第16話 宴席
夕方が終え、夜に入る時刻のイスカリア王宮の広間にはいつくものテーブルが配置され百名程の人々が座し、かなりの数の給仕者も侍し、楽器を持った楽団も待機している。
広間には主に永遠たる係累魔術師団から供給された魔術による照明が灯されているため、昼間と変わらぬ明るさだ。
「今回の会談で我がイスカリア王国と永遠たる係累魔術師団との友好は更に強固のものとなり……」
ファイサルが広間の奥に配置してある主賓席で今回の宴席での主催としての挨拶の言葉を述べている。
声は張り上げていないが、かなりの広さのある広間全体に声が響き渡る。
王付きの魔術師による《拡声》の魔術の効果である。
主賓席の中央のファイサルの左にはシュタナートが座し、その左の席にはイシュアが座し、更に左の席にはウォルトンが座し、ファイサルの右の席には王位継承第一位である王弟が、更にその右には王弟の妃が座している。
イシュアは本来、主賓席に座する程の地位ではないのだが、シュタナートはすぐ側の目の届く範囲に置いておきたいため、その席に座らせた。
当初はシュタナートの右がウォルトンでその右がイシュアという席次であったが、ウォルトンがイシュアに席を譲ったのでこの席次となった。
主賓席は目立つ場所なのでイシュアはその美しさと高い席次で注目を集めている。
「総大導師の方は何かありますか?」
挨拶の言葉を言い終えたファイサルが尋ねた。
「それでは私の方も一言述べさせて頂くか」
「おお、そうですか。では」
ファイサルはそう言うと、魔術師を呼びよせて《拡声》の魔術を使うように指示する。
「それでは失礼します」
魔術師はそう言うと指示された通りに《拡声》をシュタナートに掛ける。
シュタナートはその詠唱を聞いて《拡声》の魔術である事を確認し、受け入れる。
シュタナートも《拡声》の魔術を使用する事は出来るが、一般的に王の前で魔術を使う事が許されてるのは、特別な信用がある者だけだ。
シュタナート自身がファイサルの前で魔術を使うのは、要らん不安を抱かせ、イスカリア王国側の心象も良くないだろう。
「この場にいる方々にはほとんどがご存知かと思わるが、我が魔術師団と貴国の間には以前、双方に多数の死者を出した不幸な出来事があった。私も最愛の者を失っている。更に大きな争いに発展する可能性もあったが、先王陛下の身を挺したご決断により回避することが出来た。そのおかげで現在では助け合う事で友情を育んで、互いに大切な存在となりつつあるが、過去の事を恨む者もまだいるかと思う。しかし私は過去に大きな憎しみや争いあったとしても、それを乗り越える事で、むしろより強固となる絆や関係があるとも思う。皆様方、共に過去の不幸を乗り越えて、双方のためにも未来に向けてより良い関係を築いていこうではないか」
ヴェルゼ共和国執政府との対決を前にイスカリア王国を味方に付けたいのと思いから発せられたシュタナートの言葉に拍手が起こるが、納得していない表情を浮かべる者も中にはいる。
シュタナートは確かに被害者の面もあるが、しかし加害者という側面の方が強い。
過酷な復讐をした人間が言うには虫のいい話だ。
「総大導師、建設的な実に良いお言葉でした」
ファイサルは友好的な表情で労う。
「陛下にそう言って貰えるのは何より」
ファイサルにそう言って貰えて、少し安堵の表情を浮かべるシュタナートはイシュアの方もチラリと見ると、何か言いたそうな表情であった。
先の発言は彼女との件も少しは念頭に置いていた。
「総大導師のお言葉も貰ったので、皆大いに飲んで、大いに食べて、大いに楽しんでくれ」
ファイサルの言葉で宴席が開始され、しばらくすると広間は喋り声で騒がしくなり、楽団も演奏を開始する。
「しかし総大導師のお連れは実に美しい方ですな」
王弟がイシュアの容姿を誉める。
「本当に。私なんて折角着飾ってきたのに、一緒の席に座るのが同性として恥ずかしくなるくらい」
王弟妃が追随するとともに謙遜する言葉を口にする。
確かにイシュアには敵わないが、王弟妃もなかなかの美しさである。
