第38話 吹き抜けの人
※本日は3話投稿します。
マーちゃんが遺跡を全部解体し、アイテムボックス内のどこかにしまってから2日が経った。
今日はマーちゃんと出会ってから21日目になる。教会暦805年3の月14日になったわけだ。
昨日はフロア内でも外でも、両方で雨が降っていてスーちゃんを驚かせた。スーちゃんは雨も好きだそうで、その日は自分用の東屋で1日中、ハーケンケイムのことや遺跡の様子をまとめたり、暇な俺とマーちゃんの話を聞いたりして過ごした。
是非とも知りたいと言うので、俺はズットニテルの街について話し、マーちゃんはこのフロアにある直径14キロメートルもある吹き抜けについて話したのだ。
そうして迎えた次の日、つまりは21日目の朝になって現れたその人物は、それなりに広い吹き抜けをゆっくりと下りてきた。
「マーちゃん、ありゃあ昨日言ってた例の御人じゃねえのかい? たまに吹き抜けから現れて、ここで働いていくって御人だ。怪談のネタみてえな話だったからちょっと疑ってたぜ」
人物というには抵抗があるものの、聞いた話では身長90センチの人類であるらしい。その人物は痩せたタマネギに近いヘルメットと気密服を着て、バックパックからガスを噴射しながら、吹き抜けの真ん中辺りからこちらに泳いできた。
「おおっ! リュッキュイ・グェ氏ではないか。あちらとは時間の進み方が少し違うようでな。何にせよ仕事と食事だ。給与を食料の現物支給で払っているのだ。グェ氏、実はここのメンバーが増え……」
マーちゃんは俺にそう言うと、真空の吹き抜けから現れた人物の元に飛んで行ってしまった。リュッキュイ・グェというのが彼の名前なのだ。本当はもっと甲高いような名前なのだが、俺達の場合にはこれが妥協できる発音になるらしい。
マーちゃんがグェ氏と話している間、黒クモさんが2メートルほどのポッド状の作業用スーツを運んで来ていた。黒子さんの方は彼の為に食事の準備中であるとのことだ。
運ばれてきた『大空洞作業ポッド56号』を横目に見ながら、俺とスーちゃんの方も歓迎の用意だけはした。鳥の風切り羽根がモヒカンの様になっているカツラを頭に被ったのである。紺色のジャージはそのままだった。スーちゃんなんかいつも裸だ。このカツラについては、あちらの文化というか生物学的な理由もあるのだろう。
挨拶については俺の東屋で行うことになった。カロリーフレンドのポテト味がひと山も運びこまれてきて、薬草茶と細かいブロックチーズまでが用意されてスタートだ。
「やぁ、こんなに歓迎されたのは久しぶりだよ。あなた方は礼儀正しい人みたいだ。本国の連中に見習わせたいよ。初めまして、リュッキュイ・グェだ」
グェ氏はそう言うとカロリーフレンドをボリボリと噛り、薬草茶に嘴を突っ込んで飲み込んだ。かなり好きな味なのだろう。
グェ氏の甲高い囀ずり声は、スーちゃんと俺の隣に置いてあるスピーカーからは陽気な挨拶に聞こえたのだ。
「初めまして、グェさん。あんたさんは根性のある人だって聞いてたが本当にそうらしいな。俺はケンチってんだ。こっちの龍の姉さんはスーラネオラさんだ」
「スーラネオラです。スーちゃんって呼んでいただいて構わないわ。それより普段は役人をしてるんですってね。それなのにあそこで働くって活動的よね」
俺とスーちゃんは無難な挨拶を返しておいたと思う。スーちゃんは念話だが翻訳機は働いてくれた。
リュッキュイ・グェ氏は身長90センチしかないし、顔はフクロウとペンギンを足したような感じで手足も短く、事務方らしくふくよかで羽毛に覆われた丸まっちい体型の御方だった。
「これは参った。お2人とも人を乗せるのが上手いな。私は自宅がここと繋がるので、副業の様なことをしているだけでね。地主さんが居るから、命の危険は無いと思ってる。上半身が分解されたこともあるよ」
グェ氏は普段は自分の世界で、城下町の役所にて所長をしているそうだが、休日にここに来れるようになってからは、講習を受けてここでも働いているらしいのだ。以前に聞いた作業用分解道具の犠牲者はこの人のことだった。
ちなみに、グェ氏はうちのトカゲ姉さんのことを地主さんと呼ぶらしい。
「あそこの吹き抜けは宇宙空間みたいだけどね、大空洞作業ポッド56号が優秀なお陰で何とかなってるよ。壁の様子を見てくるだけだしね。400キロメートルもあるから1回じゃ終わらないのも良い。ロボット達と分担してるんだよ」
ここは塔状の施設の内部だ。1階から30階までは高さ120キロメートル、フロアの無い部分が高さ280キロメートルもある。塔の内部の直径は20キロメートルだが、外径は40キロメートルもあるのだ。
こんなアホの様に巨大な施設の面倒を、一部とはいえこの人は見ているのである。環境さえ許せば、本当に何処ででも生きていけそうな人物だ。俺はこのグェ氏に尊敬の念を持ったし、スーちゃんにしてもそれは同じようだった。
「7年前にここの大空洞内作業者1級免許をようやく取れてね。黒子さんやダミノルさんから講義を受けて、試験に受かってからは忙しいよ本当に。カロリーフレンドが無いと生きて行けないから頑張れてるんだ」
どうやらカロリーフレンドは種族を超える魅力を有しているらしい。あれのポテト味がお気にめしたグェ氏は、それの為に不可解な現象が起きる真空地帯にも平気で行けると言うのだ。
そして、グェ氏の言う7年前とは、こちらでは70年前のことになる。10倍は時間の流れが違うのに、グェ氏はいつもこちらに来る直前の時間に戻れるとのことだ。
マーちゃんはいつの間にか頭上にいるし、ドラゴンライターさんは鋼製ボード上の紙に聞いた内容をメモしているようだった。
「そろそろ働いて来ないとな。それじゃ地主さん、私は行ってきますよ。皆さんもまた今度ね」
時間が来たのだろう。グェ氏はそう言って作業用ポッドの方へと向かった。
「やあ、黒子さん。この間ね、例の仮装巡洋艦が現れてさ、ヤンさんがマッハ100で上がって来てくれたけど逃げられたらしいんだよ……」
立ち去るグェ氏の言葉は、途中から聞こえなくなってしまった。翻訳機の有効範囲を越えたのだろう。
俺としては、この場所に知りたくないような話がまだ転がっていることに慄然とした。
ここの吹き抜け部分には不定期に、正体不明の相手が現れては消えるようなのだ。惑星全域ですらカバー出来そうな迎撃体制から逃げる相手とは何者なのだろうか。攻撃的でない連中であることだけを俺は願った。
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