第23話 公国のこと
※本日は2話投稿します。
マーちゃんと出会って15日目の5刻(午前10時)よりも前のこと、仮設の厩舎も撤去したうちのトカゲ姉さんはいよいよ井戸の手押しポンプを回収することになった。
もちろん水源からはサンプルの水もいただくことになるだろう。100万リットルだ。
地球のメーカーであるニケの商品を違法コピーしたジャージを着て、俺はマーちゃん達の近くで運動をすることに決めた。
「マーちゃん、取りあえず時間はかかっても本当にいいからよ。俺ぁここでのんびりと良い汗をかいて、何だったらもう1日ぐれえはここで過ごしても良いかもな」
サバイバル訓練の様な、生活の為の労働に従事しないのは最高だった。これが理想的なスローライフというものではないだろうか。
「うむ、ここの地下水のサンプルは100万リットルもらっていこう。それにしても、この手押しポンプはケンチのアパートの物より大型であるようだ。圧力が地下にかかっていないようで助かったのだ」
うちのトカゲ姉さんのアルトボイスは、心なしか機嫌が良いようだ。
マーちゃんの返事によれば、この井戸をどうにかするのに面倒なことは何も無いようだった。
いつの間にか吸い取るさんが出てきて、ポンプの取り外しと地下水の吸い上げ準備を始める頃には俺は健康体操に勤しんでいた。
「ケンチ、もし良ければだがシンシャー・デジコルノ五代公国に関して、基本的な情報を教えてほしい。それから資金も貯まったことだし、今度は歴史書がほしいな。教科書は国語が中心なのでどうしても断片的なのだ」
井戸の様子をセンシングしていたであろうマーちゃんだが、ついに暇になったのか俺の方に漂ってきて、歴史を語れ的なことをおねだりしだした。
余談ではあるが、俺の意見ではアレは国語の教科書ではなく、何か妙な意図が含まれた思想書ではないかと思う。
「そういやそうだな。普通にジュンク・ドゥの店に行けりゃ良かったんだがよ。街じゃ儲けにならねえ横槍が多すぎた。田舎の師匠からの受け売りで良けりゃ話すぜ」
こうして俺は昼前から、うちの歴女見習い姉さんに、我が国の歴史を簡単に話すことにしたのだ。
公国の歴史は今から400年ぐらい前に始まった。建国暦というのは伝統的に無く、今は教会暦805年なので、教会暦400年頃のことになる。
この公国が出来る以前はここもクルトスワロー王国の一部だった。
そんな中で、この地を治める大公として立ったのがバイトダイツ・シンシャー閣下だ。前国王の子息で公爵になったばかりの人だったらしい。
公爵とは言え、ユータヤロガ地方の北部にあるワロタラ領を持つだけの御人で、当然の様に最初は政治的な発言力が低かった。
ところがこの人は意外な人物にモテた。当時この界隈で最大の勢力であった、ヴァンドヴォシュー領デジコルノ家のご令嬢ノンモータン・デジコルノ様から求愛されたのである。
「なるほど、両方の家名が国の名前の元なのだな。しかし五代と態々つけたのは疑問が残るのだ。国が続いてもう5代目どころではないだろう?」
「マーちゃん、そこは悲壮な決意の現れってやつだ。バイトダイツ様が大公になったのは、当時の王国の懐具合がひでえ状態だったからだ」
バイトダイツ様は家格は高い御人だったが貧乏で、ノンモータン嬢は家格としては伯爵家出身だったが、デジコルノ家は今の領土の3倍以上を有する富豪だった。
オーデン地方、ヴァンドヴォシュー地方、ユータヤロガ地方の半分、コレオシタロ地方の半分を全部合わせた場所がデジコルノ家の物だったのである。
ここで注目されたのは、将来この領土を継承するのが、実質的な立場としては入婿のようなバイトダイツ様であることだった。
「デジコルノ家には他に子供がいなかったのだな。そしてバイトダイツ氏の発言力は上がることになったわけか」
「そういうこったな。当時も西部域にだって貴族はいたのさ。全員がクルトスワロー王国所属の奴らだ。そいつらは国から開拓費用を強請り取るのに、バイトダイツの旦那の傘下に入ることにしたんだよ」
聞いたところでは、当時の王国の財政は割と危ないものだったらしい。
そんな時に、いつ回収できるか分からないような開拓費用を無心する輩が一致団結したのだ。
王国の重臣の中には、2人の結婚について、不吉な組み合わせだとはっきり声を上げて憚らない人間も多かったようである。
そんなわけで、割と娘に甘いデジコルノ家の当主は、折衷案を捻りだしてみせた。
「バイトダイツ様を大公にしようって話が出たのはそういう訳なんだ。その代わりデジコルノ家は王国に残留、ワロタラ地方は取り上げになった。初代大公閣下は代わりにオーデンをもらったんだ。そん時に旧国境がこの辺だって決まったわけだ」
「中々に酷い門出なのだ。広いが貧しい地域だけをまとめて押し付けたわけだろう? よく戦争にならなかったな」
うちのトカゲ姉さんの言うことはもっともな話だ。
「当時は両方の陣営が、貧乏でそれどころじゃなかったそうだぜ。それとな、神が何かされたかもしれねえが、公国の開拓が上手くいっちまったんだ。5代以上続いてんなぁそれが原因だ」
その結果によりワロタラ、ユータヤロガ、コレオシタロ、ヴァンドヴォシューの各地方はクルトスワロー王国を見限って公国に合流してしまうことになったそうだ。今の東部地方の領土である。それでも、そこまで行くのに100年か200年はかかっているはずだ。
「さっきマーちゃんが言ってたろ。始まりはひでえ状態でよ、そんなもんだからバイトダイツ様は、国をせめて5代目までは続けようって言ったらしいんだよ。だから五代公国になっちまってそのままだ」
俺はそう言って説明を締めくくった。
「ありがとうケンチ。凡その事については疑問が解けた。だがそうなると西部貴族達は王国と仲が悪そうだな。それに大公閣下は今でも外交に苦労されていそうだ」
うちのトカゲ姉さんはそういう部分にはすぐに注目したようだ。
「どんな大きい事件も100年以上は経ってるからよ、昔ほど酷くはねえがそういう傾向は確かにあるな。大公家は実力第一主義だから、今の大公閣下は分家の出身で女だ。相当の美人で頭もキレるらしいぜ」
現大公であるクーデリラ・ジャネイダロワ・ツンデラー様は、性格に問題があっても、誰からも恐れられる凄腕であるとの噂がある。
念の為に付け加えておくと、シンシャー・デジコルノ大公閣下である彼女は、今では国の中央部に広い直轄地を有する超金持ちだ。
だが、俺のような人間にとっては関係の無い話だった。
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