第4話 探索者組合
昨日はすっかりマーちゃんにお世話になってしまった。
風呂の後で散髪までしてもらい、ついでに歯科検診も受けて歯石まで取ってもらった。
この世界でも虫歯は怖い。甘いものが少なくても酒があるからな。
それから、俺がパンツで苦労しているらしいと勘違いしたマーちゃんは、新しい下着として伸縮性と通気性に優れたボクサーパンツを何着か用意してくれた。こっちの方が履き心地がいいから、正直にありがたい。
そんな素敵なこともあったが、日は替わり教会暦805年2の月23日は明けた。
今日の俺は、後ろと両脇を刈り込んで2ブロックになった茶髪に、革のジャケットと革のズボン、綿シャツ、ショートブーツで、探索者組合の事務所に向かっていた。念のために言っておくと茶髪は生まれつきだ。
俺だって危ない真似はしたくないが、折角アイテムボックスという有用な能力も授かったのだから、早く役立ててみたいという気持ちもある。
マーちゃんからは「街の外にある大森林に連れていってほしい」と頼まれてしまっていることもあり、お世話になりっぱなしという俺の立場もあって、探索者組合で依頼を探してみることになったわけだ。
「退け!ゴルァァァ!」
「ファガダァァ!」
組合事務所の入り口付近、両開きの扉の前で、ふて腐れたような面をして座り込んでいた男が蹴り倒された。叫び声だけは何故か個性的だ。
蹴り倒したのはもちろん俺である。
茶色い革のズボンをはいた脚を思いっきり振り抜いて、これまた茶色いショートブーツの爪先を相手の脇腹にめり込ませたのだ。
蹴り倒された方は、髪と同じ茶色の髭が生えていたが、まだ16とか17歳ってとこだろう。何かに失敗して、誰かに因縁でもつけるつもりだったに違いない。
「ケンチ、アレはあの対応で良いのか?」
まだ、探索者組合の事務所前だってのにマーちゃんがニュっと出てきてしまった。
今の質問は念話だ。相変わらず何でもありだ。他の奴に聞こえないのは助かる。
「マーちゃん、探索者には『負けが込んでて碌でもない奴』だっている。ああいうのは、甘い顔をして相談に乗ってやりゃあつけ上がるだけだ。
それにどの神様もああいう奴には能力をくださらねえ。俺は業界に10年いるけどよ、ああいう奴が違う結果になるのを見たことがねえな」
蹴り倒されたヤツが、よろよろと歩いて逃げていく様子を見ながら、俺はマーちゃんに出来るだけ簡潔にサラっと説明した。
マーちゃんは念話が使えるが、俺は聞こえるだけで念話を発することは出来ない。だからできるだけ小さな声で返した。
この会話も、端から見たら独り言にしか聞こえないだろう。しかもこちらでは未知の言葉でだ。この周りに人が居なくて良かったと思う。
探索者になる奴ってのは、孤児院で育った孤児のごく一部、俺みたいな地方出身の次男や三男、そして街の出身者で占められる。
街の出身者だと、親もいるのにガキの頃から手のつけられない破落戸という奴がほとんどだ。
探索者として上手くいかない奴は犯罪者になるし、それでしくじったら喉を切られて街の外壁から吊るされることになる。
「とにかくだ、さっさと依頼が無えか聞いてこようぜ。もし依頼が無くても、森には絶対に連れてくから安心してくれ。それから、他のヤツらに見つからないようにしといてくれよ」
昨日からの相棒であるマーちゃんに、俺は力強く請け負った。
ここは事務所の入り口の前だ。
こんな場所でぐずぐずしていたら、どんな噂が立つか分かったものではない。
今の俺はマーちゃんと日本語で会話してるから、入り口の前で未知の言語を呟いてる変な奴だ。
「そこは期待しているのだ、ケンチ」
こっち側に出てきてしまったマーちゃんはそう言うと姿を消した。流石に器用だ。
そんなわけでようやく、俺たちは『オーデン伯領 衛星都市ズットニテル』にある探索者組合の事務所の扉を潜り抜けた。
ちなみにマーちゃんは、俺のアイテムボックスとあの空間が繋がった所為で、この世界に対してだけは、こんな感じで出てこれるようになったらしい。
マーちゃんによれば、あの空間は俺と出会うまで、何処に対しても出口というものが無かったそうだ。俺は、神が施した封印に穴を開けてしまったのかもしれない。
しかし、アイテムボックスの能力を与えてくれたのも神であるため、限定的な許可を与えてもらったという見方もできるだろう。
探索者組合の事務所内は、昼の時間は閑散としていた。
フロアの広さは、幅も奥行きも30メートルぐらいあってそれなりに広い。
この国や他の国もそうなんだが、長さや重さはメートル法が古代から使われてる。転移した同郷の奴がなにかしたんだろう。それについての詳しい話は民間人のレベルでは伝わってない。
俺自身が大したこともない人間なものだから、そこら辺は気にしたことがない。
入り口から入って右側にはカウンターの列が並んでいる。受付窓口ってやつだ。
中には、顔とスタイルの整った受付嬢がズラリと6人ほど並んでいた。
こいつらは『嬢』を名乗るだけあって、素材で勝負出来るいい女しかいないから化粧が薄い。
シャツの胸元は全開で、ついでにスカートは脚の付け根までしかないようなタイトな代物だが、それは全部カウンターの向こう側だ。
それなりの金さえ積めば、どんなことでもやってくれるんだが、正直言って風俗嬢の方がマシなんで、探索者になってからの俺は初回以外お世話になったことがない。
今回のような場合、用があるのは一番奥のカウンターになる。
「おはようございます。アッコワの兄貴」
一番奥のカウンターに居るのは、酷薄そうで怜悧な整った顔をした男だ。ピシッとしたジャケットとオールバックの銀髪が目に眩しい。
このアッコワ・ユシュトルって御人は貴族の係累らしいが、俺が最初の頃からお世話になっている兄貴でもある。
「ケンチか。今日は働きに出るみてえだな。神様は失敗についてはお優しいが、怠け者には容赦してくださらねえ。能力を剥がされて吊るされる前に励め。今日は依頼の確認か?」
そう言うアッコワの兄貴の声は、落ち着いたバリトンだったが迫力があった。まだ30代じゃなかっただろうか。
「へい、久方ぶりに森に行ってこようと思ってるんですが、何か良い依頼はねえでしょうか? 今回は無くても行ってこようと思ってまして」
それを聞いたアッコワの兄貴はスッと紙を出してくれた。
「弩貝だ。期限は6日。物が大きいが持ってこれるか?」
運の良いことに依頼があった。しかも中型生物の運搬だ。俺のアイテムボックスにピッタリの依頼だ。
「それでお願いしやす。実は……大きい声じゃ言えねえんですけど、新しい能力を授かりやして……」
俺はポソポソと答えた。
ちなみに、言葉づかいが悪いのは俺が田舎出身の所為もあるが、探索者の柄が全体的に悪いからでもある。
こちらの言語だけならまだしも、日本語の言葉づかいまで悪くなってしまったのはいただけない。引きずられ過ぎだ。
能力のことを聞いたアッコワの兄貴は、目を細めると顔を俺に寄せて囁いた。
「ケンチ。前から思ってたんだがお前には見所がある。そんならこの件はこっちで手続きしといてやるから、お前はさっさと森に行ってこい。抜かるんじゃねえぞ」
「アッコワの兄貴、ありぁとうございます」
そんなわけで、俺はマーちゃんを連れて大森林に入り、弩貝を獲ってくることになった。
※お読みいただきましてありがとうございます。




