第24話 テレーザ助祭
パンと布で重量の増したアシッメオ号であったが、他に見ない改造を施されたこの大八車は意外なほど軽快に教会への道を進んだ。
余談ではあるが、人に紹介するときはこいつは大八車とは呼ばず無難に荷車と呼んでいる。大八車なんて言葉はこっちには無いからだ。ただしこちらの既製品にも似たような形状の物はあるので、特に人目を引くような代物でもなかった。
長い1日だったが、俺たちはようやく教会にたどりついた。
色々と濃い事件があったものの、最後にここにお願い出来ることは全部頼んでおかなければならない。
「マーちゃん、あれがゴーリ教会のズットニテル支部だ。領都マヅイヤにある建物や敷地とそう変わらねえらしいぜ。とにかく広いんだよ」
「敷地の幅だけでも250メートルはありそうだ。上に八端十字架がある方が教会で、隣の校舎のような建物は孤児院だな」
姿を消して俺の頭上にいる、マーちゃんの言った八端十字架は地球の物と違い、真ん中の縦棒に3本の横棒が平行に並んだ形状になっている。
隣の孤児院は木造校舎のような外観だが、内装は歴史のあるホテルのような感じで意外と生活感のある建物だ。
この2つの建物を囲む壁に構えられた大きな門の前で、アシッメオ号を引いた俺はマスクと帽子を脱いで挨拶をした。
門には教会騎士団の衛兵が2人いるのだ。
「お疲れ様です。もう夕方ですが、孤児院に差し入れに来やした。通していただきてえんですがよろしいですかい?」
大陸公用語については、実はマーちゃんの方が都会的で正しい言葉で話せる。俺のは田舎者丸出しで、ついでに業界の空気に汚染されきっているせいで言葉づかいが汚いことこの上なかった。
「信徒ケンチ、久しぶりに顔を出されたのだな。この時間だと子供たちは夕食の準備に追われているだろうが喜ぶだろう。手ぶらで帰ってきたそうだが無理はしてないか?」
そう返した教会騎士は女性だった。彼女が兜の顔覆いを上げると知った顔が出てきた。その『ウルターナ・シェスカシーカ』という20歳になる教会騎士はここの出身だ。黒髪の下にある黒い目が真っ直ぐに俺の方を見た。
「なに、これから稼ぐ予定ですよ。今度は山の方に行って何か採って来ようかと思いましてね。だもんで今のうちに来とかねえと、みんなに忘れられちまう」
俺は努めて軽く返した。
「私は忘れたことは無い。あなたは必ず帰ってきた。荷車を引いてここに来て、泥臭い話をしてくれるのが楽しみだった。……何か雰囲気が変わったのではないのか?」
俺が気にしたのはウルターナ嬢の最後の台詞だ。
このお嬢さんだって、祈りと修行の果てにとんでもなく強くなった。殴打の光が見えるのだろうか。
「ウルターナ、ケンチ殿を引き留めるのも悪い。話は今度、休みの日にでも聞いてくれば良いではないか。
ケンチ殿、通られよ。テレーザ助祭様は今ならお話を聞いてくださるだろう」
心臓に悪い雰囲気だったが、隣の騎士様が助けてくれた。
俺はアシッメオ号と共に門を通り、向かって左手にある孤児院への道を進んだ。
ここは少し坂になっており、障害物の無い芝生が生えた丘のようなところだ。
そこには少女が1人で座ってこちらを見ていた。俺の記憶が確かならもう12歳だ。黒目黒髪のここでは珍しくない少女だが、頭が良くて勘が働く子だった。
「ケンチ、やっぱり今日来たのね。今日来るんじゃないかと思ったの」
「勘が当たったじゃねえか、マグレダーナ。夕食の準備はしなくていいのかい?」
芝生に座って俺を待っていたのはマグレダーナだった。あと3年もすれば、この子もここを出ていくのだが、紛れでもこの子ならきっと良い生き方が見付かるだろう。
「今日はね、当番じゃないのよ。だからここで待ってたの」
「そいつはすまねえな。今日はみんなに話してやれそうな時間がねえんだ。悪いんだが、テレーザ助祭様にケンチが来たって伝えてくんねえか」
今回は大森林に入って、コボルトどもを棒でブチのめしてから猪を餌付けしようとして全部殺した後で、そこら中の木を引っこ抜いて来ましたなんて、どうやって子供達に言えば良いだろうか。
うちのトカゲ姉さんが子供受けしそうでも、起きたことだけなら酷い話だった。
「残念だわ。手ぶらで帰ってきたって聞いたから凄い冒険だったと思ったのに。でもわかったわ。助祭様を呼んでくる」
マグレダーナはそう言って孤児院の建物まで走っていった。
アシッメオ号を引いて孤児院の建物に着くと、玄関には誰もいなかったが中からは賑やかな声が響いてきていた。
少しの間そのまま待っていると、やがて扉が静かに開いて中から製パン屋の女将と同じぐらいの歳の女性が出てきた。この御方も外見はずっと若く見える。
「今日はこんな時間にどうしたのかしら、信徒ケンチ。いつもは午前中か昼過ぎに来るでしょう。もうすぐ夕食の時間ですよ。……何かあったのね?」
中からそう言いながら出てきた助祭様は、俺の方を見て何か察してくれたらしい。
この『テレーザ・カディア・デ・ドゥヨ』助祭様は、相手の様子を見て察することに長けていた。
女性信徒の相談を受けることも多いが、もちろん教会のお方だけあって下世話な話を自分からしたりはしない。
茶髪に茶色い目なのは普通だが、長い名前と整った顔立ちに生まれもっての品の良さは普通ではあるまい。この御人も訳ありに違いないが、俺は他人から聞いたことも無いし自分から聞く気も無かった。
「テレーザ助祭様、実はデチャウ司祭様に取り次いでもらいてえ話があります。こんな時間になっちまったのは申し訳ねえが、ぐずぐずしてるとまだ小せえ姉弟が犠牲になっちまうかもしれねえ」
失礼は承知の上で、俺はここに来た目的を助祭様に切り出した。
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