第9話 死んでる先生
一時は地元の精霊さんと揉めそうになった俺たちではあるが、黒子さんの機転によって精霊さんも満足し事なきを得た。
この辺り一帯の作業については樫に似た樹と地面の採取はすでに終え、林ダミノルさん達は収納口から帰っていった。
今のところは泉の水と、水底の泥や水草や小魚の回収に注力しているところなのだ。
気がつけば太陽は傾いて、夕方前の時間になったようだった。
「泉の直径が16メートルだからな。ほぼ吸い込んだのは良いのだが、湧き出し口からの流出量が今一なのだ。日中に100万リットルは難しいだろう」
吸い取るさんの吸引により、泉の水はほぼ空になり、泥や水草や小魚については、黒クモさんや黒子さん達がスコップを片手に迅速に収納していた。元々が水深2メートルぐらいの浅い泉なのである。
岩の様な水底が見えてきたので俺たちも泉に降りてみた。
マーちゃんは再び水が溜まるのを待ってから、再度の吸い込みを行うよう方針を変更したらしい。
ちなみにマーちゃんは俺の頭上から動いていない。動いているのは俺の方なのだ。
「そりゃぁ良いんだけどよ。あの地下水が湧き出してる所なんだが、何か変じゃねえか? 俺にゃあ水道管が破裂して、水没した地下1階のアパートの部屋か何かに見えるぜ」
周辺の泥も消え水底が見える様になると、この泉にはおかしな点が見受けられるようになった。
水底は岩というよりは石造りの床のように見え噴水の水盤の様な趣があった。地下水の湧き出し口については一辺が2メートルの真四角で、さらには下り階段のような段差が等間隔で刻まれていたのである。
「なるほど、先ほどのチクワーブはあの中に住んでいるのだな。きっとあの先には水没してない場所もあるのだろう」
マーちゃんはそう言うのであるが、何となくはぐらかされた様な気になった。
俺が気にしているのは、アレが遺跡の一部ではないのかというところなのだ。
「精霊姉さん、あんたさんはあの穴の先から来たのかい? ありゃあどこに繋がってるか知ってたら教えてくんねえかな」
ダメ元で近くにいる精霊さんに聞いてみることにした。
この液体でぃす姉さんは先ほどから泉の横で、例の玉に座ってこちらの作業をじっと見ていたのだ。
「ブーラブ・ラブラブラでぃす! 先生が名前をつけてくれとぅんでぃす。穴には先生が住んでぃるんでぃす」
水の精霊さんの言葉は随分と聞き取り易くなってきた。
そして意外なことに名前があるらしい。何となく自由な印象のある名前だった。
それにしても、あの完全に水没していると見られる住居に住んでいる先生とは何者なのだろうか。
俺がその先生という人物について考えていると、泉から出ていた狭い川の方向から3つの流線型の物体が飛んできた。
「ちょっとぅ! 何やっとぅるんでぃすか? 水が来ねえじゃねいでぃすか! 川は死にますか!?」
3つの物体は俺たちとブーラブ姉さんの前に来ると、それぞれが60センチぐらいの女性の形状をとった。そして喚き始めた。
泉の水をほぼ抜いてしまったので、例の穴から新しい水が湧き出してはいるものの、そこから続く狭い川は干上がってしまっていたのだ。
おそらくは全員が下流の住人なのだろう。ひどい怒り方だった。
「この度のことは誠に申し訳なく思っているのだ。これを差し上げるので、今日のところは納めていただけないだろうか」
例の怪しい悠久放置玉を3個も用意したうちのエターナル姉さんは、3体の水の精霊さんにそう言って謝った。
「本当でぃすか? これ貰ても良いんでぃすか? そういうことなら今日は勘弁したぁるんでぃす」
今のところマーちゃんは俺の頭の上で話しているだけである。
代わりに動いている黒子さんから、例の玉を受け取った3体は実に嬉しそうにそれを抱えて謝罪を受け入れてくれた。
「うっとぅんどぅふ!」
3体の水の精霊さんはそう言うと来た道を帰っていった。
聖人ターケシ・ゴーリは相手に礼を言う際に「ごっつぁんです」と言うことがあったと伝わっている。
彼は弟子達に対し「本当は喉が詰まったような感じで『うっとぅんどぅふ』というのが正しいのだ」と説いたという。
水の精霊さんが人間の古い文化についてある程度は詳しいことがこれで分かった。
周辺に何体ぐらいの水の精霊さんが居住しているのかについては分からない。
あの玉によって何かの悪影響が彼女たちに生じないか心配ではあるのだが、無駄な争いを避けるためには仕方がないことだと俺は自分を納得させた。
「今日は随分と賑やかなのじゃな。人が来ておるのか。ひょっとして配管工の人かのぅ? 実はかなり前に水道管が破裂してしもうてな。出来れば直してもらいたいんじゃよ」
地元の水姉さん達を何とか宥め終えたところで、俺たちは妙な震えを含んだ声をかけられた。泉の湧き出し口の方向からだ。
「先生、今日はこれ貰ぅたんでぃす。すんごい玉でぃす」
「ブーラブよ、それは何か凄い玉じゃな。儂の霊体が安定してきおったぞ! そこの配管工の人からもらったのか。配管工も変わったのじゃな。憶えておるよりも年数が経っておるのじゃろうか?」
精霊のブーラブが先生と呼ぶ人物を見て、俺はまたも虚を突かれてしまった。今日はこういうのが多い日だ。
その人物は後ろの背景が透けて見えた。外観はローブを着ているようで非常に高齢であることだけは分かった。こいつは精霊と似て非なる者である死霊だ。
「マーちゃん、先生ってのは死霊らしいぜ。幽霊ってやつだ。先史文明の連中にゃあ精霊を真似した奴らが居たらしいんだ。別の生き物になるんだって田舎の師匠から聞いたことがあんだよ」
「それは魂の系統の術だな。私も少しだけ使えるが、高強度人工脳に魂を移動させるのが精々《せいぜい》なのだ。目の前の人のようにシャボン玉に水を入れるような真似は出来んな」
俺の死霊に対する解説に答えて、うちのネクロマンサー姉さんからは危険な香りのする内容が返ってきた。今聞いたのはアンドロイドに誰かの魂をそっくり移し替える術ではないだろうか。
「そこの方々、儂はシンデル・メイという。昔は教授をしておった。そこで興味深い話をしとったな。良かったらこちらで聞かせてもらえんじゃろうか?」
林に来てからの俺たちの会話は大陸公用語の肉声で交わされていた。その所為で向こうに聞こえてしまったのだろう。
シンデル先生は泉の湧き出し口の上に浮かんで、そこから俺とマーちゃんに向かって手招きした。
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