「似てはいませんですが、お連れの方と何故か面影が重なる美しい方を以前、存じておりました」
ファイサルが少し懐かしそうにそう口にする。
エレイアの事を思ってのことだろうか。
「皆様方にそう言って貰えてとても光栄です。特に王弟妃殿下のような美しい方に」
イシュアは穏やかで柔らかな表情と言い方でその賛辞に答えた。
このようなイシュアをシュタナートは知らない。
「魔術師団に赤い髪でたいそう美しく、凄い才能を持ち、気性が激しい方がおられると聞いていました。美しさはそのとおりですが、そこまで気性は激しいようには見えませんね」
「そのような話は面白おかしくするために得てして大袈裟に、そして尾ひれが付くのが常ですね」
イシュアはいかなる者でも魅力するような笑顔で答える、特にファイサルには好意的な感じだ。
イシュアと姉とファイサルは恋人同士だったので、以前に面識がある事は濃厚だ。
その時から懐いていた可能性もある。
ファイサルらにいつものようにぞんざいな態度や悪態をつくよりはマシではあるが、シュタナートは自分には見せない態度をするイシュアに面白くない様子で、それが思わず顔に出る。
そんなシュタナートにイシュアが気付き、一瞬悪戯っぽい笑みを浮かべるもすぐに心配する表情に変え
「どうされました総大導師、なにやら厳しい表情ですが?」
とワザとらしく尋ねたきた。
「何か気に障られる事でもありましたか?」
ファイサルもそれに反応する。
王弟と王弟妃も気遣うような表情を向ける。
「いやたまに私は不満がなくともそういう表情になってしまう時があって、お気になさらずに」
シュタナートは誤魔化して、作り笑いをする。
「総大導師はそういうところがありますので、イスカリア王国の方々はお気する事ではありませんよ」
ウォルトンもシュタナートとイシュアの事を察して笑顔で助ける言葉を掛ける。
「そうでしたか……あ、総大導師が気に入るかどうかわかりませんが、あの男はなかなか面白い芸を見せてくれます」
ファイサルがそう言うと、広間中央の広く開いた空間に一人の派手な格好をした芸人が拍手や声援を受けながら登場し、挨拶の口上を述べいる。
「そうですか、それは楽しみだ」
芸が始まると、正直シュタナートの好みでは無かったが、ファイサルらイスカリア王国側に大層受けているので、シュタナートも受けている振りをする。
イシュアも楽しそうに見えるようにしていた。
その後も魔術師団の面々はイスカリア王国側と友好的に接し、親善を深めていく。
特にウォルトンは目覚ましい働きであった。
イシュアもいつになく大人しく、社交的でこの宴席の華として場を彩り、言葉でも相手方を楽しませていた。
来たるべくヴェルゼ共和国執政府との決戦に向け、今回のこの地でも魔術師団の目標は達成したように見える。
宴席も終わり、王都での日程を終え、イシュアとともに帰りの馬車に乗り込む。
「今回は随分大人しかったな。特にファイサルにはいい顔をしていたな。イシュアの姉と恋人だったらしいが、以前からの顔見知りで親しかったのか?」
「さあ、どうだかな。たまたま好みで色目を使っただけかもしれんぞ。姉妹で同じ好みでも別におかしい事ではないだろう? まあどんな男でも姉の仇のどっかの女々しい若作りジジイよりかは遥かにマシだがな」
シュタナートを煽る様な事を言ってきた。
イシュアはシュタナートの心の内を想像以上に知っているようだ。
それを聞いてシュタナートはカッとなりそうだったが、今回のイシュアの王宮での働きは決して悪いのでなかったので、それを飲み込んだ。
「では屋敷に帰ったらたっぷり折檻してやろう。と言いたいところだが、今回のイシュアの振る舞いは悪くなかった。むしろイシュアの美しさは親善の役にたったので、今回は不問にしてやろう。まあ褒美も考えていたが、それは考え直すとしよう」
「ふん、そんな物は元々いらんわ」
しかしシュタナートはそうは言ったが、今回の働きを労い、この王都で手に入れたイシュアが喜びそうな珍しい本を渡してやろうかと思っている。
直接だと受け取って貰えない可能性があるので、後日に使用人を通して渡してやる事になるだろう。




