第9話 出港
ライルにとってフィーネとの完全な別れは無論、とても悲しいものであったが、けりを付けることが出来たので、ほっとしたという面もあった。
フィーネを埋葬した翌日からこの街にライルは5日間滞在し、その次の日に帝国へ船で旅立つ予定である。
5日間滞在する理由はガゼリア帝国へと出港する船を待つためである。
単に帝国行の船を待つだけであれば、もう少し早い日にちで出発する便もあったが、最も都合の良い船に乗る為であった。
その間、安全のことだけを考えればフェーエン邸に閉じこもって待っていた方が良いのだが、フィーネを失って鬱々とした気分である時に、それはきついものであるで、この街を見て回ることにした。
そしてかつての魔術師団の本拠地である真理の塔を訪れる。
その際、シュタナートであったことを露見するのを防ぐため、ライルの姿はハウゼンの幻術によって、若干変えられていた。
「ここは魔術師団から接収されて、今では執政府の政庁となっております」
同行しているフランクにライルは真理の塔の門から少し離れた場所から説明を受ける。
見ると以前は魔術師団の兵が守っていた門を今は執政府の兵が守っている。
「やはり魔術師団の方には本拠地が他の者の手に落ちるのは残念なことではありますね」
ライルは一般的な年少の者が年長の者に対する受け答えした。
年若い魔術師が年季の入った魔術師にさも偉そうなやり取りをすると怪しまれるので、これも用心のためである。
「この国がここまで弱体化するなら、魔術師団の傘下に入って、共に栄華の道を歩めばよかったものの」
ベイゼルが残念そうに言う。
ヴェルゼ共和国は魔術師団に対する事実上の勝利後、逆に凋落してしまった。
というか魔術師団と協力して領土を拡大する前の状態へと戻ってしまったような感じである。
主な原因としては共和国の強大な力であった魔術師団を失い、それに代替えするものがなかったこと、魔術師団に対抗するために長年にわたって強権的であったが、良く纏めていた執政官が代替わりし、後任の人物が人気の高く温和で融和的あるが、それゆえに強い指導者なれず、国の弱体化を招いてしまったのだ。
魔術師団に共に勝利したガゼリア帝国やイスカリア王国とは対照的である。
ガゼリアは元々が強大な国であったが、今ではアスラトール大陸北半分を事実上支配する覇権国家となった。
イスカリアも周辺国では最大の勢力の誇る国家に盛り返したのだった。
深淵の理魔術師団も順調に勢力を拡大しているとのことらしい。
「もっとやり様があったかもしれませんが、今となっては致し方ないことではありますね」
ライルは淋しそうに言う。
彼の言葉は執政府というより自身に向けられたものであった。
やはり自分が大きな原因で魔術師団が解散させてしまったことにも大きな責任を感じる。
ライルはこの5日間、老体で体の動かすのに負担のあるリハルト以外の3人に案内されながらヴェルゼの街を良く見て回った。
やはり活気や賑わいにかげりがあり、シュタナートであった時に比べてるとやや衰退した様子である。
だが街の清潔さは変わっておらず、それがかつて当たり前であったライルにとっては過ごしやすいものであった。
生まれ育った村や旅をして訪れた街の不衛生さは、かつてこの街の富裕な生活をしていたため、綺麗好き過ぎるきらいがあるライルにとってはかなり苦痛であった。
解明されているわけではないが、魔術師団の研究では不衛生さが病の原因の疑いが高いとされていたので、その点も綺麗好きに拍車をかけたのであった。
また、元魔術師団員の何人かに偶然、会ってしまうこともあったが、ハウゼンの魔術のおかげで、シュタナートであったことがバレることはなかった。
ベイゼルを除く4人は魔術についても語り合い、ライルにとっては久々に本格的な魔術の話が出来たので、その点も有り難いことであった。
こうしてライルは5日間を有意義に過ごした。
楽しい時間であったので、フィーネを失ったことによる悲しみをかなり軽減することが出来たのだった。
その翌日、ライルら5人はいくつもの船が停泊した埠頭にいた。
一番近くのに止めてある船は一際巨大で豪奢な帆船である。
この船に乗って帝国はまで行く予定である。
ライルたちの周りにも船に乗る予定の者とそれを見送りにきた者たちが大勢いた。
「ほれ、餞別じゃ受け取れ」
そう言うとハウゼンはライルに革袋を渡した。
ライルが受け取るとその革袋はずっしりと重く、感触からかなり金貨が入っているものだとわかった。
あきらかな大金である。
「さすがにこんなには……。あなたには多数の援助をして頂いたので」
実はハウゼンにはこの船に乗る費用やフィーネの解放に要した費用も出して貰っている。
彼は付与魔術に関しても達人で金を稼ぐすべに長けている上、面倒見るべき身寄りもいないため、かなり余裕のある身であるが、さすがにこれ以上は悪いともライルは思っている。
「まあ、貰っておけ。大部分はハウゼン師だが、俺たちも少しは出したぞ」
「うんうん」
「家族を養っている身なので気持ちばかりですが」
他の3人が受け取るように要求する。
「まあ、ワシにとって可愛い孫みたいなもんじゃからな。遠慮はするな」
ハウゼンが目を細めてそう言う。
「では、遠慮なくいただきます。何もかもありがとうございました。御恩は決して忘れませんし、いずれは恩返しはさせて頂きます」
ライルは4人に向かって、深々と頭を下げて感謝した。
その後も5人はしばらくの間、語らう。
「では、そろそろお別れの時間ですね」
そろそろ船に乗らなければならない時間になり、ライルはそう切り出す。
「何かどうしても困ったことあったら、何とか《通話》を取得して、ワシ伝えてくれ、助けに行くからな」
「帝国なんぞに魔術を学び行かんでも、ここでハウゼン師に学べば良いのに。まあどうせ行くなら、色々吸収して帰ってこい」
「寿命が来る前にあなたにお会い出来たことを非常に幸運に思っております。願わくはもう一度くらいは生きてるうちにお会いしたい。どうかご無事で」
「ヴェルゼに再び来られましたら、再び我が家でゆっくりしていってください。娘もあなたのことを非常に気に入っていたようです。まあその点は父親として少々複雑ですが」
4人は口々に別れの言葉を口にした。
そしてライルと一人ずつ握手して抱き合い、別れを惜しんだ。
「ありがとう、皆さん。また再びお会いしましょう」
ライルは別れの言葉を口にし、船へと向かう。
4人はそれを寂しげな表情で見送る。
そしてライルは巨大な帆船へと乗り込む。
この船は複数の航海に適した魔術師が支援することで、最も安全かつ最も早い速度で航海することが可能である。
それ故にこの船への乗船の費用は多額であり、ライルがとても用意出来るものではなかったが、旅の無事のためにハウゼンが用立ててくれたのであった。
船に乗り込んで少し経つと、甲板では複数の魔術師が出てきて、魔術を詠唱する。
すると風が強くなったかのように帆が大きくはためきだす。
この魔術のおかげでかつて、帝国は迅速な速度で艦隊をヴェルゼに送りこむことが出来たのであった。
ライルは出港する船の上で見送ってくれている4人に向かって、見えなくなるまで手を振っていたのであった。




