第12話 シュタイン宅にて
ドラクルに案内されながら玄関に入ると、数人の使用人と二人の子供が出迎えてくれた。
「旦那様、お帰りなさいませ。そしてお客様ようこそお越しくださいました。使用人一同、精一杯おもてなしさせて頂きます。何なりとお申し付けください」
使用人の中で最も年配で位が高いとも思われる人物がそう声を掛けると深く頭を下げ、他の使用人たちもそれにならう。
「すいません、お世話になります」
ライルは使用人たちに軽く頭を下げて返す。
「そしてこの二人は私の子だ。魔術でも確認したが間違いなく実子だぞ」
ドラクルはローブを着たライルより2、3歳くらい下の少年とそれよりだいぶ幼く、上等な服を着た娘を指してそう言った。
その言葉を聞いてライルは驚く。
何故なら《老化軽減》を実行している者は大幅に生殖能力が低下するからだ。
しかも一人だけではなく二人もだ。
自身との間で血縁を判定する魔術もあるが、それを実行するの監察及び諜報部門を統括していて疑い深いドラクルらしいと言える。
「私の名はクラウドと申します。父からは大切なお客様と聞き及んでおります。どうかごゆるりと我が家に滞在していってください」
少年の方がしっかりとしたよどみない挨拶し、頭を下げた。
「次はエリ―の番だよ」
クラウドはすぐ横で隠れるようにモジモジと少年の衣服を掴んでる少女を優しく促す。
「わ、私はエリザベスです。よ、よろしくお願いしましゅ」
幼いので、舌足らずでぎこちない挨拶をした後、ペコリ頭を下げて、すぐに少年の後ろに隠れようとする。
二人の子供は双方ともなかなか容姿が良く、冷徹に見えるドラクルとは違い、やわらかい感じである。
ドラクルの面影もあったが、誰かに似てるなともライルは思った。
その二人に対してドラクルはシュタナートであった時には見たことことのない優しい表情で見守る。
「私の名はライル・ウォレスといいます。クラウド、エリザベス、それに使用人の皆様方、どうかよろしくお願いします」
ライルは笑顔で挨拶を返す。
「彼、ライル君は私の大変世話になった人の縁者であるから、皆良くしてやってくれ」
「かしこまりまた」
「はい、父上」
「はい、おとうたま」
「では彼とまだ話がしたいので、私が客室まで案内しよう。皆は下がってくれ」
ドラクルはそう言うとライルを伴いその場を後にした。
「なかなか幸せそうではないか。《老化軽減》を実行してる身で二人も子供が出来るとは驚いた。しかし奥方はいないのか?」
子供達と使用人たちから遠ざかると、ライルはドラクルに話しかける。
ドラクルの妻には何度かシュタナートの頃に会ったことがあった。
「君の知っている妻とは離縁している。今の妻とは再婚して、あの二人の子をもうけた。ちょっとした都合で君に会わすのはもう少し後だ。ところで長旅で疲れているだろう。湯浴みでもして汗を流したらどうだ?着替えもこちらで用意しよう。食事にはまだ時間があるので」
「そうだな。言葉に甘えるとしよう」
真水が貴重な船内での生活が長かったので、今のライルは小綺麗とか言い難い。
「それと必要なものでもあったら言ってくれ」
「では、この街の地図を借りれないか? 出来るだけ詳細な物が良い」
「地図? まあいいか。あとで人をやるので、その者に届けさせよう。浴場はその者に尋ねると良いだろうう。終わったら私の部屋に来てくれ。多少の用があるのでな」
「わかった」
ライルが返事をした後、少しばかり歩いてある部屋の前に立ち止まる。
「ここが君の部屋だ。気兼ねなく使ってくれ。では私の部屋で会おう」
ドラクルはそう言って部屋の扉を指した後、その場から去っていった。
ライルは扉を開けて部屋に入る。
掃除も行き届いており、なかなか良い部屋だ。
その部屋で荷物を整理しながら、しばらくくつろいで待つ。
「ライル・ウォレス様、ご希望の品を持って参りました」
数回、扉を叩く音の後、声が掛かる。
「どうぞお入りください」
「失礼します」
そう言って先程、玄関で出迎えてくれた使用人の一人が、手に荷物を抱えて部屋の中に入ってきた。
「こちらが地図でこちらが着替えになりますね」
そう言うと使用人はライルが座っている椅子の前にあるテーブルの上に、詳細な地図と真新しいローブと下着を置いた。
「ありがとうございます」
礼を言うとライルは地図を手に取る。
「湯浴みに行かれますか? 用意は出来ているので、場所の方を案内しますが」
「この地図ですぐに調べたいことがあるので、浴場の場所はこの場で適当に教えてくれれば問題ありません」
「わかりました、では場所はこの部屋を出ましたら……」
使用人が場所の説明をした後、一礼をして退室していった。
「さてと」
ライルは早速、イシュアに付いている”印”を探知する魔術を詠唱した。
この魔術は何度も使用し、研究をしたので色々と細かい調整が効くようになっていたし、目標との距離も近くなったので、かなり詳細な場所や動きが把握できるようになった。
”印”の場所と地図を照らし合せると、どうやらイシュアは先程通りかかった魔術学院に居るようだ。
しばらく探知しているとイシュアは移動を開始する。
どうやら魔術学院から出て行っているようだ。
日が暮れ始める時刻なので、おそらくは帰宅し始めたのであろう。
そこでライルの魔力は尽きてしまう。
「今の魔力量ではここまでか……」
ライルは疲労し、悔しそうな表情で独り言をつぶやく。
もっと長い時間探知してイシュアの住んでいる家の場所まで突き止めたいと思っていたが、今の魔力ではこれまでのようだ。
次にまとまって探知するには十分な睡眠をとって魔力を回復させなければならない。
