第34話 ハーケンケイム対策
マーちゃんと出会って18日目、スーちゃんがやって来たその日の夕食は賑やかなものになった。
「これ私食べたことないんだけど、すんごい美味しいわ! 海の魚も捨てたものじゃないのね。お酒も変わってるけどスッキリしてるわね。お酒は久しぶりだわ。ここの子になって良かったわ~」
スーちゃんにマグロが大ウケしたのだ。丸々1匹のマグロを噛りながら、日本酒も樽でぐいぐい飲んでいたのでよほど気に入ったのだろう。
食事の場所はスーちゃんの東屋で、簀の子の代わりに平たい石のブロックが置かれた上に巨大なちゃぶ台が置かれていた。
「スーちゃん、こいつぁもう無えかもしれねえ世界の代物だ。ここでも海にいきゃあ居んだろうが、沖に出ねえと見つかんねえだろうな。酒は聖都に行けば似てるヤツぁあんだろうぜ」
俺は久しぶりの握り寿司を食いながらスーちゃんにそう説明をした。
今晩はいつも使っているちゃぶ台をここまで持ってきたのだ。
寿司を握ってくれるのは安定の黒子さんだし、これは一流の職人の仕事ではないだろうか。本当に久しぶりで涙が出そうだった。ワサビが鼻に抜ける感覚だけが原因じゃないのはよく分かっている。
「いつか聖都に行ってみたいわ。ケンチやマーちゃんは行ったことあるのかしら? あとマーちゃんは本当に食べないの? そんなに小さいのに。最初は私の同族かと思ったの」
スーちゃんには、俺達について凡そのことを話しておいた。
彼女はそれについて本当に不思議がっていたし、また自分の想像の及ばないことが多いことについて感動しているようだった。
「スーちゃん、私のことは気にしないでもらいたい。随分と前に、私は生きるための食事を必要としなくなったのだ。いまだに必要であるならば、多くの世界が私を生かすためだけに滅ぶだろう」
マーちゃんは翼をはためかせながら、夢中でマグロを食べている俺達を真横から観察中だった。
もし俺達の食欲が無くなったら、日本の水族館のダイオウグソクムシの様に心配されるに違いない。観察が趣味の御方だからな。
マーちゃんは色々なことが問題になり、また逆に全く問題にならないくらいに巨大だ。うちのトカゲ姉さん自身の活動が、恒星と惑星とその周辺全部と同じようにエネルギーを還流させていても俺は驚かない。
「ところで聖都に行きてえってのぁいきなりは無理だな。あそこにゃあドラゴンも居るけどよ、スーちゃんはゴーリ教会に入ろうって思うかい? 法治のメズマリーニョってドラゴンがいるぜ。法治の神の信徒さんだ」
スーちゃんは俺の言ったことを聞いて、これまた意外に思ったようだった。ドラゴンが信仰に目覚めるのも珍しいことなのだろう。
「ここにいると、世界の情報は本当に入って来ないのね。良い機会なんだと思うわ。マグロ美味しいし……」
何本目かのマグロを丸噛りしながら、スーちゃんは染々《しみじみ》とそんな風に念話で返してきた。食事中は特に便利な能力だ。彼女の長い首はぐびぐびと動いていたが、食事が喉につまるような様子は一切無かった。
その日はそんな和やかな感じで終わることになった。
日課のお祈りについては、新入りのドラゴン姉さんから長い質問を受けることになったが、何をどう授かったのかも含めて無難に答えておいた。
それなりに楽しい夜も明けた次の日。マーちゃんと出会ってから19日目の今日は、強力な古代の衛士が門を守る下層の観測所へ挑むことになる。
「ハーケンケイムはかなり永い間あそこの守衛をやっているの。私がここに来るよりも前からだから、1000年より永いんじゃないかしら。あそこは地震観測所だしもう誰も居ないのよ」
昨夜はいい気分で寝たであろうスーちゃんは、朝から満足気な顔で俺を待っていた。
このドラゴン姉さんは、自分の東屋でそのまま寝てしまったのだ。顔を洗いたいと言ったらしく、黒クモさんにホースで水をぶっかけられてご機嫌だった。
貴重な情報源であることは間違いない為、俺達は最大の障害であるハーケンケイムについて話を聞いたわけである。
「俺なんかの想像だと脚が一杯ついてるか、車輪か何かで動くヤツだと思ったんだがよ。まさか人型の奴たぁ思わなかったぜ。スーちゃんはそいつに9600回も撃たれて、よく死ななかったな」
ハーケンケイムの正体も意外だったが、新人ドラゴン姉さんの頑丈さも呆れたレベルのものだった。
うちのマー・スー・コンビが海の向こうに出かける様なことになれば、余人には理解不能の要求が世界を混乱に陥れることになるに違いない。
俺が神から下された使命とは、ソレの落としどころを見付けてどうにかするというモノだろう。ここに来て俺が試されるのは、予測不能の希望に対するまさかの提案力なのだ。
「向こうが知り合いというのは心強い。だが実弾を撃ってくるとなると、ケンチが前面に出るのは危険だな。ハーケンケイム氏は頑迷な性格設定のようであるし困った。弾切れは無いのだろうか?」
小さい方の東屋の前で座り込んでいるスーちゃんの隣で、うちの実弾勿体ない姉さんは俺の心配をしてくれた。
ちなみにスーちゃんと奴の関係は、知人と書いて『クソな敵』と読む方であって良好とは程遠い。
ハーケンケイムはたとえ人型でも人間ではないだろう。
強固な使命感を持つそいつは、遺跡に入ろうとしたベアグリアスを弾幕で歓迎したらしい。通りがかったスーちゃんが見た時には、彼は出血多量で虫の息だったとのことだ。
周辺をセンサーで監視し、問答無用の飛び道具が来るとあっては悔しいが俺の出番は無さそうだった。
「小麦粉か何かで撹乱できねえかな? 泥かペンキをぶっかけるでも良いんだけどよ」
いつものように東屋で胡座をかいていた俺は、半ば自棄になって仕様もないことまで言ってしまった。
「ケンチ、今のは良い案だと思うぞ。是非とも相手の性能は測ってみたいと思っていたのだ。いつか使おうと思っていたアレが役に立つかもしれん。いつもは吹き抜けに吊るしてあるのだ」
ドラゴンっぽく不思議そうな顔をするという器用なスーちゃんと、何が出てくるのか何となく察した俺は、作戦を思い付いたであろうマーちゃんの方に2人揃って首を曲げた。
※お読みいただきましてありがとうございます。




