第10話 帝都ガイゼル入港
ヴェルゼ共和国はアスラトール大陸の北西部にあり、北東部のガゼリア帝国に船で行くには大陸を半周近く航海することになり、相当な距離がある。
ライルの乗っている船は魔術の補助や優れた造船技術により、相当な速度が出るものの、順調にいったのとしても、ひと月は軽く掛かる距離である。
費用が高額だってこともあり、泊まる部屋も個室で、まずまずの清潔さで他の船に比べればかなりマシであるものの、やはり慣れない船上での生活は不便な面もあり、徐々に慣れていくものの船酔いにも苦しめられた。
有り余る時間を主に魔術の研鑽に費やしていたが、乗り始めの頃はどうも下を向いて魔術の本を読むと酔いやすかったので、多少の苦戦を強いられた。
有用性が高く、いざという時にハウゼンに助けを求める事が出来る《通話》の魔術の取得を試みたが、中位に位置する魔術であるため、現状の魔力では取得することが出来無かった。
しかしまだライルの年齢は魔力の伸びる余地があるので、将来的には可能であろう。
他の暇な時間は他の乗客との交流、特に魔術都市であるヴェルゼ発の船なので、魔術師が多かったため、それらの人々との交流を多くもった。
若くて利発で有望に見えるライルは可愛がられることが多く、よく親切にされた。
経由地である港に船が停泊し、上陸できる日は久しぶりの揺れない地面や閉鎖された空間から解放されるので心が躍った。
そして上陸した時の食事が楽しみであった。
高い料金の船なので他よりはマシではあるが、食事は保存の利く物や簡易に調理できるものが中心であるため、食文化が進んでいるヴェルゼの街の料理と比べると寂しいものである。
生まれた村での、特にライルが魔術で稼げなかった年少の時期は黒くて固いパンと野菜のスープや粥が基本で、肉料理などたいして食べる事が出来ず、貧相であったが、久しぶりに食べた大陸に誇るヴェルゼ料理のせいで、短期間のうちに再び舌が肥えてしまった様だ。
上陸する場所は港町なので、海産物が豊富で、それらを使用した料理を食すことが出来る。
ヴェルゼの街の料理と比べると劣るが、船内食に比べると相当マシでそこで英気を養うことが出来た。
そうして乗船してから一月余り経った日、ガゼリア帝国内の最初の港へと寄港した。
上陸してみると他の国の港と比べると先進的で衛生的で、人々も文化的な生活を送っているように見える。
そしてその街で食した料理もなかなか凝っていて、美味なものであった。
ガゼリア帝国は国土、人口、軍事力、経済力、学術、文化等において大陸随一の国で、永遠たる係累魔術師団の研究成果を接収し、優れた魔術師を多数登用したことにより、質と数の両面で魔術でも最高の国家となっていた。
そしてアストラ―ル大陸北部の帝国の覇権をほぼ確立し、文化に隔たりのあるアストラ―ル大陸南部の影響下に置くことも目論んでいる。
アスラト―ル大陸北部諸国で帝国に従っていない国はクルセス教の総本山たる宗教国家であるレーゲンス国などわずかである。
現在、帝国は北アスラトール連盟という多くの国が加盟し、表向きには加盟国間の交流や共存共栄、平和維持等を謳った組織を作り上げて盟主となっている。
だが北アスラトール連盟の実態は帝国による北アスラトール諸国を支配である。
帝国や北アスラトール連盟に歯向かう国や加盟をしなかったり、加盟しても帝国に従わぬ国には制裁を科した。
制裁は厳しいものになると帝国や北アスラトール加盟国による軍事進攻、国内の他勢力を支援して当該勢力の転覆を謀る、主導者の暗殺等が上げられる。
逆に帝国に従う加盟国には利益が与えられる。
特に連盟から統治の正当性を保証されるのは大きなことである。
保証された者を攻撃する行為は連盟全体への攻撃と取られるため、他国から侵略される可能性が著しく減り、また国内の支配力が高まり、反抗や反乱を抑止出来る。
イスカリア王国やヴェルデ共和国も加わっており、特にイスカリア王国は連盟から上級王の称号が贈られており、周辺国を管理監督する立場にある。
