第8話 解放
ライルは視線を感じ、眠りから覚める。
体を起こすと、その視線は途端に無くなったように感じた。
そしてここがフォーエン宅の客室であることを思い出した。
転生してからこのような視線を感じる事は度々あった。
任意の場所を見る事が出来る《千里眼》という魔術があるので、気のせいではない可能性は高い。
警戒すべき事柄であるので、《千里眼》を防ぐ魔術で対処した方が良いとは思ってはいたが、優しく見守っているような視線だと感じていたので、特に対処することはしなかった。
客室を出たライルは朝食を頂き、ベイゼルとハウゼンが来るのをフォーエン親子と応接室で待つ。
今日はフィーネを解放する日である。
フォーエン宅に着いたのは一昨日で、昨日は5人で解放するための準備をしていた。
昨日の準備は久しぶりに仲間と共同作業をするということで、なかなか楽しかったが、今日はフィーネとの完全な別れになるので、やはり憂鬱な気分となる。
「あまり気分が優れない様子ですな。私にもお気持ちは多少わかります」
リハルトがそう声を掛けてきた。
彼はシュタナートの思いを読むことに長けていた。
言葉を発さずともシュタナートの好む行動を取ってくれることが度々あった。
それもシュタナートがリハルトを最側近にした理由の一つである。
「フィーネが死んだのはもう25年も前の話。しかも彼女と親密な期間はたったの3年だけだ。それなにこんな気持ちになるとは、ファイサルのことを未練がましいと馬鹿に出来んな」
「ああ、イスカリア王は娘にシュタナート様に殺された恋人の名を付けたという話ですな」
フランクも話に入ってくる。
「フィーネ様はシュタナート様はおろか、ハウゼン師やドラクル殿と比べても魔術の才はかなり劣るように見えました。それなのに二人が取得出来なかった《老化停止》の魔術をシュタナート様への思いから必死の努力で取得出来るところまで漕ぎ着けました。しかも最後は身を挺しシュタナート様をお守りするという気高い働きもなされました。シュタナート様がそれ程に思う価値のあるある女性かと思います」
フィーネはリハルトからの評価も非常に高いものであった。
「シュタナートの命を必死の努力で奪ったあの女とは正反対でしたな。最後の方の仲睦まじい様子にてっきり、シュタナート様のことを本当に愛しているのかと、錯覚しましたが、まあ家族を皆殺しにされたので、さすがにそうはなりませんね」
リハルトはイシュアのことを「お嬢様」と呼び、良くしてあげてたが、結局はシュタナートを殺害したので、印象はかなり悪くなった。
そんな彼らにイシュアに会うために帝国にノコノコ行くとはとても正直には言えない。
「大旦那様、旦那様、ハスタール様がお越しになりました」
そんなことを話していると、数回扉を叩く音の後、女使用人から声が掛かった。
ベイゼルが到着し、その少し後にハウゼンもフォーエン宅へと到着した。
そして集まった5人はフィーネが置いてある部屋に行くと、布に包んである彼女を板に載せ、全員で力を合わせて家の外の庭へと運び出した。
5人が庭へ出ると2台の馬車があった。
2台とも商人や農民が使うような荷物運搬用のやや大きめの2頭立て馬車であった。
2台とも荷物が積まれていたが、空いてる方の馬車にフィーネを積み込んだ。
出発の支度が整うと5人は2台の馬車に分乗し、フォーエン邸を後にした。
一行の乗った馬車を走らせ、城壁を出て街の外へと出る。
ライルの正体がばれるの防ぐため会話はなるべく謹んでいたが、街の外の道をしばらく行くと、人通りがほぼいなくなってきた。
「やはり完全な別れの日ということで、しんみりしているみたいだな」
ライルの隣で御者を務めてくれているベイゼルが、そう語り掛けてきた。
「情けない話だろ? 25年も前の事で、3年しか親密にしていなかった女だ。しかも私は通算したらベイゼルとたいして変わらん歳の男だ」
「いやいやフィーネはいい女だったし、それ程思ってもいいくらいだ。今日はしっかりと葬ってやらんとな。それにシュタナートのそういう人間臭いところもいいと思うぞ」
ベイゼルの言葉にその隣で座っているリハルトもうんうんと頷いている。
馬車を更に走らせると、開けていて、特に邪魔な物も無さそうな場所へと到着する。
「このあたりが良さそうな感じだな」
「ではここで止めるとしようか」
ライルの言葉にベイゼルが反応し、馬車を止める。
後続のハウゼンとフランクが乗った馬車もそれに合わせて止まった。
「ここでするのか?」
ハウゼンから確認される。
「ああ、ここなら問題無さそうだし、準備をするとしよう」
5人は馬車に積み込んであった木材などの可燃物を取り出して、積み上げる。
