第25話 デチャウ司祭
「そうなのですね。それでは司祭様のところへは私が案内しましょう。でもその前に、後ろにあるパンと布は子供達に運んでもらいましょう」
テレーザ助祭様がそう言った直後、孤児院の扉が勢い良く開くや子供達が塊になって出てきた。
「いらっしゃい、ケンチ。今回はどうだったの。何か凄いことはあった?」
「キムルァヤのパンだわ。私これ好きー」
「今日はチョップがデアイパチキのおじさんと来たんだ。何か色々ともらったよ!」
収集がつかない感じの騒ぎだった。みんな元気なのは良いのだが、こいつらをまとめて面倒見ているテレーザ助祭様のことは尊敬してしまう。
俺はいつも1刻(2時間)の間だけ相手をしてやるのが精一杯だった。
「みんなすまねえ。これから司祭様と話さなきゃならねえんだ。この荷物の方は中にしまって好きにしてくれ。それから籠の方は返してくれよ」
今日は本当にここまでだった。
「あなた達、パンや布はいつもの場所まで運んで頂戴。ケンチはこれから司祭様とお話があります。私が戻らなくても、時間が来たら先に食事になさい」
「「「はーい!」」」
テレーザ助祭様から号令が下った後は早かった。取っ手のあるパン籠は次々に運ばれ、布は1巻ずつ、担架のような道具を使って年長の子供達が6人がかりで持っていった。
取っ手のついた大きな籠が10個返ってきたところで、俺は青と白を基調にした神官服の助祭様に先導されて孤児院を離れた。
円筒形で鍔が無く、前世のイタリア海軍のギャリソンキャップのような神官帽子は、テレーザ助祭様が歩くときも揺れなかった。育ちの差ってやつだろうと思う。
孤児院の隣にある教会は、荘厳というよりは堅牢といった方がしっくりくるような建物だ。石の壁は分厚く、上部にある八端十字架の様な飾り以外に余分な出っ張りが無い外観は、出城や要塞といった風情があった。
組合長の部屋へ行くときと同じで、ここに来なければならない時にはいつも今の稼業を辞めたい気持ちになる。
だが今の稼業を辞めてしまえば、あそこに居る『グラツィアーナ・ティコッティ』助祭に捕まって、今以上にすり減っていく仕事に就かねばならないのは確実だった。その手の仕事は46歳ぐらいからにしたい俺は、極力そういった気持ちを押し殺して、司祭様へのお願い事に集中することにした。
「ところで信徒ケンチ。あなたは、以前ここに来た時よりも神のご意志に近付いたように見えます。新しい奇跡を授かったと組合からも報告を受けました。今回はそれも関係しているのですか?」
孤児院から離れたところで、テレーザ助祭様からはそう聞かれてしまった。
「こいつがそうです。アイテムボックスを授かりました」
俺は先を歩く助祭様にそう告げると、10個のパン籠をまとめて収納口から中へ放り込んだ。
そして代わりにドアーニオの旦那の遺体が大八車の荷台の上に現れた。マーちゃんが気を利かせて転送してくれたのだろう。
俺は、聖人様が過去にそう名付けたアイテムボックスの能力をこの助祭様に披露した。
「それは……ではあなたは手ぶらで帰ってきたわけではないのですね。それにこのご遺体も今回の関係者なのですか?」
「不幸な行き違いってやつです。俺だって好きでこんなこたぁやりたくありぁせん。ネーラーニさんを斬ると脅されちまって仕方なくなんで」
実はテレーザ助祭様のここでの権限はそれなりに高い。そこで今回の一件については簡単に説明した。隣国から逃げてきた姉弟のこともだ。
「より詳しいお話は後で司祭様から聞くことにしましょう。それにあなたは話せないことがまだあるのでしょう? それについて困ったらまた相談に来なさい」
この御人も神に仕えているのだ。殴打の光を感じることが出来るのだろう。
助祭様の言葉はありがたかったが、マーちゃんがやらかした事について相談するのは死ぬまで無理だろうと思った。
うちの御使い様は、地形を変えながら進む事に躊躇しない御方なのだ。
以前に聞いたことがあるのだが、別世界の細菌類をこちらに持ち込まない配慮はしてくれているらしい。だがこちらから持っていく分についても、遠慮はしないトカゲ姉さんなのだった。
そんな話をしていたら教会に着いてしまった。
「信徒ケンチ、テレーザ助祭様も本日はこんな時間に何用ですか。荷車のご遺体が関係しているようですね」
教会の入り口では、早くも警護の騎士に呼び止められてしまった。
「おーい、みんなご苦労さん。ちょっと通してくれ。はい、ごめんよ。みんな持ち場へ戻るか飯でも食ってこい。すまねえな、通らしてもらうよ。
ケンチ、俺に用があって来たんだろ。テレーテ助祭、手間を取らしたみてえだな」
俺たちが玄関の警護の騎士と話していたところ、大きく開かれた扉の内側からそんな声が響いてきた。目の前の神官達を避けながらきたのだろう。
その厳めしい顔に白い口ひげの人物は、青と白を基調とした神官服を着て、イタリア海軍の鍔無し帽子の様なやつをかぶっていなければとても司祭様には見えなかった。
「信徒ケンチは通してやれ。俺が話を聞く。
いやぁーたまたまトイレに行ってたんだが、部屋に戻る時に玄関の向こうにいるお前が見えてな。これも神の思し召しだろう。どおりで切れが良いと思ったぜ」
神の運命への介入に、際限が無いことを欠片も疑っていないこの人物こそ、ここの教会を統括する『フォルトナウト・デチャウ』司祭その人なのだ。
「司祭様、ご無沙汰しとります。ケンチです。あの……今日はお願いがあって参りやした」
こういう上の人も苦手な俺は何とか挨拶を絞り出した。
「どうせここじゃ話せねえんだろ? 俺の部屋まで来い。それにしても……行き倒れが遺体にならなかったのはお前が守られているからだったんだな……」
この御人は腐っても聖職者だった。既に色々とバレてしまったことを俺は悟った。
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