ヴェルデ共和国は魔術師団を屈服させた時期あたりは帝国と蜜月状態であったが、徐々に意見の相違が目立っていき、ヴェルゼの弱体化もあり、現在では親密とは言えない状態なので、帝国が牛耳る連盟内での立場もそれ程高くは無い。
圧倒的な国力を持つ帝国が直接の征服ではなく、いささか回りくどい方法を使って支配しているのは、急激な領土拡張は国の脆弱性を高める、強引に獲得した領土の獲得維持には短期的には得る収益よりも掛かる費用が多いとの試算が諮問機関から皇帝に助言されたからである。
またガゼリア帝国の永遠たる係累魔術師団への勝利は連盟の順調で迅速な拡大を助けるのに効果があった。
遠方の国で直接帝国の軍事力の脅威に晒されていないと思っていた国に対して、遠く離れた地への侵攻能力を見せつける事で、優位に外交することが出来る様になったためだ。
当初、ヴェルデ及びイスカリアの要請で帝国が軍を出すことは、反対意見が大勢を占めていた。
最悪の場合には最精鋭である第一近衛軍が壊滅する可能性があったからだ。
皇帝もシュタナート及び永遠たる係累魔術師団は存在が邪魔で帝国の将来の覇権のために排除したいとの思惑があったものの、軍事行動の危険性が高いのを認識していて乗り気では無かった。
しかしイスカリア王からシュタナート暗殺の実行役の女魔術師と是非接触して欲しい、との強い要請受けて、魔術を使用して直接会う事無く、遠く離れた相手との接触をもったのだった。
そしてその接触の場で若い女魔術師の人物を見極めて、皇帝は暗殺の成功を確信し、大権を発動させて、重臣たちの反対をよそにヴェルデへの軍の派遣を決定した。
失敗すれば、多くの反対を押し切って、行かせなくてもいい軍を派遣して大損害を被ることになるので、今まで高めた皇帝の威信と求心力が大きく低下し、弱体化していた大貴族勢力が再び息を吹き返して、絶対君主制が揺らいでしまう可能性すらあった。
だが結果は無損害で多くの利益を上げることに成功したため、元々高かった皇帝の権威、権力は更に増大し、「皇帝陛下は絶対である、言う事を聞いていれば間違い無い」とういう状態へとなったのであった。
これにより他に類を見ない程に強固な君主による専制が完成する。
極めて優秀な君主による専制、国家を一つの生き物と見た場合、最も効率の良い仕組みであろう。
しかし皇帝自身が非常に評価して最も欲した、たった一度だけ魔術的に接触を行った女魔術師は手に入れる事は出来なかったのである。
ライルの乗っている船はガゼリア帝国の内海へと入り、更に数日間の航海を経て、遂に帝都ガイゼルの港へと到着した。
船上から見るガイゼル港は海洋都市と知られるヴェルデ港は大きく、停泊している船の数も多かった。
帝都ガイゼルは大陸最大、おそらく世界最大の都市で人口およそ100万を擁する。
この人口は大陸の大都市と比べても飛びぬけた数であり、国全体でこれより少ないところも結構ある。
ガイゼル港はその膨大な人口を支える物流の要であり、海で繋がった多くのガゼリア帝国都市や各国都市との交易の要であるために港の規模も巨大である。
ライルはこの航海で親しくなった人々に別れの言葉と再会を期する言葉を交わしながら、下船する。
大きな船の終着点であるため、下船した先には多くの人がごった返していたが、ライルはある人物が居ることに気が付く。
上等の杖を持ち、上等のローブを身に付けた相当高位の魔術師だとわかる身なりで、理知的な感じだが目つきは鋭く、歳は30前くらい、そしてハウゼンと同等以上の魔力あることが、経験から魔術師に対する優れた観察眼を持ったライルにはわかった。
その男が強力な魔力を放っているいるためか、周囲には人が少ないが、御者と思われる一人の使用人を伴っている。
男はライルに気が付くと、近くに歩み寄ってくる。
「初めまして、ライル・ウォレス君。話は聞いているので、私がこの街で世話をしよう」
その男はかつて魔術師団でシュタナートに次ぐ魔術の才を持った男、ドラクル・シュタインであった。
《老化低減》の効果のためであろう、容姿は16年前とさほど変わっていない。
だが以前の敬意を持って接してくれた時とは違って、どこか見下すような、憐れんでいるようなものをライルは感じ取った。