しかしイシュアの居場所の一つを特定出来たのは極めて大きな成果である。
ライルはどうすればイシュアに会えるかを思案しながら、真新しい着替えを手に場所を教えられた浴場へと足を運ぶ。
魔術による利便性が図られいるなど、なかなか使い勝手の良い浴場で、これならシュタナートであった時でも満足のいくものであっただろう。
ライルはあまり汚さぬように気を使いながらも、長い船旅と先程の魔力を大量に使用したことによる疲れを、湯を浴びて癒す。
元々、風呂は好きであるが、久々に入るのは更に格別であった。
気に入った女と入ればもっと最高だろうなと、ふと思った。
さっぱりしたライルは今まで着ていた衣服を置くために一旦、部屋に戻った後、ドラクルの部屋の場所を聞くために人を探す。
廊下を歩いていると、隠れているつもりでライルを覗いている小さな女の子を発見した。
「やあ、エリザベス。君の父上の部屋に行きたいから、教えてくれないか」
ライルは優しい魅力的な笑顔で話しかけた。
「お、おうとうたまの部屋にな、なにかごようでしゅか?」
エリザベスは声を掛けられると、ビクッとなり、警戒しながら答えた。
「君の父上に呼ばれている。用があるとか言っていたな」
「ならしょうがないですね。わたしが案内しましゅ。ついてきてください」
少し面倒そうにエリザベスは言う。
「すまない、エリザベス。助かるよ」
ライルは歩きはじめたエリザベスの後を追う。
「ところで、君の父上は凄いな。この広い帝国で最高の魔術師と聞いているぞ。それに君の兄上も年少ながら魔術の才能がありそうで、なかなか将来有望そうだね」
無言で後を追うのも何なので、ライルは話しかける。
それを聞くとエリザベスの表情は明るくなる。
「そうなの、おとうたまもおにいたまも凄いの」
誇らしげな表情でエリザベスは答える。
「エリザベスも負けず劣らず将来は有望そうだね。大きくなったらきっと美人になるよ。母上もさぞかし美人なんだろうね」
ライルは別に世辞ではなく、実際にそう思っていることではあるが、ドラクルが目を細めている娘なので気を良くさせて、仲良くしておこうという意図はあった。
「そ、そんなことないよー」
エリザベスが嬉しそうに謙遜する。
美しいライルに容姿を褒められることはエリザベスには効果てきめんの様だ。
「ライルはどこから来たの? 何歳? 好きな食べ物は?」
ライルに興味が湧いたのか、色々な質問をしてくる。
その質問に優しく答えながら歩いていると、エリザベスはある部屋の前で少し名残惜しそうに立ち止まる。
「ここがおとうたまの部屋」
「ありがとう、エリザベス。助かったよ」
「じゃあ、私が言ってあげるね」
そう言うとエリザベスは扉を数回叩き、
「おとうたま、ライル・ウォレス様をお連れしました」
と声を張り上げて部屋の中へ呼びかける。
中からは返答は無いが、しばらくするとドラクルが扉を開け、出て来た。
近づいてくる足音も全く無かったので、この部屋には《防音》が掛けてあるのだろう、とライルは思った。
「おお、エリーがライルを案内したのか。私が言った通り、さっそく良くしてやっているのか。偉いぞ」
「えへへ」
ドラクルはそう言うとエリザベスの頭を優しく撫で、エリザベスは嬉しそうな表情をする。
「では、これからライルと部屋で大事なお話があるから、エリーは先に戻ってくないか」
「はい、おとうたま。あとライル、私のことはみんなエリーって呼んでるから、そう呼んでね。じゃあ、またね」
「ありがとうエリー、またね」
ライルは手を振り、エリザベスを見送る。
エリザベスも手を振り返しながら、パタパタと去って行った。
「人見知りがある子だが、短い時間ですっかり懐いたようだな。さすが君だな」
ドラクルはエリザベスが行った後もすぐに部屋に入ろうとはせずに、話しかけてきた。
「なかなか良い子だな。それに将来は美人になりそうだ」
ライルはドラクルがすぐに部屋に入らないのを少し不思議に思いながら、答える。
「気に入ってくれているようだな。さすがに今は駄目だが、十年後以降に妻として幸せにするというなら、やっても良いぞ」
ドラクルは冗談にしか聞こえないようなことを、さも冗談では無さそうな顔で言う。
「な、なにを。私はそういう意味で言ったのではない」
ライルはドラクルの返答に少し、動揺する。
「ふっ、どうだかな。あの女をさらった時の歳とエリザベスはそれ程変わらんではないか」
あの女とはイシュアの事を指しているのだろう。
だがあの時のイシュアと比べてもエリザベスはさらにだいぶ幼い。
「私のことをそういう趣味だという者もいるが、そこは断固として否定する」
ライルは真剣な表情で否定する。
幼いイシュアをさらったことにより、シュタナートは幼児性愛者であると言う者もいる。
シュタナートであった時は彼が恐ろしいので、滅多に耳に入るものでは無かったが、ライルになってからシュタナートの話を聞くたびに、たびたびにその様な趣味があった、との話を耳にした。
これはかなり心外なことであった。
「うむ信じよう。今のエリザベスに欲情されるようならこの家に置くわけにはいかんが、実際に総大導師が幼子に手を出したなんて話は情報を統括してる私の耳にさえ入らなかったからな。まあ後は部屋の中で話そう。君なら気付ているかもしれんが、この部屋には《防音》が掛かっているので大きな声で気兼ねなく話しても大丈夫だ」
ドラクルはライルの力強い言葉を聞くと、少し安心したような表情になり、そう言うと部屋の扉を開けて中へと入っていく。
ライルもそれに付いて入る。
そして中には一人の美しい女がいた。




