交することを想像しながらやると興奮した。
フィーネに対する絶対的な信頼と性行為で悦ばすことに自信があったため、いずれは他の男と実際に性行為をして貰いたいとすら思ったのだ。
「あなた」
アオラがドラクルを睨みながら一言発する。
その表情はライルがかつて一度も見たことのない迫力があるもだ。
人前で夜の生活をばらされたので、立腹したようだ。
「す、すまん。調子に乗り過ぎた」
ドラクルも今まで見たことのない、申し訳なさそうな表情でアオラに謝罪する。
大魔術師の夫と元使用人の妻だと、夫婦の力関係は夫の方に偏りそうではあるが、どうやらこの二人は違うようである。
ドラクルにとってアオラが極めて特別で代替えの効かない唯一無二の存在であるからだろう。
「ま、まあ今日はライルの歓迎を込めて、普段より豪勢な食事を用意していて、そろそろ出来上がる頃合いだ。子供たちも呼ばなければならんし、そろそろ出ようじゃないか」
夫婦の様子を見ているライルにドラクルは誤魔化すように言った。
そして3人はドラクルの提案通り部屋を出た。
この部屋での話はライルに様々な感情の変化をもたらしたが、二人が幸せそうだったのが何よりだ、と思った。
ライルは食堂でシュタイン一家との食事を楽しむ。
ドラクルが言っていた通り、王家からのもてなし等を含む様々な豪華な料理を食した記憶を持つライルにとってもなかなかのものであった。
さすがにドラクルは王家程は富裕ではないので、かなり奮発したであろうことが窺える。
ライルはこの場ですでに懐いているエリザベスの兄のクラウドとも打ち解ける。
思っていた通り、将来性のある子で礼儀正しく、賢く、魔力も既にライルより高かった。
食事の後も兄妹と遊び、意外にも楽しい時間を過ごす。
ライルは生まれた村での兄弟ことを思い出し、将来は普通に家庭を持つのも悪くはないか、とも思いもした。
就寝の為、解散する頃にはライルは二人の兄のような感じになっていた。
夫妻はというと一緒に風呂に入って、今夜は早めに寝床に入るらしい。
ライルも長旅の疲れがあるので、イシュアのことが気になるものの、早めに寝床に入る。
アオラの魅力的な姿が思い浮かんできて、悶々としたものの、疲れと良質な寝具によって程なくして睡眠に落ちたのだった。




