第19話 戦慄の芳香剤
2日間ほど更新が滞ってしまいました。今日はもう一話あげます。
エランダラの一味を無力化して収容した後で、俺たちはこいつらの仮の拠点であろうという場所に行ってみることにした。
あの人数でここまで移動してきたのだ。テント暮らしを長々とやるよりも良い場所がこの近くにはあった。今は弱い雨も降っているし、屋根の下が恋しくなるのは万人に共通のことだろう。
「マーちゃん、多分だがな、あいつらぁ放棄された砦に泊まったんじゃねえかと睨んでんだ。国境線がこの近くだった時代の物だけどよ、まだ使えるんじゃねえかな」
何も残っていない可能性もあるが、うちのトカゲ姉さんには念の為に見ておきたい旨を伝えた。何事も用心しておくに越したことはない。
「そこは放棄されているのだな。今後も使用する予定が無いのであれば、解体して全部持っていっても良いだろうか? 歴史的建築物というのも保存しておきたいのだ」
どうやら、うちの老朽化建築物ブレイク姉さんの守備範囲は、生活雑貨や自然の景観だけではないらしい。
建築物も持っていくと言われたが、俺はこれについても何も言う気はなかった。放棄された城の2個か3個が消えたからといって、ガタガタとうるさく言う奴は1人もいないに違いないからだ。
「そこについちゃあ好きにしてくれ。それよっか相手の留守番が残ってねえか、そっちの方が気になる話だ。あいつらぁ何でしつこく来やがるんだ? 用意が周到過ぎるぜ」
事件が起きて、例の訳あり姉弟が国から逃げたのは1年も前の話なのだ。
その間に連中は、追跡して始末する準備を整えたのだろう。
だが、国境を多人数で通過することまでやるのは異常なことだ。バレたら国同士の問題になってしまう。
相手がそこまでやるのは簡単にやれる自信があるからなのか、もっと別の理由があるからなのかは今の時点では分からなかった。
「マーちゃん、あの砦がそうだ。頑丈なのが取り柄だけのこたぁあるな。まだどこも崩れてねえ。あれは解体されねえで残ったやつなんだよ」
先程の小山から、1キロメートルほど離れた場所にその砦はあった。
何百年か前の古い時代の物なのだが、驚くべきしぶとさを発揮してそれはまだその場所に存在していた。元は国境線の建物だけあってしっかりとした造りなのだろう。
「見たところ木綿豆腐という外観だが、単純な方が強いというのも真理ではある。四角い城郭と四角いキープだけといった所か。壁の上に歩哨がいるのだ。拠点として機能しているということだ」
俺は念の為にフェイスマスクをしてから、気配隠蔽も使って砦に接近中だった。
透明化で姿をくらました頭上のマーちゃんは、要塞内に人がいることに早くも気がついたようだ。この弱い雨の中でも、不思議なことにうちのトカゲ姉さんの隠形の術はエランダラ達にもバレなかった。
「ここは滅多に人がこねえからな。厄介な連中だぜ。ここまで浸透したってこたぁこの先も使うつもりかもしれねえ」
連中は、この要塞を複数の目的の為の拠点として活用するつもりかもしれない。何にせよここは、潰して無力化しておかなければならないだろう。
「ケンチ、先手を取られなければ何とでも出来るが、砦を破壊してしまうのも躊躇われるな。後で組み立て直すのだ。先程の反省を生かして今度はガスにしてみよう」
うちのマスタード姉さんなら、100種類ではきかないほどの毒ガスだって持っているだろうとは思う。だが、周辺の野生生物への影響も、少しは考慮しないと不味いのではなかろうか。
「マーちゃん、前回の教訓ってぇ意味ならよ、丁度良いのがあるじゃねえか。人間にしか影響がねえ物があったろぃ」
こちらの事が知られておらず、仕掛ける時間さえあるのであれば、こちらに都合良く恐ろしい効果を発揮する代物を俺は憶えている。
俺がそう言った途端、アイテムボックスの収納口からは黒子さんの手が出てきた。紫色の円錐形の物体を持ってだ。
「なるほど。サイケデリクを使うのか。これなら効果が及ぶのはマスクをしていない人間だけだ。作った時は部屋用だったのだがな。効果範囲が町内一帯になってしまったのは良い思い出だ」
うちの暗黒魔道具姉さんの中では、6日前の話が良い思い出になっていたらしい。
とにかくこいつが効いてくれるならどうでもいいことだ。15センチに満たない小さな円錐形を見ながら俺は考えた。
「マーちゃん、こいつが雨の中で効くかどうかだが分かるかい? 鬱陶しい雨だがよ、前が見えなくなるほど降ってるわけじゃねえ」
俺たちが出会って12日目の今日は雨が降っているのだ。多少は濡れるが勢いがあるわけでもなく、ただ鬱陶しいだけの雨なのだが、あの厄介な幸福感をもたらす何かを遮断したりはしないだろうか。
「そこは何とも言えないな。外部から効果が及ぶのを待つのも非効率だ。内部に仕掛けて来るか。黒クモさんなら姿を消して砦まで行けるだろう。雨の所為で人への接近は難しいが目的は果たせるだろう」
マーちゃんがそう言うと、早くも見えないが大きい何かが芳香剤を持っていった。
それにしても、うちの防水姉さんはこの天気でも全く濡れていないようだ。頭の方に手をやると相変わらず乾いた感触が当たった。
やることをやったら後は待つだけだ。
黒クモさんもあっという間に帰って来たので、俺たちはフロアに引っ込んで夕方までのんびりと待つことにした。
「こういう時に風呂に入れるのはありがてえぜ。さっぱりした。武器や防具の手入れも終わったしよ、雨が止んでくれてたらいうこたぁねえな」
あれからかなりの時間が経過した。気がつけば今日ももう終わりだ。
「では砦の様子を見てくるとしよう。黒クモさんの報告では中からは誰も出てこなくなったそうだ。それに外の雨も止んだぞ」
マーちゃんからは、嬉しいお知らせを聞かせてもらった。
今回は、2体の黒クモさんに外の様子の確認を頼んでおいたのだ。気分としては正直に申し訳ないと思ったが、気を使うなと言われてしまいお願いすることにした。
フロアの雨も止んだし、今日はたまたま降ったこの世界の雨も止んだらしい。
マスクを着けたら準備完了だ。
俺たちは素早く砦に接近すると、内部の様子を確認してくることにした。
城壁から攻撃があった場合には、うちの超電磁バリア姉さんを頼るしかない。
「君たちよく来たね。今は丁度良い所なんだよ。我々は新しい考えの元に、新しい生き方をすることに決めたんだ。もう根の暗い仕事に手を染め……」
予想はしていたが、あの恐怖の芳香剤の効果は劇的だった。
要塞の留守を任されていた連中は20人ほどだったが、この道のプロであろう全員が「生まれ変わって生きる」などと言い出してしまう状態になっていたのだ。
俺は連中の台詞を最後まで聞いていられなかったし、もう死語になっただろうが『フランク』という単語が頭をよぎった。
「マーちゃん、今からこいつらに質問したらよ、全部しゃべってくれそうだぜ」
こいつらから情報を引き出せた場合、エランダラ達は標本として余生を過ごすことになるのだろうか。
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