第22話 戻るのはダメ
外壁の上から、無表情な32人の観客が無言で見つめる中、俺は成り行きから元騎士の旦那と立ち合い、奇跡に助けられつつも嫌いになれない相手を倒してしまった。
俺は元騎士の旦那の遺体を蓆で包み、新たに『アシッメオ』と名付けた大八車に積んで運んだ。
マーちゃんのスペシャル改造により、木製に擬装された荷台はすでに耐荷重3トンになり、さらには車輪の静粛性も向上したアシッメオ号は、路上と車輪が接触する音だけを響かせてゆっくり進んだ。
「ケンチ! その荷車の上のは……あの浪人の旦那と立ち合ったのか。君が探してるのはネーラーニさんに金を借りた姉弟だな。それならここから奥の角を右だ。みんな心配はしてた」
俺にそう声をかけたのは、釣具屋のオレーノ・ディマンデッセだ。
外壁に吊るされた犯罪者の死体の所為で、今朝から俺以外の客が一人も来ないので暇になって出てきたのだろう。
台詞からするに、この界隈の連中は意外とお節介な奴が多いらしい。
「ありがとうよディマンデッセ。俺も子供相手に無体な真似はしたくねえ。ことが終わるまで、シオタイオ隊長には黙っててくれ。マルッキ・リアホーの旦那は……事態がややこしくなりそうだよな……」
「ここじゃ誰も役所や衛兵に通報なんかしないよ。気を付けて行けよ、ケンチ」
『ダーレン・ディオ・シオタイオ』氏は外区南側を管轄する衛兵隊長だ。他人の胃に穴を開けるのが趣味のような顔をしているが、実は規律を守ることに厳しく、いざという時に頼れる役人の鏡のような男である。今回はセンシティブというかグレーな案件ということもあり、ああいう御仁に途中から突っ込まれるのは困る。
ディマンデッセに手を振って別れてから、俺は組合で事前に聞いた家屋をようやく見つけた。
「こんな賑わいも無い場所にご用とは、一体どちら様かな? 顔を覆って帽子まで被っているとは、不審者だと言っておるように見受けられるが」
俺の前に現れたのは簡素な衣服に白髪頭の老人だった。ただし眼光は鋭く、整ったヒゲに囲まれた口から出たのは音吐朗朗とした響きを持っていた。雰囲気は歴戦の武人だ。
「こいつは失礼しやした。俺ぁケンチって言います。今日はネーラーニさんの使いで来ました。事情だけでもお伺いしてえと思いましてね」
俺は帽子とマスクを取って頭を下げた。
「組合の方か。口調は何だが、あなたはそれでも聖職者なのだな。まさか殴打の……。
私は『アメディオ・モドンニョ』と申す。他にいるのはまだ若い姉弟だけなのだ」
「その御二人の件でお伺いした次第でして。モドンニョさん、ここで楽に暮らせるわけじゃねえなら、新しいことを考えた方が良いですぜ。何か起きてからじゃ、この国からも追われっちまう」
俺は借金のことは置いておいて、姉弟の今後の安全について訴えた。
普段の取り立てなら鉱山送りにするのもやぶさかではない俺だが、今回に限っては特級の例外案件だった。
そして、この御人もマーちゃんの殴打の光が見えるようだ。
「確かに、ここは良い場所だが、暮らし向きは楽というわけではない。ところで、後ろの荷台にいるのはドアーニオ殿ではないか。あの少年の件は勘違いであったのだ」
「こっちも不幸な行き違いって奴でしてね。俺は止めたんだが、旦那から……このまま行くかもう旅を辞めるか、どちらかしかねえと言われやしたよ」
モドンニョ氏は、俺の言葉を荷車から視線を離さずに聞いていた。
「ドアーニオ殿はそういうところのある御仁であったな。もったいないことよ。
ケンチ殿、あなたはどう考えておるのだ。界隈で有名な『行き倒れ』は義理堅い男だそうな。どこへ行けば良いと思う?」
元騎士の旦那の件は、意外にあっさりと受け入れられた。モドンニョ氏にとっても死は身近なのかもしれない。
俺は、今回の件の落としどころについて話さなければならなくなった。
「お嫌かもしれませんが、教会を頼っていただくわけにゃあいきやせんか。あそこなら孤児院で充分な教育も受けられます。お家のことは忘れちゃあいただけねえですかぃ?」
ネーラーニのおっちゃんから、事前に聞いた話を元に俺はカマをかけてみた。
「そうじゃな……。一時はあの方々のために領地を取り戻すことも考えたが、トマシーノがそれを許すはずもないか……ムッ!? 何奴じゃ!」
どうやら、例の姉弟の出自はこちらの予想通りらしい。モドンニョ氏も隠す気はないようだった。
そんな話の最中に、俺が来た方とは反対側の道から誰かが迫ってきた。かなり速い。
実のところ、頭上のマーちゃんによるホッペモミモミにより、俺はそいつの接近にとっくに気がついていた。
「バレていたようだな。実力に敬意を表して名乗ろう。アンタニオ・ラーセディッテという。見ての通りの死の配達人よ。貴様は行き倒れのケンチだな。俺とたたファガァッ!」
モドンニョ氏との会話に突然乱入したその男は、俺の投げたナイフを眉間から生やして息絶えた。
アンタニオ・ラーセディッテと名乗った男は、手首の外側から20センチもある鉤爪が直接生えており、名乗りの最中から目の虹彩が猫のようなものに変化していた。この界隈には空中を移動する配達人はそこそこいるが、鉤爪の生える奴はいない。
「……見事な腕前ですな。こやつはおそらくヨバンサード卿の刺客でしょう。もう来ておったとは」
そう呻くモドンニョ氏の顔は厳しいものになっていた。
「この死体の始末は任されましたぜ。あんたさんは出来るだけ早く、例のご姉弟を逃がす算段をしてくだせえ。デチャウ司祭様は、何でも無下になさる御人じゃねえ。
借金の件は……頼りになる先生を知っておりやすんで、その人に相談してみますよ」
「ケンチ殿、何から何まで済まぬな。かたじけない」
俺はこの件に全面的に協力することを約束してしまった。元騎士の旦那の願いもあるからだ。
借金の事は後である人物に相談しなければならない。
気がつけばいつの間にか夕方前だった。
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