次第に可燃物で作られた大きな寝台ようなものが出来上がっていく。
この中央へ布に覆われたフィーネを5人で慎重に運び出して設置した。
そしてフィーネを覆っていた布をライルが剥ぎ取った。
愛おしかった、いや今でも愛おしいフィーネが姿を現した。
「さて《石化》を《解除》するとしようか。皆、すまないが力を貸してくれ」
その声を聞いて、皆がライル近くに集まり、その体に手を置いた。
シュタナートであった時なら自分で掛けた《石化》を《解除》するなど、難しいことではなかったが、今の常人並の魔力では不可能である。
なので《魔力転送》を使ってもらって一時的に魔力を著しく強化することで《解除》を実行することにした。
おそらくハウゼンであればそんな手間の掛かることはせずに《解除》は可能であろうが、ライルには自分自身で《解除》したいとい思いがあった。
それは過去の自分に対して今の脆弱な自分が何とかして打ち勝ちたいという思いと、フィーネのことは極力、自分の手でもって始末をつけたいとの思いであった。
そして皆もそれに対して快く応じてくれたのだ。
この魔術を使う事が出来ないベイゼルを除く3人が《魔力転送》の詠唱し、魔力がライルへと流れ込んでくる。
「ぐっ、やはりきついものだな」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
シュタナートであった時ならば普段使用していた魔力量であるが、やはりこの体では負担が大きく、思わずつぶやく。
早くこの魔力を放出して楽になりたいともライルは思った。
ライルは《解除》の詠唱し、魔術を発動させる。
手ごたえはあり、どうやら上手くいったようで、徐々にだが《石化》が解け出す。
失敗の可能性も低くなかったので、ライルは胸をなでおろす。
「どうやら成功の様ですね」
「おお、やりましたな」
「ほう、手助けしたかいがあったわい」
「これでフィーネを無事旅立たせることが出来そうだ」
その様子を見て、労いや安堵の言葉が発せられる。
そして顔の部分まで《石化》が解けていく。
当然のことながら、生気は無い顔であるが、やはりライルには愛おしい顔で、図らずも生前の頃を思い起こさせた。
「さてと、ではやるとしようか」
しばらくフィーネの顔を目に焼き付けた後、覚悟を決めた表情でライルは言う。
正直、抵抗があるものの、待っていても仕方のない事なので、《発火》の魔術を詠唱し、発動させた。
すると積み上げられた可燃物の中でも特に燃えやすい枯れ草から火が付き、徐々に燃え広がっていく。
そしてフィーネの衣服にも火が付きだし、その身を焼いていく。
その光景は愛していたライルは勿論、好感情を抱いていた4人にとっても悲しいものであった。
ライルがあえて土葬ではなく火葬を選んだのは、フィーネの魂を早く解放したいとの思いからだ。
損傷がそれ程でもない場合は、長く肉体に留まるが、肉体を完全に失った場合はすぐに魂は離れていくという。
もっともライルたちには魂を見る事も感じる事も出来ないので、確かめるすべは無いが。
「すまないフィーネ、私の力不足で生き返らせることは出来ず、結局は君を拘束するだけであった。どうかこれからは安らかに休んで欲しい」
ライルは焼けていくフィーネ見ながら、謝罪の言葉を口にし、その冥福を彼女が信仰していた創造の神帝へ心の底から強く祈る。
彼はクルセス教もその信仰対象も苦手であったので、シュタナートであった時も含めて、創造の神帝に祈るのは初めてのことである。
そしてフィーネの肉体は焼け落ち、骨だけになっていた。
「これ以上焼くと、骨まで燃え尽きてしまうのではないか?」
「そうだな、そろそろ消火するとしようか」
ライルはベイゼルの問いに疲れた様子で答える。
この一連の行いは肉体的にも精神的にもかなりの負担であった。
一行は馬車に積んであった樽から水を桶に取り出して、それを撒くなどして消火する。
消火した後、フィーネを骨を丁寧に探して、持ってきた壺の中へと回収を行う。
「これで全ての様ですね」
「ああ、皆すまないな」
骨が残っていないか、念入りに調べ、全て回収したようだ。
おかげで全員の衣服がかなり汚れたのだった。
後片づけを済ました後、一行はその場所を後にする。
帰りの馬車の席ではライルが大事そうにフィーネの骨の入った壺を抱えていた。
その表情はやはり悲し気であった。
ヴェルゼの街に帰った後に一行は、フィーネが死んだ時に立てた墓に、夜に紛れ、幻術による目くらましも使って人目に付かず侵入して、骨を埋葬する。
「さようなら、フィーネ」
再び強く冥福を祈った後、悲しげだが、優しい表情で過去への別れの言葉を呟いた。




