第21話 辛勝《しんしょう》
「ヘヘヘ、こいつぁ1本取られやしたね。でもね旦那、あいつらだって自分の生き方ってもんを決めちまったんだ。それに、みんな元から仲が良いってわけでもねえんでさ」
凄腕の浪人からの追及にはそう返しておいた。
カバンを降ろしてから、俺は竿についた仕掛けを手前の水路に投げ入れて魚がかかるのを待った。
ドアーニオの旦那の目にあからさまな疑いの色は無かったが、もしヨッシュアを斬ったのがこの御人ならば、彼の同業者を警戒するのは当然だろう。
「探索者組合は教会の組織なのだろう? それほどに皆の仲が悪いのか?」
「そりゃもうね、大きい声じゃ言えやせんが、街から出たら相手を背中から殺ってもお咎めなしだ。そういう奴もいるんですよ。もしも、この仕事に興味がお有りでしたら紹介しますぜ」
俺は、ヨッシュアの件がまだ知られていないような印象を与えたかった。実際には組合内で知れ渡っているだろう。
大森林に行った時、俺に襲いかかってくる同業者は滅多にいないとマーちゃんに伝えたことがある。あれは相手が減ったからだが、もちろん相手が改心したわけではない。
(*第1章 第5話での台詞)
旦那には、そんな感じのことまで匂わせてしまった。
「私には合わんようだ。探索者はやめておこう。騎士よりも酷いのだな。婚約者のいる上司の縁者の娘に懐かれたことがある。外聞が悪いと言われて放り出されたのは私の方だった。だが命までは狙われなかった」
また世知辛い話を耳に入れてしまった。
この御仁は、以前から周りの者に疎まれていたのだろう。嫉妬か性格が合わなかったのかは分からない。
「そりゃまた、そいつも大きい声じゃ言えねえような話でござんすね。
それでしたら、ここの領主様に腕前を披露されちゃあどうです。教会騎士団てぇ所だってありますぜ」
俺はこの御人がヨッシュアを斬った可能性に気がついていながら、本心ではそれに関しての落とし前をつけたくないらしい。半端者どものことを軽蔑する資格も無いやつとは俺のことだった。
「気持ちはありがたいがな、これでも領を出た頃に比べればずいぶん汚くなった。
先日も勘違いで少年を斬ってしまった。刺客ではないかと思ったのだ。あんな探索者は見たこともなかったからな。ケンチ、正直に答えてくれ。あの少年は生きているか?」
一番聞きたくない答えが返ってきた。
身綺麗で礼儀正しい凄腕というのは、状況によっては一番の危険人物に見えるだろう。だから、ヨッシュアの奴は警戒されて斬られたのだ。うちの優等生も良いことばかりではない。
「旦那、あいつぁ頑丈なのが取り柄の奴でしてね。知り合いの女の子にちょっかいかけてピンピンしてますよ。
それよっか今の話は聞かなかったことにさしてもらいてぇ。旦那は例の姉弟んとこに仕官なさりてぇんですかい?」
俺はもう、この話を全部聞かなかったことにしたかった。
ヨッシュアにだけは、後でこっそり事情を話すことにしたい。嫌われるかもしれない。
「あの姉弟もここでは有名なようだな。どうせ貴公も行くのだろう? 用件は借金の方であろう。貴公は刺客に向いた男ではない。
実は私も勝手に首を突っ込んだのだ。このままあの子達をそっとしておくわけにはいかんか?」
「旦那、それだきゃあ聞けねえ話ですぜ。借金が無しになってもだ。手荒な真似はしやしませんが、身の振り方ぐれえは出来そうな奴が考えてやらにゃあいけませんぜ。いつまでもこのままってのも無理な話だ」
俺としては、例の姉弟はもう限界なのではないかと思っている。政治的にも実生活的にも、そろそろ何かが起きそうだった。
教会かこの国が介入しなければ、この街が何らかの被害を被る可能性も出てきていた。
「そうか……まあそうであろうな。いつまでもこのままでいられぬのは私も同じだ。
ケンチ、私と立ち合ってもらおうか。貴公のように、たまには自由に生きてみるとしよう」
ドアーニオの旦那は使者を全員死者にしてしまうつもりなのだろうか。彼は腰から直剣を引き抜くと身体の正面で構えてしまった。
「俺は旦那に斬られるのも、斬るのもごめんだぜ。何でそういう話になるのか教えちゃくれませんかね。俺がいなくなっても別の奴がくるだけだぜ」
俺はジリジリと下がりながら聞いた。この距離は俺の方が圧倒的に不利だ。
「私は私のやり方でこの件に関わることにしたのだ。それだけだ。金貸しのネーラーニは人物のようだが、その御仁も斬らねばならんかもしれん」
ドアーニオがそう答え終わるのと、彼の眼前が突然に眩しい光で覆い尽くされたのは同時だった。
俺の放った『光源の術』だ。こいつはフラッシュのように光らせることも出来る。
だがドアーニオは一瞬で踏み込んで、すさまじい勢いの斬撃を俺の頭頂部に振り下ろしてきた。目を瞑って踏み込んできたのだ。
俺が釣具屋ディマンデッセに行っている間に、強化とおそらく怪力の術の準備まで済ませていたのだろう。体内系の術なので気配が読みにくいのだ。正確な狙いは気配感知の効果だろうか。
お株を奪われた感じだが、肩から血を噴出させて倒れたのは剣士ドアーニオの方だった。
「抜いたのぁ、そっちが先だぜぇ……。俺だってこんなこたぁやりたかねえんだ」
9日前であれば、斬られていたのは俺の方だっただろう。5日前ならこの浪人の旦那は自分に斬られずに済んだに違いない。
顔面への斬撃をかろうじて避けた俺だが、代わりに肩に乗っていたマーちゃんの尻尾が剣を受けてしまった。その結果、反射シールドである殴打の光が相手の斬撃を本人へと返したのだ。
ドアーニオは、右肩から胸までを自身の剣が相手に伝えるはずの力で割られ倒れた。
「や、やはりこうなったな。信徒どのよ。
あの姉弟の……ことを頼んだぞ。この、この剣をもら、もらってくれ。持って……これたのがこれだ、けなのだ……」
彼はそれだけ言って最後に長い息を吐いた後で息を引き取った。
アシッメオ・ブーケタン・ドアーニオはこのズットニテルで故郷の領から続いた旅を終えた。
「マーちゃん、蘇生はまだ間に合いそうか」
俺はダメ元で聞いてみた。何故か虚しい気分だった。
「死なんとするものを連れ戻すのはおすすめできないぞ、ケンチ。私は相手の意思を尊重したい」
うちのトカゲ姉さんのアルトボイスは染々《しみじみ》と響いた。
俺はその後、マーちゃんに大八車を出してもらいドアーニオの旦那の遺体を乗せて蓆をかぶせ、そのまま引っ張って行くことにした。
彼の遺品である剣については、鞘に戻してからアイテムボックスにて保管してもらうことになった。
俺たちは感傷的になっていたのだと思う。
今日で付き合い始めて3日目になるこの大八車に『アシッメオ』という名前を付けて、ドリルで荷台の側面にこれを彫り込んだ。
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